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記録3 文明の利器を見せつけたら、めっちゃ感動された(前編)

 朝。俺は布団の中で顔を赤くしたり青くしたりしていた。
 昨日は、この寂しい三十代独身のワンルームに幼女エルフがやって来て、一騒動あった。ルシアと名乗る彼女は実際には麗しの美女なのだが、何をどうしてか幼女の姿になってしまったという。そんな彼女を幸か不幸か保護することになり、翌日を迎えたのだが――。
 昨日はあの後、「もう、疲れ果てた」と言って、ルシアは風呂に入ろうともせずにそのまま眠りについた。とその前に、とりあえずそのワンピースは洗うからと言って、俺は部屋着にしているTシャツを貸してやった。そして寝るという段になった時、彼女は寝具が一セットしか無いことに難色を示していた。俺の部屋には友人が数名ほど遊びに来ることがあるのだが、仮に泊まるということになっても布団なしの雑魚寝である。だから俺の部屋には来客用の布団などはない。そう説明すると、彼女は渋々、布団の端に一緒に寝ることを|許可《・・》してくれた。――それで朝起きてみたらですね、幼女が美女に変化《へんげ》して、俺の腕の中に収まっているわけですよ。そりゃあパニックも起こしますって。

 女日照りの三十代独身の俺の腕の中に、Tシャツだけを身に着けた美女エルフが収まっているだなんて! お互い、布団の端と端に寝転んだはずなのに、どうして目を覚ましたら抱き合っているのか! 嬉しいアクシデントだが、これはルシアが目覚めたら殺されかねないぞ! ――でも、花のような芳しい香りに滑らかな生脚とかね、これはもうね、毎日お疲れでそんな元気も起こす余裕のないおっさん予備軍でもね、朝の生理現象以上にこう、お元気に……


「きゃあああああああああああッ!!」


 脳内で言い訳やら嬉しい悲鳴やらを並べ立てている間に、ルシアが目覚めて悲鳴をあげた。同時に彼女は幼女姿へと戻り、涙目で俺を睨みつけ「汚らわしい!」を連呼し、小さな拳でポカポカ殴りつけてきた。
 彼女はどうやら、男に耐性ないらしい。神聖な神官様だっていうから、それもそうか。それにしても、昨日から何度も「汚らわしい」を連呼されて、さすがの俺も少々傷付く。とりあえず、不可抗力を主張しつつ、生理現象ばかりはどうしようもないと説明をする。すると、彼女は嫌々ながらも納得してくれた。

 ホッと胸を撫で下ろすのも束の間、俺は時計に目をやって悲鳴をあげた。本日も、社畜様はご出勤なのである。そして、朝食を優雅に作っている時間はもうない。俺はジャンパーを引ったくるようにして手に取ると、慌てて部屋を飛び出した。


「朝食は、とりあえずこれを食べて。お昼はこれをレンチンして!」


 俺はコンビニから帰ってくると、テーブルの上に〈今、買ってきたもの〉を雑に並べた。いやはや、近くにコンビニがあるというのは本当にありがたいものである。そして急いでスーツに着替えると、俺は菓子パンを齧《かじ》りながら慌ただしく仕事に向かった。



   **********



 本日は定時で上がることが出来た。むしろ、無理やり上がった。でないと、冷蔵庫の中がほぼ空なのだ。
 ひとまず職場と自宅の中間駅の中でも特に下車しそうもないところで一旦降り、そこのコンビニで〈高熱出して寝込んでいる彼女にお使いを頼まれた〉感を装って、トラベル用にと売っている女性下着と熱下げる用の冷却シート、それからスポーツドリンクやゼリーを買った。――もちろん、一番のお目当ては下着だ。いつまでも、ノーパンでいさせるわけにはいかないからな。多分これでもサイズが合わないだろうけれど、無いよりはマシだ。
 自宅の最寄駅に到着したら、今度は八百屋や肉屋などを巡る。その合間に百円ではないものも売っている百均に行って、踏み台をゲットする。更に、子供服を取り扱っている店にも寄って、丈の長いコートと靴を買った。――これを着せて服屋に連れていけば、堂々と女児用の服や下着を買いにいけるだろう。
 いくら俺がそのくらいの子供がいてもおかしくない年齢でも、俺単体でそういう店に行って買い物するというのは抵抗があるし、何より周囲の目が気になる。シングルファザーも少なからずいる世の中ではあるが、普通はこういう買い物をするのは母親だからか、男が一人でそういう店に入るとやはり〈周囲の目が痛い〉とネットに書いてあった。だから、本人を連れて来店すれば、多少は心に負う傷も浅くて済むだろうと思ったのだ。

