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17.作る技術と、見極める技術は案外両立しない。

 天城は一旦ホワイトボードに書いてある文字をざっと消し、新たに

 女主人公
 音楽に詳しくない
 ヒロイン(?)に近づくために音楽を始めた
 バンドをやる女の子の日常

 と、箇条書きする。そして、

「さて……こうなると気になるのはヒロインだな。まあ、別に男でも良いんだが、それをやると一気に対象が狭くなりそうだから今回は無しだ」

「何で?男でいいならそのほうがいいんじゃないの?」 

 久遠寺が疑問を呈する。天城はさらりと、

「単純な話だ。男を攻略する話を読みたい男は少ないんだ。女の子同士の恋愛とも友情とも捉えられる関係にしておけば、男女どっちにもアプローチがしやすい」

「そ、そうなの?」

「多分。少なくとも俺はそっちの方が読みたいと思うだろうしな」

「な、なるほど」

 久遠寺はそれで異論を引っ込める。何だろう。妙に物分かりが良い気がする。まあ、いい。

 天城は説明を続ける。

「で、だ。このヒロインだが、当然主人公が興味を持つキャラにしなくちゃいけない。それも全く知らない音楽というジャンルに飛び込ませるくらいの、だ。愛理(あいり)タイプの分かりやすい主人公ならともかく、頭の回る空亞(くあ)タイプとなると、その理由もある程度しっかりしてないと違和感が出る。そこで、だ」

 女主人公の右横から矢印を伸ばして、

「まず主人公がどんなやつか決めてしまおう。どんな感じだと思う?」

「どんな感じって……」

 星生がガサゴソと鞄を漁る。どうやらさっきまで読んでいた本は読み終わったらしい。

 やがて久遠寺がぽつぽつと、

「なんていうんだろ……カッコイイっていうのはもう言ったけど、あれ。信念がある感じ」

「ほう」

 天城は意地の悪い笑いを浮かべ、

「信念なぁ……それにしてはヒロインに近づくために全くやったこともない音楽をやったりしてるけど、それは信念があると言えるのか?」

「ぐ」

 久遠寺は苦し紛れに、

「そ、そこはほら。音楽以外の信念があるって事で」

「具体的には」

「ぐ、具体的に……」

 悩んでしまう。

 星生がページをめくる音が聞こえる。天城がちらりと横眼で確認すると、今度はハードカバーの本を読んでいた。実に多種多様だ。どうでもいいが絵は描かないのだろうか。

 やがて久遠寺がひねり出すように、

「えーっとね、ほら。あれよ」

「あれ?」

「主人公の子は頂点に立つみたいな感じだよ」

「頂点に立つってのは、どういうことだ?」

「ほら、いるじゃない。負けず嫌いっていうか、なんでも良いから取り敢えず頂点にたって見下ろしたいっていうか。勝ちたいっていうか」

「勝ちたい……」

 天城が援護射撃をする。

「それはつまり、どんなジャンルでも一番でいたい女の子……ってことか?」

 久遠寺が「答えを見つけた」と言わんばかりに手を叩き、

「それ!そういうやつ」

 そういうやつってなんだよと思いつつも天城は矢印の先に、

 負けず嫌いの女の子

 と、付け加える。そして、

「と、なると、この子が音楽に手を出した理由も見えてくるんじゃないか?この子は頭が良い。そうなると当然勉強は出来るんだろうな。そんな彼女は負けず嫌いだ。すると?」

 久遠寺は遠い昔の記憶を思い出したかのような口ぶりで、

「……音楽で、自分の上を行く子がいたら、負けたくないと思う。だから、近づいた?」

 天城は一つ、縦に頷き、

「いいじゃないか」

 天城は「バンドをやる女の子の日常」と書いてある下に、ヒロインと書き、そこから矢印を伸ばして「音楽の天才(?)」と書き加え、

「さて、段々見えてきたところで、次は話の展開を考えてみるぞ。まあ、ここまで出来ていれば後はそんなに大変じゃないがな」

 久遠寺の思考はまだイマイチ纏まり切らないような感じで、

「そうなのか?」

「そうだ。だって、頭がいい、負けず嫌いの主人公が、音楽の出来るヒロインに近づくんだろ?んで、百合では無いけど、仲良くなっていく話を書くわけだから、当然、最初は主人公の子からヒロインの子に対する好感度は余り高くない。だけど、仲良くなっていくうちにその好感度が上がっていって、同時に主人公がちょっと変わっていく。そんな感じの話になっていくだろうよ。もっと具体的に言えば、」

