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強襲

柚樹が山の屋敷まで酒呑を送っていく。
その山の屋敷では酒呑の部下が宴会の舞台を作っている。
樽酒を用意は終わり、当日ご馳走を作れば完成だ。

「都の使者が来るそうで、怪しいが饗さねばなるまい。」

次の日来たのは武士数名と法士1名。
心配していた陰陽師を脅迫した件についての話はない。
宴会は1日中続き、使者も柚樹も屋敷の1室に泊まる。

「静寂の呪を使ったように静かだな。」

柚樹は胸騒ぎがして眠れない。そのうちトントンと足音がする。
その足音は屋敷の奥へと向かう。

「鍔迫り合いのような音がする。」

酒呑の部屋のほうだ。慌てて向かう。
簡素な部屋に漂う鉄の匂い。
武士4名が酒呑と戦っている。

「柚樹、お前だけでも逃げろ。」

理由はすぐに分かった。
鬼の力であれば武士など容易く切り伏せられるのだが、武士の後ろに高位の陰陽師がいる。

「大江山に鬼がいると都合が悪いのです。」

陰陽師は法衣を(なび)かせ、呪言を唱える。元道と同じ言葉でも効果が違う。

「namaḥ samanta vajrāṇāṃ hāṃ」

見えない鎖のようなものが酒呑を絡めとると、武士が刀を煌かす。

「シュティフィーーールドーーー!!!」

柚樹は悲鳴にも近い絶叫をする。
酒呑を倒した武士が、絶叫に呼応して生えた妖しの樹によって最期を遂げる。
妖しの樹は陰陽師にも魔手を伸ばすが、障壁が現れて焼け落ちる。

「人間どもめ!」

そういいながら、柚樹は我に帰る。

(「安部晴明の側近ほどの強さか。オレの勝算(かちめ)はないのか。」)

一方、武士たちと陰陽師は、柚樹の威勢に身構える。
柚樹はさらに攻撃すると見せかけて、屋敷の裏手の崖から飛び降りて身を隠した。

「賢い選択です。」

陰陽師は鋭い眼差しのまま、口元に笑みを浮かべる。

高い建物の中、幽玄と流恋の前。
帰って来た柚樹は壁をこぶしで殴りつける。

「くそっ。」
「荒れているのは分かりますが。」

幽玄は柚樹に話しかける。

「我々にできることは、今後を変えること。今を悔いても仕方ありません。」
「だがっ。」

彼ら高貴な者以外の人間、鬼、妖しはゴミ扱い。力の弱いものの命を簡単に奪う。
理不尽極まりない。

「オレは強くなる。元道が妖しになるのを拒否したことを後悔するくらいに!」

傍の流恋に問いかける。

「・・・どうしたらいいと思う?」
「そうねえ。今のあんたは陰陽師の術に弱すぎるから。」

陰陽師を相手にして、術を受けまくって耐性を付けなければなるまい。

1階の遊郭に入っている白拍子が柚樹に話しかけてくる。

「最近シュテさん来ませんの。」
「ああ、あいつは遠い所に行ったよ。」

本当のことは言わずにぼやかす。
だが後ろを向いた瞬間、柚樹の目から涙が溢れ落ちた。

****

痛い。
苦しい。
辛い。
暗い。
頭ががんがんする、意識が遠のく、自分が消える。
火渡りの儀式のように傷口が熱い。

(「がああああああああ。」)

声は掠れて文字に表すほど出ない。
だがある瞬間(とき)すぅーっと楽になる。
終わったか、否。

「新しい体はどうです?」

声が聞こえる。
目が霞んでいるが、だんだん視界ははっきりしてくる。
目の前に見えるのは自分を倒した陰陽師。
体は元通りになっている。

「貴様は・・・!」

陰陽師は傷の治った鬼を前にしても少しも意識はしていない。
次に発する一言が両者の関係を明確にする。

ご主人様(あるじさま)と呼びなさい。」

瞬時に陰陽師に対する敵意が消える。
過去の記憶は新しい自分に押し流される。

「仰せのままに、ご主人様(あるじさま)。」

心は残っているのに、脳は新しい呪言回路(サーキット)に支配されていた。

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