 凄まじいまでの大荷物を抱えて帰宅すると、ルシアが昨日と同じ場所・同じポーズで倒れていた。荷物を投げ出し慌てて駆け寄ってみると、お昼用にと買ってきた弁当が殆ど手付かずだった。


「何できちんと食べてないんだよ!」


 俺は彼女を抱き起こして、買ってきたオレンジジュースをコップに注いでやりながら声をひっくり返した。すると、彼女はしょんぼりとうなだれながら、小さな声で言った。


「だって、レンチンが何なのか分からなかったし、とりあえずそのまま食べてみたら、とてつもなく美味しくなかったんですもの……」

「俺から情報を|頂いて《・・・》たんじゃあないのかよ!?」

「あなたの簡単なプロフィールと使用言語しか|頂かなかった《・・・・・・》のよ!」


 彼女はそう叫ぶと、今にも泣きそうな表情を浮かべた。俺はすかさずジュースを勧めた。ジュースをひと煽りして落ち着いた彼女を手招きすると、俺は早速今後のためにもと思い、レンチンというものを教えた。


「いいですか、ルシアさん。ここのこの箱、これでレンチンをするのですよ」

「……私、届かないわよ」


 ルシアは不機嫌に顔をしかめさせた。俺はギョッと目を剥くと、一気に顔を青ざめさせた。


「あ、そうか! あれ!? てことは、俺がいない間、お手洗いは――」

「仕方なく、浮遊魔法を使ったのよ」


 どうやら昨日のアレは、彼女にとって相当屈辱だったらしい。俺は再び、殺すぞと言わんばかりの酷い面構えで睨みつけられた。――ていうか、えッ!? 浮遊魔法があるならレンチンも出来るし、そもそも踏み台なんて要らなかったんじゃあないのか!?
 そう尋ねると、彼女は〈昨日はパニックを起こしていたので、不本意にもうっかり俺の手を煩わせてしまった〉〈小さくなった原因が分からない以上、無闇矢鱈と疲れることはしたくないから踏み台は欲しい〉と苦々しげに語ってくれた。俺は苦笑いを浮かべて納得の頷きをすると、再びレンチンについて説明をし始めた。
 俺は彼女の目の前で、食べかけの弁当をレンチンした。彼女は〈こんな箱が何を出来るというのだろう〉とでも言いたげに、不思議そうにレンジを見上げていた。少しして、ホカホカに温まった弁当を取り出すと、彼女は目を真ん丸と見開いた。


「凄いわ! こんな短時間で、火も使わずにものが温かくなるだなんて! まるで魔法ね!」


 頬を上気させ、ブンブンと握った両拳を上下させる様は、まるで本物の幼女のようだった。こうしていれば、この子、可愛らしいんだけどな。
 とりあえず、夕飯が出来上がるまで待てないだろうから、食べられるだけ食べてくれと弁当を差し出した。ルシアは温まった弁当に感動しながらフォークを握りしめたが、すぐさまそれをそっとテーブルの上に置いた。


「……ごめんなさい。やっぱり、美味しくないわ」


 食べ物を粗末にはしたくないのだけれども、と言いながらしょんぼりと肩を落とす彼女を、俺は愕然とした面持ちで見つめた。
 これは、アレか! 添加物のない食生活をしていると舌が敏感になって、添加物盛々の食べ物を口に入れると添加物特有の〈薬っぽい味〉が気になってしょうがなくなるというのを聞いたことがあるんだが、まさにそれか! ファンタジーな異世界には添加物なんてないだろうから、だからコンビニ飯がまずく感じて仕方ないのか! ……これは、非常に面倒くさいぞ。毎回俺が飯を作るか、外食するにしてもファミレス的なところやファストフードは駄目ってことじゃあないか。これは、金もしくは労力のどちらかが必ずかかって仕方がないな!
 俺の脳内は一瞬で〈面倒くさい〉で埋まった。しかし、ふと昨日の〈おうどん様〉を思い出した。たしかに毎回作るのは面倒くさいが、これは俺が料理の腕を振るい続ければ真面目に〈得意な料理で無双して、異世界でハーレムを手に入れました〉を実現できるのではないか。つまるところ、まずは目の前の幼女の胃袋をガッチリと掴んで、俺の未来のハーレムの一員にすればいいのではないだろうか。でもそれって――


「何だか、RPG買ってきたはずなのに、封切ってみたら〈私のメモリアル〉だった感半端ないな」


 思わずそう呟いた俺を、彼女は首を傾げさせて不思議そうに見つめてきた。とりあえず俺は、買い出し中に入手した〈商店街のパン屋の、美味しいスコーン〉とジュースの追加を彼女に与えると、文明の利器・レンジ様でもっと彼女を感動させてやろうと画策したのだった。

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