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第一話

 私は、この図書館が好きだ。

 でも、街の事情とやらでこの図書館は今月末で閉じることが決っている。

 今日は、その月末だ。ほとんどの本が持ち出されている。近隣の図書館や学校に送られているのだと言っていた。残された本は、痛みが激しかったり、引き取り手が居なかった本達だ。

 閉じることが知らされた時に、私は会社を休んで図書館を訪れることに決めていた。会社の同僚にはバカにされたが、自分が好きな場所がなくなるのだ、そのくらいはいいだろうと思っている。

 図書館に残された本は、欲しい人が持ち帰っていい事となっていた。
 ただもう痛みが激しかったりする本ばかりで価値があるとは思えない。それでも多くの人が図書館に訪れている。本を漁って内容も見ないで、汚れているか・・・だけを見て持って帰っている人たちが沢山居た。古本として売るつもりなのだろうか?
 別にそれはそれでいいと思うだけど・・・これだけの人がいつも図書館に来てくれていたら・・・この半分でも図書館で本を読んでくれていたら、街も財政難を理由にしてこの図書館を閉じようとはしなかったかもしれない。

 私は、空いていたテーブルに座って、そんな人たちを眺めていた。

 喧騒と言うのだろうか、普段は静かな図書館が今日は話し声だけではなく・・・言い争いの様な声まで聞こえてくる。

 顔なじみになった職員さんが話しかけてくれる
「今日で最後ですね」
「お疲れ様です。この後は?」
「私ですか?」
「えぇ」
「別の図書館で働く事も考えたのですが、そんな気持ちにもなれないので、どこかで”本”に関わる仕事を探す事にしますよ」
「そうなのですね」
「えぇこんな状態ですが、貴女に一冊の出会いがある事を祈っています」
「ありがとうございます」

 一冊の出会い・・・かぁこの図書館では、本当にいろんな本を読んだ。始めてきたのは、小学校にあがる前だったと思う。お父さんに連れられて、”沢山本があるところに連れて行ってやる”と言われて喜んだ記憶がある。それから、何度か連れてきてくれた記憶があるけど・・・小学校に上がる頃には、もう1人で来ていた。あれ?1人だったのかな?誰かと一緒に来た事もあると思うけど・・・思い出せない。

 辺りを見回すと、普段の図書館が戻りつつ有る。本がなくなった棚が寂しく見える以外は変わりがない風景が戻ってきた。
 本の転売目的で来ていた人たちはほとんど姿を消していた。一冊十円にもならないだろう本を得るために、朝から並んで・・・ご苦労な事だな。
 残っているのは普段から図書館を使っていた人たちだ。話をした事は無いが、よく見かける人たちだ。街中で見かけたら会釈くらいはする関係になっている。

 皆、本が好きなのだろう。残された本を一冊一冊取り上げてページをめくっている。そして、そっと棚に戻している。

 私と同じ考えなのだろう。誰か、他の人が持って帰るかもしれない。最後に残っていたら持って帰ろうと思っているのだろう。私は、いつものように本を持ってきてページをめくっている。何度か読んだことがある本だ。この本の面白いところは、犯人当てを、欄外で読者がやっている事だ。いたずら書きで犯人の名前を書き込む人が多い中少し違ったいたずら書きだ。”俺はここが伏線だと思う”という書き込みに、”残念ここは伏線ではない。伏線に見せたダミーで本当の伏線は少し前にある”とか書き込まれている。実際は、両方共伏線でもなんでもないのだが、そういう書き込みがされているのだ。いたずら書きはダメだが、ちょっとした遊び心が見られる書き込みは好きだ。

 違う本には読めない漢字なのだろうか、マーカーで印を着けて欄外に読みを書いている小説もある。

 夏休みの課題図書になっていた小説の最後に感想文が挟まれていた事もあった。

 私は、この図書館でかなりの時間を過ごしてきたのだろう。沢山の本と出会った。そして、沢山の本を読んだ。沢山の人の考えにふれる事ができた・・・そして、沢山の事を知った。

 今日この図書館は時間を止めてしまう。
 私は残された本の中から一冊だけ持って帰ろうと思っている。どの本にするのかはまだ決めていない。

 本を読みながら、最後に借りていく一冊を決めようと思っている。貸出禁止の本でも今日は大丈夫と聞いている。

 何冊も本をめくっている。
 私の近くに、常連さん達が本を持ってきて読み漁っている。そして、本の山が築かれている。持って帰るのかな?貸出は、3冊までだが今日は大丈夫なのかな?

