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式と妖しと刀

撰日法によって定められている受死日。
不吉な日とされ、都でも人通りが減る。そんな日に暴力事件が起きた。

「どいたっ、どいたっ。」

戸板を外して作った担架に刀傷のある少年が乗せられ運ばれていく。
対応した医者は医心方の写しを片手に診療をしている。

「どうですか、助かりそうですか?」
「難しそうです。」
「どこのどいつだか知らねぇが、酷いことをしやがるもんだ。」

丁度買出しの用で居合わせた元道《もとみち》は、少年を転生させることを思いつく。
手持ちの式符を投げると、雷王と合体させる。

「最早人間ではないが勘弁な。」

少年の体から静電気が迸っている。
元道《もとみち》は身分を明かすと、状況を説明した。少年は自宅に帰っていく。
だが問題はその後だった。

「おわっ。雷王がなんでここにいるんだ。」

自宅に帰ると、朱雀と地竜と雷王が家で雑談をしている。

「元道《もとみち》さんのせいですよ。」
「人間を勝手に式にしたら、誰も怖がって相手しなくなります。」

まあそうだろうな。しかしなんでここが分かったんだ。帰巣本能?

「落し物ですよ。」

雷王が返してくれた落し物は、住所入りの年始の挨拶の文書であった。
つまり、はがきを出す予定があったのだ。でも明日にしよう。

バチッ★
「痛っ。」

式神の選択は間違ったようで、雷王は主に対して度々放電を与えてくる。

「何か不機嫌なことあったのでしょうか。」

主でありながら下手に出てみる。

「雨が降って電気が貯めにくい。雪がいい。」

解消できないことを言われましても、困ります・・・。


都の市場の片隅に、いつできたのか曲芸小屋が立っている。
下に棒の付いた下駄で踊る田楽の他に、動物に芸をさせて楽しませたりする。
元道はたまに見て投げ銭をしたりするのだが、この手のものは好き嫌いが分かれるかもしれない。

「おいら、あの動物は嫌いだな。」

あまり気に入らなかったのか朱雀が小屋から出てくる。
何故なのか聞いてみる。

「あまりに芸達者すぎる。物の怪のような動きをしている。」

優秀な陰陽師なら感じるところもあったのかもしれないが、元道は何も感じなかった。
朱雀は曲芸小屋をしばらく見張ることにした。店じまいの頃に道化が出てくる。

「おや、さきほどのお客さんではありませんか。うちの動物がお気に入りのようですねぇ。」
「その動物、物の怪が化けた物ですよね。」

道化の顔が引きつり、精神的に不安定なのか、髪を掻き毟る。

「ご冗談を。根拠なくそんなことを言われると、商売妨害でグアァァァァァア。」
「げげっ、こいつも物の怪か。」

体は変容を始める。顔からは異物が飛び出し、腕が余計に生える。増えた腕で物の怪に指図をする。
朱雀は安全を確保しようと周りを見ると、道化の配下である物の怪に囲まれていた。

「商売妨害で・・・排除しますよ。」
「知性ある物の怪のようだな。」

朱雀が飛び苦無を構えると、近くの塀の上から声が聞こえる。朱雀の友人の玄辰だ。
玄辰は多刃刀を構え、物の怪を威圧する。

「ひとりで片付けないで声かけて欲しかったな。」

玄辰は塀から飛び降りると朱雀の背面をカバーするように立つ。これで2人は正面の敵だけ叩けばいい。
戦闘は数分で終わり、動物・・・物の怪の残骸が辺りを埋め尽くした。残す道化は戦いを放棄する。

「覚えてらっしゃい。ケヒヒヒヒ。」

動物・・・物の怪の残骸は地面に吸い込まれて消え、証拠は何も残らなかった。
小屋も消えていて2人は夢でも見ていたのかという錯覚すら覚える。

「なあ玄。最近この手の活動多いよな。裏で何か動いてそうだ。」
「考えすぎじゃないのか。元道は何か言っていたか?」
「あの人、考えても口に出さないタイプだから分からないよ。」

玄辰は少年の姿の朱雀とは異なり、大人に近い身長で大柄な武器を持っている。

「その刃が2重3重になっている刀、かっこいいよな。」
「手入れがたいへんなだけだ。朱雀の苦無の方がいい。余程の武辺者以外はやめたほうがいいぞ。」

玄辰は動物の骨を斬った時に刃こぼれしたらしい刀を見つめる。
戦えば武器は傷むので、刀匠に修理依頼をしなければいけない。

元道はたくさんの苦無を風呂敷包みに入れて出かけようとする朱雀を見かける。

「おー、ムロマチさんの所に研ぎに出すのか。」
「玄も一緒に行くけど、元道さんも行く?」

あいにく陰陽師には刀匠に出すような武器はない。

武家町の一角にある鍛冶場は打鉄音や声でややにぎやかい。
元々ムロマチは町の名前だったのだが、いつの間にか刀匠をムロマチさんと呼ぶようになった。

「お坊ちゃん、そんな所いると火傷しちまうぞ。」
「身のこなし軽いから大丈夫だい。」

熱く焼けた刃を持った刀匠が作業場を往復している。
刃を水に漬けて引きあげると、美麗な波紋になる。

「ムロマチさんは?」
「ああ、ムロマチは今奥で炭作ってるぞ。」

高温にしなければいけない炭、備長炭のような楢樫から作られた物は適していない。
使うのは松で作られた黒炭だ。

「おう、苦無と多刃刀はそこらに置いてくれ。」

いい年の髭親父がニタッと笑う。
仕事の依頼が嬉しいのか、自分の仕事した刀が犠牲者に使われるのが嬉しいのか判別し難い悪そうな顔だ。

「剣は押すように斬るが、刀は引くように斬ってくれよな。」

玄辰はその通りと思ったが、朱雀は投げることが多いので首をかしげていた。
元道の家に玄辰が帰りに立ち寄ってくる。

「朱雀がお気に入りのようですね。傍から見てると危なっかしいですが。」

玄辰は曲芸小屋の物の怪を報告する。元道はただ聞いている。
道化が物の怪だったこと。小屋が消えたこと。玄辰は元道が積極的に戦わない理由を聞いてみる。

「人間にも活動はある。あやかしにも活動があるんだ。」

人を惑わすことだろうか。
それとも発展し公害を巻き散らかす人間から、あやかしの世界を守ろうという活動かもしれない。

「人間が山里の境界の管理を怠ると動物が入ってきてしまう。」
「あやかしを管理して里に入らないようにしないといけないね。」

都は四方に寺社仏閣を配置し、また川の流れ、風の流れ、全てにおいて計算して作られるものだ。
その中で安全に暮らす庶民は、恩恵を受けているのだが気が付かない。

「そういえば最近作られた高い建物、風の流れを妨害してるな。」

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