 そこで久遠寺が、

「待った」

「あん?どうした?分からない事でもあったか?」

「そのストーリーなんだけど。取り敢えず私がなんか作ってきてもいい?」

「作って……って事はプロットを作るみたいな感じか?」

 久遠寺は「プロット?」という顔をしつつも、

「そ、そういう感じ?かな。ほら、あらすじとか。駄目か?」

「あらすじ……か」

 天城は少し考えこみ、

「そうだな。それも良いかもしれん」

 久遠寺は「ホント?」と嬉しそうにする。天城は「ただし」とくぎを刺すように、

「短編だから、それは意識したものを作ってきてくれ。具体的には、二人が出会ったりとかそういう話を具体的にやるのは余り勧めない」

 久遠寺が自信なさげに、

「文字数的な問題?」

 首肯。

「そうだ。主人公の説明、ヒロインの説明、出会ってどうこうなんてやってたら、多分それだけで五千字くらいは食う。そんな事をしている余裕はない。勿論説明は入れるが、話自体は出会って暫くしてからって方が上手くいくだろうな」

 言葉を切り、

「とはいえ、そういう制約も、最初は取っ払って考えてくれて構わない。別にいくつあらすじを考えても大丈夫だから、色々考えてみるといい。どんな微妙なものでもな」

 久遠寺は「いやいや」と否定し、

「微妙なのは作ってもしょうがないでしょ」

 天城はふっと笑い、

「それが、そうでもないぞ」

「そんなもんなのか?」

「そうだ。基本そういうアイデアってのはな、下らないもんでも取り敢えず考えてしまった方がいい。今回だったらそうだな……主人公とかヒロインの設定。それからストーリー。これらに関して、思いつくことは適当に書きだしてみるんだ。不思議なもんでな。そうやって自分でも下らないと思うようなアイデアをポンポン出していくと、何故か突然いいアイデアが生まれるもんなんだ」

「マジか」

「マジだ。だから、まあ、試してみるといい。本気で下らないと思ったものは、別に俺に見せる必要性は一切ないしな。見るのも面倒だし」

「オイこら」

「はっはっはっ」

 天城は笑い飛ばし、

「でも、何でわざわざ持って帰って考えるんだ?今決めてしまった方が時間的にも余裕が出来るんじゃないか?」

 久遠寺は余り否定をせず、

「や、そうだけど」

 代わりに星生が、

「このまま話を進めると、殆ど天城が決めてしまいそうな気配がしたから、」

 久遠寺に対し、確認するように、

「ではないか?」

 久遠寺は「あー」とうめくように呟いた後、

「そうか、そういうことかもなぁ」

 天城は飲み込めず、

「どういうことだ」

 星生が、

「征路は賢い。言っていることも基本、間違いでは無いと思う。ただ、このままだと完全に征路の作品になってしまう」

「あぁ」

 ようやく飲み込めた。

 ようは「アドバイスのし過ぎだ」という事だ。

 言われてみればそうだったかもしれない。

 星生は続けて疑問を呈する。

「征路は書かないのか?」

 天城は自分を指さして、

「あん?俺?」

 首肯。

「そうだ。これだけよく分かっているのなら、良いものが書けるんじゃないのか?」

「良いものが……」

 固まる。

 そんなことを言われるとは思っていなかった。

 そして、そんな機会がまたあるとも思っていなかった。

 久遠寺が「天城?」と不思議そうに首をかしげる。星生は相変わらずの表情でこちらを見ている。天城はなんとか笑い飛ばし、

「ないない。こういうのってのは、指摘出来たりするのと、書けるのはまた、別の力が必要になるからな」

「そうだろうか」

「そうさ。考えてもみろ。もし、俺が良いものをバンバン書けるんだったら、世の有能編集者は皆、作家になれるはずだし、人気作家は皆、有能編集者になるはずだろ?でも、現実はそうじゃない。良いものを作れる作家が、嘘みたいに見る目が無いなんてのは良くある話だ」