 ボロボロの本を、懐かしむように読んでいる人も居る。
 古い古い雑誌を見つけて、笑顔でページをめくっている人も居る。

 その人にしかわからない最高の一冊なのかもしれない。

 どのくらい時間が経ったのだろう。
 図書館に夕日が差し込んでくる。もう閉館の時間だろう。最後の一冊を選びきれていない。

 図書館を最後に一周回ってみる事にした。普段足を向けない場所にも本は有る。

 普段は、子供に読み聞かせをおこなっている場所がある。絵本や童話などが置かれていた。

 棚に一冊のボロボロの絵本が残されていた。
 私は懐かしさに絵本に手を伸ばす。子供の時に好きだった絵本だ。誰かと奪い合って読んだ記憶がある。あれが誰だったのか思い出さない。

 絵本の発行年を見ると、かすれて見えないが、私が産まれた年のようだ。この本は、私と同い年なのだ。
 図書館の貸出用のバーコードも剥がれてなくなってしまっている。

”間もなく閉館のお時間です。27年間本当にありがとうございました。職員一同感謝致しております”

 27年間。

 私も、図書館も、そしてこの絵本も同じ時間を過ごしてきた。
 私と同い年だったのか・・・。私は、同い年の絵本を最後の一冊として借りていく事にした。皆、考える事は同じようで、図書館カードを取り出して、借りていく手続きを職員にやってもらっている。
 バーコードが付いていない本は貸出禁止だが、今日は違う。書籍名で処理を行ってくれている。

 今日で使えなくなってしまう図書館カードだが、お財布の中に入れてお守りのように持っていようと思う。

「サトザキ様ありがとうございます。返却は1週間後です。よろしくお願いいたします」

 いつものセリフがありがたい。
 絵本を受け取る。いつものように、一緒に渡した袋に入れてくれる。

「ありがとう。お疲れ様」
「はい。返却先はなくなってしまいますので、どうぞ末永くお手元において下さい」
「解りました。あっほかの()たちは?」
「大丈夫です。一冊も残さず職員たちが連れて帰ります」
「良かったです」
「はい。気にかけて頂きありがとうございます」

 他の常連さん達も本の行く末は気になっていたようで、安堵の声が聞こえてくる。
 職員さんは、本の傷一つ一つを慈しむように触ってから、常連さんに渡している。

---
 私が住んでいる家は、団地の中にある。母と二人暮らしだ。

「ただいま」

 今日は、母のパートはお休みのはずだ。もしかしたら、人手不足だからって呼び出されたのかもしれない。
 ダイニングと呼ぶには少し狭いが、母と二人なら十分の広さのテーブルに、借りてきた本を置いて自分の部屋に入る。

「ご飯どうしよう・・・なにか作って・・・その前に、連絡してみよう」

 母にメッセージを送っておく。
 1時間程度で連絡が来なければ、なにか適当に食べることにしよう。作る気分にならなかったら、外に食べに行ってもいいだろう。

 着ている物を脱いでベッドに横になる。
 今日の出来事を思い出しながら、枕元においてある読みかけの小説に手をのばす。

 あぁ・・・そういえば・・・あの子も本が好きだったな・・・。

---

「ただいま」

 あの娘。
 図書館に行くとは言っていたけど・・・。ご飯食べに行っていないの?

 玄関に残されている、娘の靴を見て不審に思う。
 たしか、私がパートに呼び出されて、すぐに娘からメッセージが来た。メッセージには、遅くなるから勝手になにか食べてと返している。

 てっきり外に食べに行ったと思ったのだけど・・・なにか作ったのかな?
 キッチンは使われた形跡が無い。

 ダイニングには、図書館から借りた本をいれる袋が置かれている。
 そう言えば、あの図書館ができたのは、あの娘が産まれた年だったな。

 27年間・・・そのうち、21年間あの娘と二人暮らし。小学校に上がる年だったからな。

 図書館から何を貰ってきたのだろう。
 確か、今日で最後だから残った本は好きに持って帰っていいと告知されていたはずだ。あの娘の本好きは、あの人に似たのかな?違うかな?でも、3部屋ある一部屋があの娘の本で埋め尽くされているのは間違いない事実だ。

