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不死者の領域

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逆立つ短髪、髪色は褐色というより灰汁色に近い。耳には金属の耳飾が付いている。
見ただけでヤバそうな男が、高い建物の上から地上を見下ろす。

「今夜の獲物はアイツだな。」

夜道。電気をバチバチさせながら歩く少年の前に、外套を靡かせて男が降りてくる。
手に持つ禍々しい鎌は、殺人芝居<グランギニョール>の鎌。あの道化の一味なのだ。

「フフフ・・・いい死合いをしましょう。」

雷王は助けてもらった命を簡単に渡すわけにはいかない。
手元の電気を増幅し、高電圧の稲妻を敵に放つ。

「多少はできるようだが。」

稲妻は全て鎌に吸い込まれる。禍々しい鎌の持つ漆黒の闇<ブラックホール>。
一振りする。雷王は弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。

「がああっっっっ。」
「もう終わりか。元人間の式神などこの程度だな。」

体が動かない。体温の放熱は冷や汗に変わり、息遣いが荒くなる。
逆立つ短髪の男は鎌の先に付いた赤い色の液体を舐める。

「恐怖に怯えている表情、最高だ。」

ギザギザの鎌が再び振り下ろされる。
雷王は元道の元に戻ることは無かった。

****

元道は時々昔の夢を見る。
肌と肌の合わさる感触。間近だからこそ聞こえる息遣い。

「永遠に見続けられる夢ならいいのに。」

「永遠」の言葉で過去に終わったことだと気付かされる。
彼の相手は永遠を手に入れた。喩え不死者になろうとも。

見ている夢の人物が、元道に誘いの言葉を投げる。

「一緒に不死者になりましょう。永遠にこの時間を、この夢を見続けるために。」

だが陰陽師の家系の元道は拒否する。
夢の人物は悲しそうな顔をする。

「残念です。オレは一緒に夢を見てくれる男を探します。」

夢の人物は首に下げている十字の首飾りを引き千切って元道に投げる。

「これは途中までの夢を見させてくれた貴方へのお礼です。」

元道は投げられた首飾りを取ろうと手を伸ばす。
その夢はまだ途中にも関わらず、元道を揺り起こす誰かによって目醒めさせられる。朱雀だ。

「たいへんです。雷王が――――討たれました。」

現場に駆けつけると、雷王がすでに冷たくなっている。
道理を曲げて生かそうとしても再び閻魔は連れ戻しに来る。そう現実に告げられ、元道は項垂れる。
傍には十字の首飾りの一部が転がっている。

「愛情表現なのか、宣戦布告なのか。」

見上げると、高い建物の磨かれた壁に月が反射して映し出されている。
建物の下を見ると普通の門番が立っているが、中は妖しが蠢く巣窟に見えた。

「フハハハッ。そうですか、あのお坊ちゃんが。」

高い建物の中では、曲芸小屋で道化をしていた男が、髪を逆立てている男の報告を聞いている。

「幽玄様も余興はほどほどにして、オレのように畜生共の掃除をしてください。」
「そうはいきませんな。妖力は使えば減る。使うぞという構えを見せて脅すのが一番ですよ。」

雷王と戦った所為か、頬がやや落ち窪み、背筋が曲がっていて気だるそうだ。
曲芸小屋で道化をしていた男は手下を動かしただけなので消耗はしていない。
一方で彼らにはすることがあった。最近減っている妖し<みうち>を守る活動。

「柚樹は元道の後を追ってないで、都の周辺の仏閣破壊をして、傷つく妖しを減らしなさい。」

柚樹は不満を抱きながら都の郊外に向かう。
幽玄一派は数ある妖しの1集団であり、他の集団に移動することさえ可能だ。
だが、幽玄に学ぶことは多く、まだ移動の時ではない。

「オレは・・・この永遠の世界で、幸せを手に入れることができるのだろうか。」

柚樹が去った後、頬に星型の妖魔紋を付けた若い女が幽玄の前に現れる。

「柚クン可愛いよねぇ。元道なんかにやることはないわ。」
「流恋はまず、元道に邪魔されない方法を考えてください。」

幽玄は侮った表情でこの若い妖しを見る。
だが幽玄も年であり、そのうち若い世代に、智力、妖力で抜かれる日が来ることは分かっている。

「柚樹にも流恋にも期待してますよ。」

経験を積んでいる彼の発想は誰も追随できないものがあった。

都の外輪は鬼の領域。
大江山という場所に鬼の酒宴の場がある。そこにいる鬼を流恋が訪れる。
酒呑童子。童子という名からは想像できない身長の高さと整った顔立ち。

「それがしに如何用か。」
「そうねえ、取引といったところかしら。」

鬼の容姿の元は西欧人とされる。金髪碧眼のその童子は異国から訪れそこに滞在しているだけに過ぎない。
書学で習得した流暢かつ古臭い日本語。金棒という安易な武器ではなく、機械式の弓を構えている。

「障害となる敵にその弓で矢文を届けて欲しいの。」
「承知した。」

都にいる陰陽師や法術士の家に次々射掛けられる矢。
矢には最近駆除が進んでいる妖しを倒すなという内容の文が添えられている。都の治安は悪化し、人々の不満が募る。
募った結果立て看板が立てられる。何かと思えば人相書きが張り出されている。流恋の顔だ。

=この女、生死問わず。捕らえた者に金100=

その看板を流恋本人が見ている。

「笑っちゃうねえ。鬼使って恐喝したのはあたしで当たり。よく調べたなあと思うけど。」

流恋の近くに捕らえようとして無惨な姿になっている男の屍骸がある。
流恋はその屍骸を椅子代わりに座る。

「余程の陰陽師でない限り、あたしには勝てないのにねえ。」

しばらく立て看板の前にいるのにもう襲ってくるものはいない。
流恋は興が醒めたのか、空間の歪みに入ってそっと姿を消した。

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