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15.読者は時々、作家につく。

「よっ……と」

 星生がするするっと文字を書いていく。久遠寺が、

「のべる……すてーじ?」

 読み上げようとして、途中でつっかえる。書かれた文字はアルファベットで”Novel stage”。恐らくは「小説」という単語と「舞台」という単語を合わせた造語の類である。 

天城は結論を待たずして、

「なあ、星生」

「なんだろうか」

「それって、ネット小説投稿サイトだよな?」

「そうだ」

 当たり。

 話が見えてきた。

「要は、ネット小説投稿サイト上で、評価を競わせようって、そういう事か?」

 星生は一切振り向かず、

「そういう事になる」

 久遠寺が待ったをかけるように、

「え、でも私そこのアカウント持ってないよ?なんでそこなの?別に今んとこで良くない?」

 星生は相変わらず振り向かずに、

「それは駄目。公正にならない」

「それはどういう、」

 ようやく振り向いて、

「説明する」

 マーカーに蓋をすると、それを使ってホワイトボードの文字を指しながら、

「今回二人に参加してもらうのは、今年新しくできたネット上の小説投稿サイトNovelstage(ノベルステージ)。二人にはここに新しくアカウントを作ってもらって、今度このサイトで行われる"Novelstage短編小説賞"に参加してもらう。そして、そのランキングで勝敗を決める。どうだろうか」

「どうだろうか……って、」

 久遠寺は話の半分も飲み込めず、

「ええっと……まだ良く分かんないんだけど、なんでそのサイトな訳?」

 星生は坦々と、

「色々と理由がある」

 ホワイトボードに書いてあった「出版社」という文字をマーカーで指し、

「このNovelstage……略称「ノベステ」は、門山出版(かどやましゅっぱん)が関わっているサイト。門山は私もそこそこ出入りしていて、知り合いも多い。だから」

 天城は続けるように、

「結果について詳しく聞きやすい……ってことか?」

 首肯。

「そういうこと。基本この手の賞は、内部でどういう反応があったのかは、外からだと見えないことが多い。だけど、この賞ならば、確認することが出来る。例えば、この賞は読者による選考と、審査員による選考があるんだが、読者の選考を二人ともが通って、審査員による選考を二人ともが落ちた場合、どっちが優れていたのかをはっきりさせることが出来る」

 久遠寺は未だに理解が追い付かず、

「つまり、そのなんとか賞でやれば、白黒つきやすいってこと?」

「そういうことになる、と思う」

 その回答で一応納得したのか、

「ならいいんだけど」

 引き下がる。星生は続けて、ホワイトボードの「アカウント名」という文字を指し、

「アカウントの名前だが、基本的に今までどこかで使った名前は使用しないということにしたい」

 久遠寺の疑問が再燃し、

「え、なんで?」

 天城が横から、

「簡単なことだ。もしそれを許したら、おまえの負けがほぼ確定するからだ」

 久遠寺は疑問と不満を込めた視線を天城にぶつけ、

「どういうことだ」

「考えてもみろ。相手は曲がりなりにも”ネット上で”大賞を取った作家だぞ?そのファンも当然ネット上にいるんだ。サイトは違うかもしれないがな。そんなやつが、「別のサイトでも作品を書きます!見に来てね!」なんて言ってみろ。それだけでかなりの数が見に来るぞ」

 久遠寺は「ぐ」と唸りながらも、

「で、でも、それが微妙だったら意味ないんじゃないの?」

 思わず何故微妙である前提なんだと突っ込みたくなったが、それは言葉にせず、

「それがそうとも限らんぞ。勿論、トンデモ微妙なものだったら話は別かもしれない。ただ、前回よりもクオリティは落ちるが、それでもそこそこ南野円らしい作品だったらどうだ?前作を読んで、そのファンになったうちの何割かは、確実に読むし、評価もする。これが、ネット上の大賞じゃなければまた少しは違うんだろうが、南野円はネットから出てきた作家だからな。下手したらその分だけで勝負が決してしまうかもしれない」