 あの娘が今朝出かける時に、
「今日は、一冊だけ借りてくるよ」
「借りてくる?貰ってくるの間違いじゃないの?」
「ううん。借りてくる。返すことができるかわからないけど、やっぱり図書館からだから、本は借りてくるが正しいよ」
「そうね。行ってらっしゃい」
「うん。行ってくる!」

 本好きのあの娘が選んだ最後の一冊か・・・。本をあまり読まない私にはわからない感覚なのだろうな。

 何気なくどんな本なのか気になって確認した。

「え?」

 その本は、一冊の絵本だった。

 私に・・・ううん。私たち家族にとって、忘れられない絵本だ。あの人が娘にと買ってきた絵本だ。

 この汚れて破れている表紙に見覚えがある。蝶になりたい芋虫姉弟の話だ。綺麗な蝶になりたい芋虫の姉弟が、蝶になるために、いろんな虫に方法を聞いて歩く。最後・・・どうなるのだっけ?

 あの娘は、この本を覚えていて、この本を選んだの?
 でも、覚えているとは思えない。あの人の事も、あの子の事も忘れてしまっている。

 あの娘が5歳くらいで、あの子が3歳だったはず。
 あの人に連れられて、図書館に行って・・・そして、あの人とあの子は帰ってこなかった。

 今、どうしているのかわからない。生きているかもわからない。失踪届を出した時に一度連絡があった。
 ただ一言だけの連絡だった。

 それから、あの娘と二人暮らしだ。

 芋虫姉弟の最後が気になって、ページを開いた。

 気丈に振る舞う姉芋虫。泣き虫の弟芋虫を連れて歩く。

 虫たちは、親切に教えてくれる虫もいれば、イジワルに嘘を教える虫も居る。

 蛾に出会って、お父さん蝶とお母さん蝶に聞けば解るよと教えられる。

 絵本はここでページが破られてしまっていた。

 最後のページは、蝶になった姉弟が()()する場面で終わっている。

 絵本の最後のページにメモが残されていた。
 誰かのいたずらだろうか?汚れた本にふさわしくない綺麗なメモだ、最後に手にとった、あの娘に向けたメッセージなのだろうか?

 これは見ないほうがいいだろう。
 あの娘が本を読む時に、一緒に見せてもらおう。

「あれ?お母さん。おかえり、ごめん、寝ちゃった」
「いいよ。ご飯にしようか?」
「うーん。そうだ。お母さん。今日、私が出すから食べに行かない!?」

 娘はそう言って私の手を引っ張って、駐車場に停めてある車に乗り込んで、近くの定食屋に連れて行った。
 そして、今日一日のことを話してくれた。

 沢山、本を読んだこと、本を読む人を見ていた事。
 そして、図書館が無くなって寂しいという事。

 最後に借りたのが”芋虫姉弟の大冒険”という絵本であること。なぜか、最後に一冊だけ絵本が残されていて、寂しそうだったからという事や、自分と同い年だったとか・・・いろいろ話を聞かせてくれた。

 あの絵本は、娘にとって”最高の一冊”なのだろう。
 家に帰って一緒に読もうと言ってくれた。覚えているとは思えない。娘が、泣きながら握っていたページを私は保管している。娘に、ページを見せながら、話してもいいかもしれない。

 あの人の事や、あの子の事を・・・。

---

 姉さんに謝らないと・・・。
 姉さんが大事にしていた本・・・絵本を、僕が持ち出してしまったことを・・・。

 もう20年以上前のことだが、昨日のように覚えている。

 あの日は、姉さんと僕は父に連れられて図書館に行った。姉さんは、本が好きだった。僕は、姉さんが持っている本を横取りするのが好きだった。今なら解る。僕は姉さんにもっとかまってほしかった。だから、姉さんが読んでいる本を奪って居たのだと思う。

 あの日も、父が、姉さんに向かって”本が一杯あるところに連れて行ってやる”と言っていたそして、姉さんはすごく喜んでいた。僕は、それがすごく不満だった。そんな場所では、姉さんと遊べない。姉さんの気を引きたくて、姉さんが大事にして毎晩読んでいた本を黙って持ち出した。

 父は約束通りに図書館に連れて行った。
 自分は、僕と姉さんを絵本がある部屋に預けると、どこかに行ってしまった。今なら解る・・・。浮気相手のところに行ったのだろう。姉さんは、沢山の本に囲まれて幸せそうにしていた。絵本の読み聞かせのような事をしていて、それを熱心に聞いていた。

