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12.愚者の帰還Ⅱ

「主は女神がどうやって現世に降り立つか知っておるかのぅ?」

「ううん、知らないよ?」

 アテナはその場にちょこんと座って話し始めた。
 僕は彼女が座れと手で合図したので、同じようにその場に腰をおろした。

「女神、というか神はのぅ? 通常何かを媒介にしなければ現世には留まれんのじゃ」

「媒介? 生贄って事?」

「発想が物騒じゃのぅ主は……媒介もしくは触媒とも呼べるかのぅ。童たちを現世におろし、縛り付けるための言わば依代(よりしろ)という奴じゃ」

「じゃあアテナも何かに縛られてるって事?」

「そういう事じゃ。そしてそこに童が地上へ出られん理由がある」

 地上に留まるための依代。
 地上へは出られないアテナ。
 そしてこの迷宮……
 これだけヒントがあれば、いくら頭の出来が悪い僕でも察する事ができる。

「もしかして、この迷宮を依代にしてるの?」

「正解じゃ」

 アテナの話によると、この迷宮は実に1000年以上前に彼女が自分で造ったものらしい。
 なぜ迷宮を造ったのかっと聞いてみると……

「そんな昔の事など忘れたわ」

 と言っていた。
 口ぶりからしても、そこまで対した理由では無かったらしい。
 大した理由でもないのに、こんなに巨大な迷宮を造れるあたりは、やっぱり神様のスケールなんだろう。
 そいうわけでこの迷宮が造られたのは1000年以上前、だけど最初からこの迷宮を依代にしていたわけじゃないらいい。
 そもそもこの迷宮に入ったのは、彼女が女神から元女神になった時みたいだ。
 元女神なら依代は必要なさそうだけど、元でも何でも女神なら依代は必要なんだそうだ。
 その辺の話は、正直僕にはわからない。

「要するにじゃ、童が地上へ出るためには新しく依代を準備せねばならん……というわけじゃ」

「依代……でも僕、女神様を住まわせておけるような物なんて持ってないよ?」

「案ずるでない。すでに目星はついておる」
 
「そうなの? だけどそんなものどこに……」

 僕は周囲を見渡した。
 見る限りこの部屋には何も無い。
 あるとすれば修行の所為で散らばった瓦礫くらいだ。
 するとアテナは、ゆっくりと右腕を上げた。
 人差し指で、文字通りそれを指さした。

「……え?」

 というか僕だった。
 彼女の細くしなやかな指は、どの角度から見ても僕を指していた。

「僕?」

「そうじゃ。主を依代にする」

「えっ、ええぇぇ!? 僕なんかを女神の依代に!? というかそんな事できるの??」

「出来るとも。出来なければこんな提案はしとらぬよ」

「あー……、まぁそうだよね」

 僕じゃあるまいし、アテナが無理な提案なんてするはずが無い。

「主は『神がかり』という言葉を知っておるか?」

 神がかり……
 神霊その他の霊的存在を自身へ乗り移らせる事。
 別の名称では憑依とも呼ばれている。

「神がかりは古くから使われておる手法じゃ、実績も信頼もあるから心配は要らぬよ」

「そうなんだ……リスクとか無いの? 例えば依代になると寿命が縮まるとか」

「もちろんあるぞ? しかしそこは主が幸運じゃったとしか言えんのぅ」

 幸運?
 この僕が?
 幸運なんて、褒められる事の次くらいに縁遠い僕が?

「本来神がかりは、依代となる者の生命力を必要とするのじゃ。じゃからそう長くは保たん……何しろ神じゃからのぅ? 身に余る存在をその身に宿しておれば、当然肉体は負荷に耐えられん。じゃが主のユニークスキル【零点回帰(ノーリターン)】は、その変化を無かった事にできる。故に主に限って言えば、生命力を搾り取られて死ぬ心配は要らぬという事じゃ」

 そうなのか?
 ここに来て、このスキルの株が上がりまくりだよ!
 あれ……でも待てよ?

「だとしたら、神がかり自体も無効化されちゃうんじゃないの? それってどう考えてもスキルの対象でしょ?」

「大丈夫じゃ、神がかりそのものは主に何の恩恵も与えん。童が何もしなければ、主はただ生命力を吸われるだけじゃからのぅ」

 えっ……それって何のメリットも無いって事だよね?
 だったら誰がわざわざそんな事するんだろ?
 う~ん……

「神がかり自体にはデメリットしかないのに、誰がそんな事するの?」

 考えてもわからないので聞いてみた。

「それは互いに何の契約も無しに神がかりを行った場合じゃ。本来神がかりは、依代となる者の願いを叶える為に行われる儀式じゃ。依代は神に願いを乞い、神はそれに応じてその対価として生命力を徴収する……そもそも神がかりを行うには、依代の方から誘いが無ければ成立せん」

「なるほど、本人達合意の上で行われるって事だね!」

「何じゃ……その言い方だと如何わしい行為のようじゃな……まぁ好い。じゃから主が何かを望むなら、童が叶えてやっても好いぞ?」

 そう言われたので、僕は腕を組んでう~んと唸りながら考えた。
 無い頭でいろいろ考えた。
 10秒くらいだったと思う。
 そのくらい考えて、僕はアテナにこう答えた。

「無いよ。願いは無い」

「無い……か。本当に無いのか? 主とて無欲では無かろう」

「う~ん、細かい願いはあるかもしれないね。もっと考えたら出てくるのかもしれない。だけど僕、今とっても幸せなんだ!」

 胸を張って言える。
 今の僕はこの上ないほどに幸せだ。
 幸せで満たされている。
 胸が一杯になっている。
 それもこれも全部、アテナに出会ってからだ。
 彼女に出会えたから、ここで彼女に殺されたから、今の僕は幸せになれた。
 照れくさくてこんな事、本人にはまだ言えないけど、僕はそう思っている。
 この蛇で幼女で女神様なアテナによって、僕の心は満たされたのだ。

「だから大丈夫。一緒に地上へ行こうよ」

「うむ。主が好いなら何も言うまい」

 あぁ……でも、そうだな……
 もしもこんな事願っても良いんだったら…… 
 僕の願いはきっと―――

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