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9.蛇と弱者Ⅳ

「えっ? 今なんて言ったの?」

「二度も言わせるでない。聞えなかったわけではなかろう?」

 その通りだ。
 僕は別に聞えなかったわけじゃない。
 ちゃんと聞えていた。
 聞えていたけどわからなかった。
 この幼女が口にした言葉の意味を……

「まぁ好い。先程の発言には聊か語弊もあったし、言い直すついでじゃよく聞くが好い」

 幼女は改まって言い直した。

「主の願い、この童が手伝ってやろう」

 幼女は「叶えてやろう」を「手伝ってやろう」に言い換えた。

「僕の願いを……あなたが?」

「そうじゃ! 光栄に想うがよい!」

「あっ、えっと……」

「なんじゃ主よ? 嬉しくは無いのか?」

 幼女は不機嫌そうにむくれてそう言った。
 僕は慌てて言い訳をした。

「ちっ違う! 嬉しい! とっても嬉しいよ!! だけど僕は貴方を、君の事をよく知らないから……」

「おぉ! そういえばそうじゃったのぅ。童とした事がうっかりしておったわ。何せこうも長く人と話したのは数百年ぶりじゃからのぅ……久々すぎて要領を得んのぅ」
 
 数百年ぶり?
 そういえばさっきも同じような事を言っていたな。
 数百年間この場所にいる蛇、蛇の幼女……
 彼女は何者なんだろう?

「では改めて名を名乗るとしよう! 心して聞くが好い!」

 幼女は自分の腰に手を当て、無い胸を張って言った。

「童の名はアテナじゃ―――――人は童を【女神】と呼ぶ」

「女神? 神様?」

「そうじゃ神様じゃ! ん? 主よ、あまり驚いておらぬな?」

「えっ? あーえっと……ごめんなさい。目が醒めてから驚きすぎて、正直あんまりビックリしませんでした」

 生き返ったり不死身だったり……
 今日一日でいろいろありすぎて、驚きすぎてしまったからなぁ。
 それに彼女が異様な存在なのはわかってたし、予想の域を出なかったっていうのが正直な感想だ。

「何じゃつまらんのぅ……まぁ好い、童が女神と呼ばれておったのは随分昔の話じゃ。今は多少事情が異なる」

「事情が異なるって……今は女神様じゃないって事?」

「そういうわけでもないが、そうとも言える」

 幼女改めアテナは、また意味深な言い方をした。

「どれ、一つ昔話をしてやるかのぅ」

 そう言ってアテナは語りだした。
 昔々ある所に、それはそれは美しい女神がおった。
 女神の名はアテナ、知恵と戦いを司る女神じゃった。
 人々はあらゆる言葉で童を讃えた。
 それと同時に、童の名と様々な姿を繋げ連想しておった。
 都市の守護女神、輝く瞳を持った者、梟の貌を持った者――――
 そのうちの一つに、恐ろしい大蛇の姿も含んでおった。
 神というものは人々の信仰あって初めて力を得る。
 故に童は、人々が望む形へと姿を変えることができた。
 夜の渡る梟、知恵と再生を表す蛇、勝利の女神たる美女。
 あらゆる者に姿を変え、人々に恩恵を授けてやった。
 しかし時代が流れるにつれて、その信仰は弱まっていった。
 信仰を無くせば女神としての姿を保つ事ができぬ。
 結果的に童に残ったのは、恐ろしい怪物としての側面であった。
 かつて童を崇めた人々が、今度はこぞって童を畏れた。
 女神からただの怪物に成り下がった童は、逃げるように地下に潜った。
 めでたしめでたし。

「めでたしめでたしって、全然めでたくなんか無いよ!」

「何じゃ何じゃ? 何をそんなに興奮しておるのじゃ? 確かにめでたい結末とは言い難いが、童はそれで納得しておるよ」

「だとしても、勝手に崇めておいて勝手に畏れて……本当に勝手すぎるよ」

 人間というものは、いつの時代も変わらないのだろう。
 僕はつくづくそう思った。
 言ってしまえば彼女は、人間の我がままに振り回されただけなのだ。
 自分の都合で信じておいて、結局最後は裏切っただけなのだ。
 それがすごく腹立たしくて、僕は声を荒げてしまった。
 だけどアテナは、とても穏やかな表情をしている。

「そうじゃな。じゃが人間とはそういう生き物じゃ。身勝手に生きて巻き込んで、そうやって生き延びてきのが人間なのじゃ」

 必要な時には空を仰ぎ祈りを捧げ、不要になったら敬意も行為も川に捨てる。
 それが人間という生き物で、それが生きるという事だった。

「じゃからのぅ? 主がそう声を荒げる必要は無いのじゃ。童はとっくに呆れておるし、今更期待なぞしておらん。それに女神なんて重苦しい役目なんて無い今の方が、ずっと気楽で好い」

「だったらどうして、僕を手助けしようなんて言ってくれたの? 僕だって人間だよ。君が言うような人間なんだよ?」

「言うたじゃろう? 童は主が気に入ったのじゃ……それに主は人間じゃが、主の心は人間では無い。主は人間でありながら、人間である事を否定的に思っておるじゃろう? それに加えてそのスキルじゃ……もはや只の人間とは程遠い」

 改めて言われるとそうかもしれない。
 少なくとも今の僕は、普通の人間とは違う。
 選ばれた人間……なんて事が言いたいわけじゃない。
 単に僕は人でなしだ。
 人間でありながら、中身は不死身の化物なのだから。

「それに童も、こうして地下に引きこもっておるのに飽きて来た頃合じゃった。丁度いい機会というやつじゃ! それとも主は、童と一緒が嫌か?」

 アテナは悪戯を仕掛ける子供のような顔でそう言った。
 僕はそんな彼女が可笑しくて笑った。
 嫌な筈が無い。
 だって彼女は、僕を気に入ってくれた唯一の存在なんだぞ?
 それを嫌いになるわけないじゃないか。
 何だい?
 あれだけ他人に騙されておいて、また信じるのかって?
 そうだね。
 確かにその通りだよ。
 僕も彼女が人間だったら、信じるなんて出来なかっただろうね。
 でも彼女は人間じゃない。
 彼女は蛇で幼女で元女神様だ。
 信じてみて損は無い!
 僕はそう思ったよ。
 だからこう言おう。
 立ち上がって、胸を張って真っ直ぐにこう言おう。

「一緒に居てほしい」

「うむ! 良い顔じゃ!」

 アテナは女神のような笑顔でそう言った。
 

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