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呪具と本

寒い日の朝。朱雀や地竜を起こしに行くと蓑虫のように布団に包まっている。
それぞれの一端を持って帯を解くようにごろごろごろーっと転がしてやる。

「うわっ。人が気持ちよく寝てるのになんてことをするんだ。」

抗議は無視して新しい仕事の依頼をそれぞれに伝える。

「同業者の陰陽師が何者かに暗殺された。その調査をだな。」
「妖し関係じゃないの。柚樹とかに聞けばいいじゃない。」

再び布団の蓑虫になろうとする2人をまたごろごろごろっと転がす。

「そう簡単な謎なら調査の仕事はこないさ。」

地竜は未亡人(やもめ)に聞き取り、朱雀は都で異変探し。

「元道さんは何してるの?」
「決まってるじゃないか。報告待ちさ。」
「人に仕事押し付けて自分は何もしないのかい。」

これには訳が。と言おうとしたものの、喉元でその言葉は止まって別の言葉が口から出た。

「荷物頼んじゃってて本人が受けとらないといけないのさ。」
「ちぇ。仕方ないな。」

誤魔化したことに軽いうしろめたさを覚えるが、2人をいそいそと見送る。
朱雀は都の市場に行くが特に変わった様子は見受けられない。

「坊ちゃん、野菜安いよ。」

都は京野菜が売られている。地方は販売場所が少ないから、都のほうが便利だ。
元道がこの場所で陰陽師を開業してくれたことに朱雀は感謝しなければならない。

「ごめんね、買うわけじゃないんだ。」

朱雀は特に成果はないが、先に手がかりがあった地竜が帰ってくる。

「前に元道さんから聞いた話を思い出したけど、調査の陰陽師の家に呪殺結界がかけられてるね。」
「暗殺された人以外にも危険なので、解除しに行くか。」

呪殺結界とは、家を攻撃する方法で、家から等距離の5つの地点に呪具を置く。
そこから隣り合わない対角に線を結んでできた五芒星の中心の家は、病気や犯罪に巻き込まれやすくなる。
朱雀にも伝えられ、2人で4個回収できた。

「枯木の櫛、弔いの雛人形、悪尉の能面、龍の絵札か。」

もう一個を導き出すために、都に見立てた絵を地面に木の棒で描き、4個の場所を印付ける。
そこから隣り合わない対角に線を引く・・・あの古い貴族の家か。

「この前あの家の周りで戦ってたけど、あの家、出るらしいね!?」

あの家は由緒ある妖しハウスなのだ。

「敵意のない妖しはそのまま、敵意のある妖しだけ相手して、呪具を回収しよう。」
「おいら、あの家の雰囲気苦手だな。」

陰陽師の手伝い(アシスタント)がそれではたいへん困る。

「怖くなくなる霊符とかないの?」

早速妖しハウスの1階を捜索。朱雀がそう言ってくる。

「陰陽師は修練ができてる人ばっかりだから、そんなものはない!」

稀にできていない人もいるかもしれないが、そんな人はどうしてるか知らない。
パタンっ。戸板が外れてどこかに当たる音。

「ひゃっ。」

朱雀は近くに居た地竜に抱きついている。誰でも構わないというより、誰にでもすがりたいという感じだ。

「深呼吸すれば?」
「それ緊張用じゃなかった?」

ドサッ。ほら変な話をしているから出たよ。百々目鬼(とどめき)だ。
この妖しは100の眼を持ち、ずんぐりとした体に短い手足が付いている。
1つの眼が朱雀、1つの眼が地竜、1つの眼が元道を凝視する。

「眼を視るなよ。金縛りにかかるぞ。」
「手遅れ・・・で・・・す・・・」

朱雀と地竜は指先も動かせないで固まっている。
元道はふうっとため息をつく。

「念仏唱えとけ。」

修練のできていない2人は、口も動かせなくなっているじゃないか。
またまた元道はふううっとため息をつく。

「仕方ない、久しぶりに汗を流すとしよう。」

じりじり、と百々目鬼(とどめき)が近付いてくる。
2本の指で霊符を掴むと、視線を合わせないよう身構える。
全て有効射程。 いつ撃つかは自由。 間合いは問題ない。

其は風のごとき疾さ
其は刃のごとき鋭さ
其は雷のごとき圧
其は迅る――――

呪言と共に礼装が靡いて、仄かに伽羅(カーラーグル)の香りが感じられる。

(ふう) (じん) (らい) (じん)! 」

飛来した霊符によって、百々目鬼(とどめき)の中にある妖核が2つに切り裂かれた。
残り滓は蕩けるようにして床下に流れていく。

「あっ、指先動くよ。」

朱雀も地竜も金縛りから解放される。
手足を動かし、滞った血流を流させる。

「しかし、高等な妖しを配置してくるとはな。」

地竜が屋敷で真新しい杖を見つける。

「これ呪具っぽい?」
「そうだな。家に帰ったら5つまとめて焚きあげしよう。」

呪殺結界は解除されたが、こんなものを組めるのは高位の法術士だ。
これ以上の手がかりもなく、仕返しも難しいだろうということで、依頼者は泣き寝入り。

「陰陽師でも政界の闇のようなことがあるんですね。」
「危ない仕事をしなければそうそう起きないことさ。」

それを聞いた朱雀が元道をからかいにくる。

「元道さんは絶対大丈夫だね。」
「それは下っぱ陰陽師すぎて誰も相手にしてないって言いたいのかな?」

聞いていた地竜はいつもの光景だな、と思った。
家に戻ると、朱雀が置いてある荷物を見つける。

「あーっ、元道さん。家にいる必要がある届けてもらう荷物って。」

まずい、依頼に夢中になって受取人のいない荷物が放置されている。
開き直って正直に話してしまえば、それ以上の追求はしにくくなる。
好感度の下がりは後々挽回しなければならない。

「ああ、薄い本だ。」

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