 僕は、姉さんが大事にしていた絵本を取り出して破いた。なんでそんな事をしたのかは覚えていないが、そうすれば姉さんが僕の方を見てくれると思った。

 しかし、それは違っていた。
 姉さんは、僕が破いたページを手にとって、泣き崩れたのだ。

 それから・・・僕は、姉さんの絵本を持って、図書館を飛び出した。よく覚えていないが、それから父と一緒に生活する事になった。

 その父が3年前にガンで死んだ。僕の大学卒業と就職を見届けてからだ。
 僕は、父と二人暮らしになっていた。子供の頃には、新しいお母さんだと紹介された人も居たが、僕が小学校にあがる頃からは二人暮らしだった。

 二十歳になった時に、父が教えてくれた。自分がガンだという事と一緒に・・・だ。
 母さんだと思っていた人は、再婚だと・・・籍は入れていないから正確には再婚ではないらしい・・・姉さんは母さんの連れ子だ。あの日図書館に連れて行ったのは、姉さんを置き去りにして僕だけを連れ出すつもりだったのだと言っていた。その後、新しい人ともうまく行かなくて、僕と二人暮らしになった事を謝っていた。
 それから二年。父は治療を拒否して、死んでいった。葬儀は、父が勤めていた会社の社長が手配してくれた。退職金が出せない代わりだと言ってくれた。

 明日。
 懐かしい街に行く事にしている。会社には、有給届を出した。上司は理由を聞かないで受理してくれた。

 明日、僕と姉さんが別れた・・・最後に泣かせてしまった場所がなくなると聞いた。
 あれから違う街に住んでいて、足を運ぶことが無かった場所だ。もし、姉さんが覚えていてくれたのなら、最後に図書館に来てくれるかもしれない。懐かしいこの本を手にとってくれるかもしれない。
 そして、本を読んで・・・僕が残したメモを見てくれるかもしれない。

 メモには、父と僕の名前と今住んでいる住所が書いてある。
 ただそれだけのメモだ。本から落ちないように最後のページにしっかりと挟む。

---

 僕は、疲れた身体を引きずりながら・・・玄関の鍵を開ける。就職して、父との部屋から引っ越した新しい部屋だ。ワンルームだが、寝るだけの部屋だと割り切っている。テレビも何もおいていない布団しかない部屋だ。

 インターホンが光っている。
 来客の予定なんてないし、セールスマンか、新聞の勧誘か、N○Kか、宗教の勧誘だろう・・・。

 どうやら、違った・・・郵便のようだ。
 なにか荷物が有ったようだ。マンションの1階にある宅配ボックスに預けたと伝言されていた。玄関に戻って、ポストを確認すると不在票と一緒に4桁の番号が書かれていた。宅配ボックスをあけるための番号なのだろう。

 1階に戻って、宅配ボックスを開ける。

 僕のマンションの郵便受けの口が小さくで入らないので、宅配ボックスに入れたようだ。

 宛名は確かに僕になっている。裏側を見ても、差出人が書かれていない。
 A4よりちょっと大きいサイズのようだ。手触りから、プチプチで巻かれているようだ。宛先は几帳面な字で女性のようだ。

 受け取った荷物を持って、部屋に戻る。

 荷物は・・・一冊の古い古い破れて汚れている”芋虫姉弟の大冒険”という絵本だ。

 急いで取り出した。
 便箋が入っていた。

 姉さんだ!

 しかし、何も書かれていない。

 二枚目に、宛名書きと同じ几帳面な字で書かれていた事は、少なかった。
”話は、母から聞きました。忘れていてごめんなさい。でも、本を破った事は許しません。なおしてから返しに来なさい”

 そう書かれていた。
 そして、姉さんの名前と住所が書かれていた。

 絵本には、破かれたページが挟まっていた。そこだけ時間が止まったかのように綺麗な色をしていた。

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 僕は、本の修繕をしてくれる所を探した。

 今日本が直ってきた。
 姉さんのところに持っていこう。今日いきなり行って会えるかわからない。

 それなら、また訪ねればいい。

 会えたのなら・・・まず、姉さんが大事にしていた”芋虫姉弟の大冒険”を破ってしまった事を詫びよう。

 そして、寂しかったと素直に言おう。

しおり