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御子柴のヤキモチ勉強会⑪




夜 コウの家


晩御飯の食材を買い終えた御子紫たちは、その足でコウの家へと向かう。 時刻を確認すると16時を過ぎていた。
「じゃあ早速英語をやるから、準備しておいて。 ちょっと俺、買ったものを冷蔵庫に入れてくるから」
「了解」
家に足を踏み入れたのと同時に彼からそう言われ、素直に聞き先刻までいた机へと向かう。 英語の準備をして少しの間待っていると、コウが戻ってきた。
「えっと、じゃあまずは英単語から憶えようか。 それから文法をやるかな。 この紙にテストに出そうな単語を厳選して書いておいた。 とりあえず、これを憶えて」
言われた通り、紙を受け取り英単語を必死に憶えていく。 コウの教え方はとても上手く、授業に付いていけていない御子紫でも理解することができた。

そして英語の勉強を全て終え――――時刻を見ると、18時を過ぎている。
「丁度キリがいいし、英語も一通り終わったからここで休憩を入れようか」
「ん、そうするー!」
勉強に疲れた御子紫は、伸びをしながら楽な態勢に切り替えた。
「さっき風呂を溜めておいたから、御子紫は先に風呂へ入ってきていいよ」
「いや、ここはコウん家なんだからコウが先でいいよ」
「俺は今から晩御飯を作るから、その間に御子紫は入ってきて。 バスタオルは後で置いておくから」
そう言ってコウは立ち上がり、キッチンの方へと足を進めていく。 御子紫はその言葉に甘え、先に風呂に入ることにした。 

自分の家から持ってきた着替えを手に取り、教えてもらった風呂場へと向かう。 一通り身体を洗い終えた後、溜めてくれた湯船へと静かに身を沈めた。
少し熱めのお湯が、疲れた身体を少しずつ癒していく。 湯船のお湯に身を任せていると、御子紫はリラックスができ一度大きな深呼吸をした。
息を吐くのと同時に、腰を少し前へ倒し肩まで浸かる。 そしてリラックスしている朦朧とした頭で、今日一日を振り返った。
―――今日はコウと一緒に過ごせて、楽しかったなぁ・・・。
たったの一日で、普段のコウとは少し違う印象を持てた。 それは悪い方ではなく当然いい方で、御子紫はより彼を尊敬し憧れを抱いていく。

―――・・・コウみたいに、なりてぇな。

コウに憧れるばかりに、最近そのようなことをよく思ってしまう。 彼のいいところはいくらでも言えるし、きっと尽きないだろう。
だけど彼の全てを理解したところで真似したとしても、きっとまた失敗で終わってしまう。
―――じゃあ・・・どうしたら、コウみたいになれんのかな。
先刻から何度も自問自答を繰り返すが、答えがなかなか出てこない。 
―――・・・駄目だ、分かんねぇ。
―――後で直接、コウに聞いてみるかな。
結局答えは出ず、最終的にコウを頼ることにした。 何から何まで甘えっぱなしだと思うが、これは仕方がない。
風呂から上がり、先刻彼が言っていた通りに風呂前に置かれているバスタオルを、手に取って身体を拭き始める。

それから数分後、コウは晩御飯であるかつ丼を机に置いた。 お店に出てきてもおかしくはない完成度の高い料理を、御子紫は頬張るように食べていく。
―――こんなに美味しいもんを毎日食えるなんて、優が羨ましいな。
そんなことを思いながら食べ終えたかつ丼は、どこか温かくてとても優しい味がした。 これも全て、コウによって作られたからそう感じるのだろう。

晩御飯を終えた二人は少しの間雑談をしながら休憩し、20時になったところで勉強を再開した。 残りは御子紫がもっとも苦手としている数学であり、ラストスパートだ。
「数学は、紙には書かずに教科書を見て、公式を全部憶えて。 今までの教科も全て大丈夫だったんだから、このくらい簡単だろ」
「んー、分かった」
「御子紫がそれをやっている間、俺は風呂に入ってくるよ。 それまでにちゃんと憶えておいてな。 後でテストするから」
そう言って彼が風呂場へ向かったことを確認すると、御子紫は教科書を開き公式を憶え始める。 
だがやはり数学が苦手という意識があるからなのか、全く理解ができずなかなか頭に入らない。 
数十分後コウが風呂から上がってきても、結局御子紫は公式を憶えることができなかった。 
そのことに対して素直に謝ると、彼は『仕方ないな』と笑いながら言って、不満を何一つ言わずに公式の説明を丁寧にしてくれた。
そんなコウに申し訳ないと思った御子紫は、これ以上負担をかけないよう必死に憶えていく。 