 久遠寺が疑問を挟む。

「そうかぁ?いい話作れんだから、見る目もあるんじゃないのか?」

 天城は軽く首を横に振り、

「それが、そうとも限らんのだ。おまえは経験無いか?自分の好きな作品を書いてる作家がお勧めしてるから見てみたら、全然面白くもなんともなかった、なんて経験」

 それには星生の方が強く反応し、

「良くある」

「良くあるんだ?」

 久遠寺は余りピンと来ていなかった。もしかしたら作家のお勧め作品に目を通す、みたいなことと自体、あまりしたことがないのかもしれない。

 星生は続ける。

「そう。名作を書いた作家のお勧めでも、全然ダメなことは確かに多い。だから、自分は本当に良いと思ったものだけを勧めるようにしている。そこでガッカリさせたくない、から」

 なるほど一理あると思った。

 確かに、星生のお勧めというのは確実だと評判が高い。最近ではその実績が物をいい、星生が勧めたものはきっと良いものに違いないという下駄がはかされ、お勧め集みたいなものがあちこちで纏められたりしているのを見かけたことがある。良いものを探し出して、教えてくれる存在というのは、いつだって貴重なのだろう。

 天城はそんな星生の主義に乗っかるようにして、

「だから、俺は別に良いものを書けるとは限らん、という訳だ。例え、見る目があったとしても、な」

 久遠寺は納得した。

 星生はいまいち納得していないようだったが、異論は挟まなかった。

 天城は話が終わったものとして、

「じゃあ、取り敢えずどうするか……明日だと流石に微妙か。まだ一週間あるから……来週位まででどうだ?」

 久遠寺も問題はないようで、

「ん。分かった。それまでに考えてくるわ。あ、それとさ」

「ん?なんだ?」

 久遠寺は髪を弄りながら、

「葵も、なんだけど、さ。今回の勝負はこう、真剣勝負っていうか、作品の面白さだけでぶつかりたいんだよね」

 天城は思わず、

「鷹瀬と何か賭けてたのにか?」

「まあ、それはそう、なんだけどさ。でも、何ていうか、実力?で勝負したいなって。作品の評価も、全部、素直に集めたいなって」

 なるほど。

 言わんとするところは分かった。

 要はサクラを用意したりするのはしてほしくない、という訳だろう。天城は鼻で笑い、

「大丈夫だ。むしろ俺もそういうつもりだからな」

「そ、そう?」

「そうだ。俺は作品の面白さ以上の評価がされるのは好きじゃない。だから、鷹瀬の方がいいと思ったら普通にあっちの方に高評価を付ける」

 久遠寺は眉根をひそめ、

「アンタ、ほんとどっちの味方なんだよ」

「さあな。まあ、アドバイスはしてるんだから、一応、おまえの味方なんじゃないのか?」

 久遠寺は「こんにゃろ」と言って笑い、

「見てろ。あっと言わせるもの作ってやるからな」

「うむ。楽しみにしてるぞ」

 久遠寺は取り合えず納得したのか星生の方を向き、

「葵も、お願いできるかな?」

 星生は一つ大きく頷き、

「勿論。自分も征路と同じスタンス」

「え”」

「紫乃の方が良いものを書いていると思ったら、そっちの方を高く評価する」

 久遠寺は「やってしまったかもしれない」という顔で、

「マジで?」

「マジだ。だから、頑張れ」

「うおー……」

 久遠寺は暫く項垂れていたが、やがて切り替えるように自分の両頬をパンと叩き、

「分かった。葵も納得させるようなやつ、考えればいいんだよな」

 星生は「おお」と驚き、

「その意気だ」

 久遠寺はそんな反応を見て、苦笑いはしても、嫌そうな表情は決して見せない。作品を正当に評価されることを、或いは酷評されるかもしれないという可能性を、きちんと受け止めていた。もう十分に作家として独り立ちしているのかもしれない。

 天城は話をしめるように、

「んじゃ、決定だな。細かな要項はまあ……サイトを見れば分かる、よな?」

 星生が、

「分かるようになってる。割と力を入れたコンテストだから」

 断言する。天城はそれを確認して、マーカーを置き、ホワイトボードの文字を、

「あ、待った」

 消そうとして止められた。久遠寺の声だ。天城は振り返り、

「なんだ。まだ何かあるのか?」

「や、そうじゃなくて」

 久遠寺はスマートフォンを取り出し、ホワイトボードを指さして、

「それ、一応写真撮っとこうと思って」

 肩透かしを食らう。

「撮るのか……」

 久遠寺が不満八割、照れ二割という表情で、

「な、なんだよ。だって、忘れるかもしれないだろ」

 ……やっぱり、まだまだ全然独り立ちなんてしていないのかもしれない。

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