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70 スタートダッシュ?

 白い光が収まると周囲は喧騒に包まれていた。どうやら私たちと同じ場所に召喚された他のプレイヤー達が相当数いるらしい。装備から見る限りプレイヤーのレベル帯は結構広く取られているみたいだけど、さすがに私のような見た目初心者な装備をしている人はひとりもいない。
 見回してみると、ここはスタート地点用の広場になっているようだが、プレイヤー達の向こう側には鬱蒼とした森が広がっている。あれが古の森とやらなのだろう。そして、召喚されたプレイヤーたちの一部はろくに会話もせず、この場を離れてその森の中に駆けだしていく。どういうことかと思って残っている人たちから聞こえてくる話し声に耳を傾けてみる。


「おい、転送終わったぜ」
「おう、イベントの詳細はメールの通りだろうから、さっさと移動しよう」
「そうね、セーフエリアは中央に行くほど少なくなるものね」
「効率よくポイントを稼ぐためには拠点はなるべく中央寄りがいいしな」
「スタートダッシュで一気に稼ごうぜ」


 みたいな会話が聞こえてくる。つまり魔物の討伐ポイントを効率よく稼ぐために、敵が強い中央付近に早く移動したいということか。確かに安定して狩りをするならセーフエリアは近くにあったほうがいい。だが、セーフエリアは中央に行けば行くほど数は減り、広さも狭くなる。そのため中央よりのセーフエリアを拠点として使えるパーティの数はどんどん減っていく。だから少しでも条件のいいエリアを拠点にするために、イベントガチ勢のプレイヤーは開始と同時に森へと突入しているらしい。

「おい、コチ。俺たちも行かなくていいのかよ。このままじゃ出遅れるぜ」

 その様子を見ていたアルが焦ったように私の肩を揺するが、私はすぐにこの場を離れるつもりはない。だって今行っても、この周辺の魔物なんて狩りつくされているだろうし。
 それに、確かにメールで詳細は知らされているけど、せっかく10日間もイベントがあるんだから少しくらいゆっくりペースでもいいんじゃないかな。ということでまずは人探し。

「それにしても……本当にあっという間に人が減りましたね。おかげで大分見通しは良くなりましたけど……」
「おそらくコチ君が探している人はあの人だと思うよ」

 きょろきょろと周囲を見回していた私に、ウイコウさんはある方向を示してくれる。その指先に釣られるように視線を移動させると、そこには小さな山小屋のような建物と、その前にたたずむひとりの中年男性がいた。
 その人は気弱そうな視線を彷徨わせながら次々と森の中へと消えていくプレイヤー達を淡々と見送っている。間違いない、あの人が私たちをこの場へと召喚した大地人だろう。

「ありがとうございます、ウイコウさん。ひとまず彼から話を聞きましょう」
「そうだね、彼を助けるにしてもどうすれば助けたことになるのかは聞いてみないとわからないからね」
「そ、そうですね」

 な、なるほど……私はただ、彼に話を聞くことで今回のイベントのバックボーン的なストーリーが聞けるんじゃないかなと思っただけで、正直そこまで深く考えている訳じゃなかった。でも確かに彼が何を望んで私たちを召喚したのかというのは重要だろう。
 という訳で話を聞くべく全員で小屋へと向かう。

「すみません、あなたが私たちをこの森に召喚した方でしょうか?」
「は、はい! そうです。よかった! 話を聞いてくれる人がいてくれて」

 私が話しかけると、不安気にしていた表情がぱっと一変して安堵に変わるが、気持ちはわからなくもない。彼からしてみれば助けを求めるべく召喚した夢幻人たちが、自分の話も聞かずにどんどんどっかに行ってしまうという状況だったんだから。

「なんか、すみません。彼らと同郷の者として一応……」
「あぁ! そんな、頭を上げてください。むしろ頭を下げるのはこちらです。あなたたちを勝手な都合で一方的に召喚してしまった訳ですから」

 召喚者の人はなんとも腰の低い人だった。ラノベの異世界召喚なんかだと召喚者は表向き隠していたとしても、大体は傲慢で居丈高でいけ好かないタイプなのにこの人の言葉には真摯さがあり嘘は感じられない。