そして数学を開始して、3時間が経った。 やはり苦手な教科だからなのか、他の教科よりは大分時間が経っている。 
だけど彼は諦めずに最後まで指導してくれ、御子紫は何とか自力で問題が解けるところまで上達した。 一問を解くスピードは遅いが、公式を理解できただけでコウは十分とみる。

時刻が23時を過ぎたところで、数学は一通り終えることができた。 
『数学は解き方を忘れさえしなければ大丈夫。 だからテスト前は公式を見て、よく理解するだけでいい』と、最後にコウから助言をもらったところで、今日一日の勉強は終了する。
「お疲れ様。 よく頑張ったな」
「コウが丁寧に教えてくれたおかげだよ。 一対一だったから凄く集中できたし、勉強もはかどった。 今日は本当にありがとな」
「御子紫に勉強を教えている時、俺も再確認ができたから教えてよかったと思っているよ。 そうだ、御子紫にプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
彼はそう言って、キッチンの方へと歩いていく。 去っていく後ろ姿を見ていると、コウはお盆に乗った皿を二つ持ってきて、机に置いた。
それを見ると果物がたくさん乗った彩りのあるタルト。 どうやらこれは、彼の手作りのようだ。
「昨日の夜、頑張った御子紫のご褒美にタルトを作っておこうと思ってさ。 本当に今日、お疲れ様」
優しい表情でそう口にした後、御子紫の目の前に皿を移動させフォークを差し出してくれた。 
今日一日コウにはカッコ良くて尊敬するところをたくさん見せつけられ、そして今も見せつけられた御子紫は思わず苦笑をこぼす。

「・・・何でコウは、こんなにも完璧なんだろうな」

コウに聞こえない程の小さな声でそう呟いた後、御子紫はフォークを受け取った。
「タルトを作り過ぎたから、よかったら持って帰って。 それでも食べ切れないようだったら、明日の勉強会の時にでもみんなに配っていいから」
「分かった。 ありがとう」
そう言って、一口食べる。 甘い生地のタルトと上に乗っている甘酸っぱい果物が、見事にマッチしていてとても美味しいスイーツだった。
「コウは、料理も上手だなんてな」
「ん?」
心の中で思おうとしたことがつい口に出てしまい、コウはその言葉に反応する。 
だがこれを機に“先刻悩んでいたことを打ち明けるのは今だ”と思った御子紫は、素直な気持ちのまま彼に尋ねてみた。
「・・・俺さ。 コウみたいに、なりたいんだよ。 でもどうしたらなれるのか、未だによく分かんねぇ。 ・・・なぁ、コウになるためには、どうしたらいいんだ?」
「・・・俺みたいに、なりたいのか」
コウはここで冗談を言って受け流しても、今の御子柴には通用せず無駄だと察したのか、一度口を閉じた。 だけど彼は、御子紫のその問いに自分の思いを紡いでいく。
「止めておけよ。 俺みたいにはなるな」
「何でだよ」
「俺は自分のことがあまり好きじゃない」
「・・・」
「俺だって、御子紫には憧れているんだぞ」
「・・・は?」
コウは――――更に、語っていく。
「御子紫ってさ、結構人のことをよく見ているだろ? その分、人のいいところや悪いところも知っているはずだ。 それにもかかわらず、みんなには平等に接している。
 それは凄いことだよ」
その言葉を聞いて、御子紫は自分の思いを彼にぶつけた。
「でもコウの方が完璧だ」
「・・・そうかな」
コウはそう返事をした後、少しの間黙り込み――――そっと口を開いて、静かな口調である言葉を放つ。

「御子紫だって、俺は自己犠牲をする奴だって思っているんだろ」

「それはッ・・・」

確かに御子紫は、コウのことをそう思っていた。 だから否定できるわけもなく、言葉に詰まってしまう。 
だがその様子を見ても表情を何一つ変えないコウは、更に自分の綴っていった。
「とにかく、俺みたいになるのは止めておけ。 俺みたいな自己犠牲をする奴が結黄賊にもう一人いたら、みんなにも迷惑がかかる。 ・・・ただでさえ、今でも迷惑をかけてんのに」
「・・・」
やはり御子紫は、彼の言った通り人のいいところや悪いところを全て把握しているのだろうか。 
コウは自分のことを“自己犠牲する奴”だと分かっておきながら、そう言葉を発している。 だけど御子紫は、そんな彼の発言を否定したりはしなかった。 
だってそこが――――コウの悪いところであるのは、確かなのだから。 御子紫はお世辞が言えなく、そんな彼のフォローはしなかった。 
そしてコウは最後に――――優しい表情をして、小さな声でこう呟いた。

「それに。 今の御子紫の方が、俺は好きだよ」


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