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御子柴のヤキモチ勉強会⑥




金曜日 午前 沙楽学園1年1組


―――あー、どうしよー・・・。
授業が終わり一段落ついたところで、御子紫は特に次の授業の支度もせず、席に座って一人考える。
―――本当に今日の昼、コウの前で素直に言えるかなぁ・・・。
―――最近俺、コウを目の前にすると何故だか強がっちまうし・・・。
コウの前では強がってしまう。 そのことは、自分でもよく分かっていた。 今まではそんなことなかったのだが、御子紫の心のどこかで、コウに対しての思いが揺れ始めている。
―――コウは完璧な奴で、尊敬しているのは確かなんだけどなぁ・・・。
―――・・・俺、どうしちまったんだろ。

「御子紫ー」

―――そういや、コウになるにはどうしたらいいんだ?
―――コウは何でもできるし、一日でもいいから入れ替わってみたいよなぁ。
―――優には甘えられて頼られて、女子からはたくさん話かけられて・・・。
―――あぁ、羨ましい。
そんなことを考えながら、自分の机の上に顔を伏せた。

―――・・・俺には一体、何が足りないんだろう。

「おい、御子紫!」

―パシッ。

伏せていると、突如御子紫の頭に激痛が走る。
「ッ! いってぇな!」
「無視するお前が悪いんだろ」
痛さのあまり飛び起きるのと同時に、頭を抱えその攻撃がきた方へ視線を移した。 するとそこには日向が立っており、次の授業で使う教科書を手に持っている。
どうやら彼は、返事をしない御子紫の頭を軽く教科書で叩いたみたいだ。
「あぁ、悪い・・・」
自分が悪いとすぐに判断し、反論をせずに素直に謝る。 その様子を見た後、日向は用件を口にした。
「さっき担任が、ホームルーム係に頼みたいことがあるから次の授業が終わったら職員室へ来いって。 これ伝言」
「ん、分かった」
なおも斜め後ろにいる日向に対し、彼の顔を見ずに返事だけをする。 一方日向はいつもと様子が違う御子紫を見て、静かな口調でこう尋ねてきた。
「何かあったのか?」
「何かって?」
「今日お前、様子がおかしいじゃん。 さっきの授業だって、先生に指されてもぼーっとしていたし」
そう言いながら、日向は前の空いている席に座った。 そして身体を横へ向け、顔だけを御子紫の方へ向ける。
「別にー・・・」
だが話をすることが面倒で、適当に返していく。
「何か悩み事? 人間関係か?」
「んー、まぁ・・・」
「相手は誰?」
御子紫の気持ちを考えずあまりにも直球に尋ねてくる日向に、御子紫は少し嫌な顔をするも素直に彼の名を口にした。
「神崎コウ・・・」
すると、一瞬にして日向の顔色が変わる。
「・・・俺の前で、ソイツの名前を出すか、普通」
「あぁ・・・。 悪い」
視線をそらし嫌そうにそう呟いた日向に、素直に謝る言葉を述べる。 ここでかつて起きたコウと日向の事件を思い出すが、ふとある疑問が頭を過った。

―――今のって、俺が悪いのか? 

日向が尋ねてきたから返事をしただけのはずなのに、何故自分が謝らなければならないのか。 
ふとそのようなことが思い浮かぶが、考えることが面倒になりその疑問を打ち消した。 
だが御子紫はコウの事件にはあまり関わっていなかったため、どう反応したらいいのか分からないという気持ちもある。 それらを交えて、謝ったつもりなのだが――――

「とりあえずアイツは、自己犠牲野郎だな」
「え?」
「ん?」

腕を組みながら突如放たれた日向のその言葉に、思わず反応をする。
「どうしてその呼び方を・・・」
「は?」
「あぁ、いや。 何でもない・・・」
仲間からは“自己犠牲野郎”と呼ばれることもあるコウなのだが、その呼び名を仲間でもない日向から出るとは思わず少し驚いてしまう。
だがそれを言っても話は長くなるだけだと思い、とりあえず謝りの言葉を入れてこの場を流した。 そして日向は、溜め息交じりで小さく呟く。
「とにかく、神崎は色折の次に嫌いだ」
「・・・」
「偽善者である色折と、自己犠牲野郎である神崎。 御子紫、よくアイツらと一緒にいられるよな」
「ッ、だから、ユイは偽善者なんかじゃねぇ!」
目を細くしながらそう口にした日向の発言を聞いて、ムキになってしまった御子紫は突然大きな声を張り上げた。 
だがそんな行為に何一つ驚きもしなかった彼は、冷静な口調で御子紫に向かって言葉を放つ。

「神崎のことは、否定しないのか」

「ッ、それは・・・」

あまりにも冷たい口調でそう言ってきた日向を見て、視線をそらし小さな声で答えた。
「コウが自己犠牲野郎なのは、本当のことだし・・・」
そんな回答を聞いた日向は、溜め息をついて御子紫に尋ねる。
「じゃあ、アイツのどこがいいっていうんだよ」
その問いに対しては、迷わずに淡々とした口調で答えていった。
「まずは容姿。 コウはカッコ良いしスタイルもいいし、完璧だ。 技術面でいうと、頭もよくて料理もできてスポーツもできる。 だからそこも含めて、何でもできる完璧な奴だ。
 まぁ・・・性格、以外では」
最後の言葉を言いにくそうに小さな声でそう発した御子紫に、日向は更に問いかけた。
「御子紫はソイツのこと、どう思っているんだ?」
「どうって・・・」
急にそのようなことを尋ねられ、思わず口を噤み考え込む。 そして先刻までコウに対して抱いていた感情を、そのまま日向に吐き出した。
「そりゃあ、羨ましいなって思っているよ。 ・・・自分も、コウみたいになりたいなって」
「ふーん。 ま、そう思えるのは凄いわな」
「?」
それを聞いて、興味なさそうに返事をした日向。 そして席を立ち、目の前に立った。 
なおも席に座っている御子紫を見下ろすような態勢のまま、彼は自分の思いを口にする。 
それも、コウの仲間である御子紫にはお構いなしに、何の感情もこもっていない冷たい言い方で――――

「俺は今お前が言った、神崎は完璧な奴だってことは信じない。 ・・・けどな、もしも本当にそんな奴がいるとしたら・・・俺は、ソイツが憎くて仕方ないけどな」


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