「そうですか。でも、勘違いしないようにお伝えしておきますけど、あなたの召喚に応えるかどうかは私たち自身の判断に委ねられていました。だから、ここにいる人たちはひとり残らず自分の意思でここにいます。だから遠慮や気兼ねはいりません」
「おお、なんともありがたいことです。私はこの森を守る一族のひとり、カラムと言います。私の召喚に応えてくださった夢幻人の皆さまにお願いしたいことがあります」
「私はコチと言います。まずはお話しを聞いてからになりますし、どこまでお力になれるかわかりませんが、後ろの頼れる仲間たちと一緒に出来る限りお手伝いさせてもらいます」
「あ、ありがとうございます!」

 目を潤ませながらカラムさんが差し出してきた手をしっかりと握り返す。そのとき手の感触からカラムさんの左手に綺麗な緑色の石をあしらった指輪があることに気が付く。まだこのゲーム内で宝石の類を見たことはないけど、もしかしたらこの森のどこかに宝石の原石が採れるような場所があるかも。それはちょっと楽しみだ。

「お言葉に甘えるようで申し訳ないのですが、さっそく皆さんに取り急ぎお願いしたいことがあるんです。中へ入ってもらえますか?」

 カラムさんはやや急ぎ足で後ろにある小屋の扉を開け中へと入っていく。扉はそのまま開け放してあるのでそのまま入ればいいんだろうけど、逆にカラムさんと話さないと小屋の中には入れないんだろう。とりあえず、カラムさんも急いでいるみたいだし中に入って話を聞くことにしよう。

「あのう、すみません」
「へ?」

 ウイコウさんと視線だけで意思確認をして中へと入ろうとしたところで、突然後ろから声をかけられる。
 ちょっと予想してなかったので、思わずびくっとしてしまったがなるべく平静を装って振り返る。するといつからいたのか、20人ほどのプレイヤーが後ろに集まっていた。どうやら私たちと同じように召喚者と話をするために残っていたらしい。その中で私たちに率先して話しかけてきたのは女性6人組パーティのリーダーらしき人族の女性だ。

「えっと……皆さんも話を聞くために残っていたんですよね?」
「あの……はい、私たちもご一緒させてもらっていいでしょうか?」
「あ、はい、勿論です。一緒に話を聞きましょう」

 当たり前だがこのイベントは私だけのものではない。なので私に拒否権などあるはずもない。召喚者から話を聞きたい人たちがいるなら全員で聞くのが当然だ。という訳で後ろにいる人たち全員を小屋に入るように促す。

「おい、待てよ」
「え、私ですか?」

 そうして小屋に入ろうとした私を強い口調で制止したのは、革と鉄材の複合鎧を装備し大剣を背負った獣人の男性プレイヤーだ。

「そうだよ。未だにそんな初心者装備を身に付けているような奴が、なに仕切ってんだっつうの」

 仕切っているつもりはないけど、まあ確かに見た目も中身も初心者であることは間違いない。

「いえ、たまたま先頭にいただけですから。お譲りしますよ」
(おい、コチ! こんなやつら俺がぎゃ!)

 私の対応に対して横からアルが文句をつけてくるが、即座にアルの足を踵で踏みつけて黙らせる。こんなスタート直後にいきなり他のプレイヤーともめたくない。

「ふん、わかってんだったらいいけどよ。じゃあ行こうぜ」

 獣人プレイヤーは自分のパーティメンバーに声をかけると、私たちを押しのけるように中に入っていく。

「あの……」
「あ、お先にどうぞ。私たちは最後で構いませんから」
「は、はい。すみません」

 今のやり取りに気後れしてしまったのか、最初に声をかけてきた女性パーティが若干気まずそうに後に続き、残った人たちも私たちに軽く頭を下げつつ小屋へと入っていく。結局私たちは全員が中に入ったのを見届けてようやく中に入る。アルが後ろでなにやら文句を言いたそうにしているが、隣のウイコウさんに睨まれて仕方なく大人しくしている。やれやれ、最初っからそんな調子でいつまで約束を守れるやら。

 さて、他のプレイヤー達はすでにスタートダッシュを決めて、森の中で魔物を狩りまくっているんだろうけど、ゲーム自体を始めたばかりの私はイベントの上位を狙っている訳じゃない。せっかく初めての大型イベントなんだからどうせなら舞台設定も含めてしっかりと楽しもう。

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