 久遠寺は「理屈は分かるけど飲み込みたくない」という顔で、

「そ、そんなのアリ?だって、作品としては微妙になってる訳でしょ」

 だから何故微妙と決めつけるのか。嫌いなのか、南野円(鷹瀬紫乃)のこと。

「なのに、一回大賞取っただけで、評価されるって、なんでだよ」

 星生がぱちぱちと手を叩き、

「よくいった」

「へ?」

「そう。最近はそういう傾向が特に強い。小説業界に力が無くなっていこう、どうしても「既に人気のある作品を売って確実に稼いでやろう」という考えが強くなっている。だから名前だけは売れている」

 天城は手でストップをかけ、

「待った」

 星生は明らかな不満の色を見せ、

「何故止める」

 いや、止めるって。色々やばい発言しそうだったじゃないですか君。

 天城は流れを変えようと一つ咳払いをして、

「とにかくだ。そういう可能性がある以上。どちらも”無名の新作家”としてスタートする必要がある、と。そういうことだよな?」

 星生は少し遅れて頷き、

「……そういうこと」

 まだ語り足りないのだろうか。

 久遠寺は全てを理解することを諦め、

「で?そのなんとか大賞ってのはいつからなの?」

 星生がみたびホワイトボードの「11月1日」という文字を指し、

「来月の頭から」

「来月って……結構急じゃない」

 星生は「それも分かっている」という感じで、

「だから短編の方にした」

 天城が苦笑し、

「短編だからってかかる時間が短くなるってもんじゃないと思うがな」

 短編、といえば何となく簡単にも聞こえるかもしれない。

 しかし、その実考えるべきことは、長編とそこまで差がないと天城は考えている。

 勿論、話の尺は短いため、実際の執筆時間はそこまで長くないだろう。長編といえば通常短くても八万字くらいのボリュームを要求するのに対し、短編であれば一万字、長くても二万字程度でいい。書く時間という部分を考えるならば単純計算で五分の一位にはなるかもしれないが、その話は別に五分の一にはならない。

 長くても二万字というボリュームの少なさは、細かな設定を説明する時間が無いことを示しているし、恋愛を描くのであれば、二人が仲良くなっていった過程をじっくりと描く事が不可能なことをまた、示している。
 
 独自の世界観や、恋愛のあれこれ、はては個性豊かなキャラクターを出して紹介しようと思えば、彼ら彼女らは既に出会った状態からスタートして、会話の中で理解してもらうというやり口になっていき、その手法は、じっくりと作品世界や、キャラクターを紹介していく長編とは全く、別のものだ。短いから簡単だ、などということはまずないだろう。

 それでも星生は、

「まあ、取り敢えず期限に間に合わなくなるってことは無くなると思った」

「それは……まあ、そうか」

 久遠寺は不敵な笑いを作り、

「ってことは、その大賞であいつに勝てばいいわけだな」

「端的に言えばそういうことになる」

「よし。目標は決まったし、何書くか考えるか」

 久遠寺はさっそくとばかりに鞄からノートを、

「待った」

 取り出そうとして天城に止められる。

「……なんだよ」

 明らかな苛立ち。しかし天城はそれをさらりと受け流し、

「一つ確認しておくが、おまえは鷹瀬に勝つことが第一目標なんだよな?」

「……そうだよ。だからなんだ」

「そうだとすれば、方針を固める必要がある」

 久遠寺は「何言ってんだこいつ」とでも言いたげな顔で、

「方針ん?」

 しかし天城はそれもまた適当にあしらい、

「そうだ。勿論、自分の好きなものを書くのは重要だが、今回の場合、いかに多くの評価を手に入れるかという部分が大切だ」

 つかつかと星生の隣まで行き、ホワイトボードをコンコンと叩いて、

「これ、使っていいか?」

 星生は何のためらいもなく、

「大丈夫」

 とだけ言って、自分の書いていた文字列を全て消しさっていく。

「しかし……」

「?」

「何で単語だけ書いたんだ?いや、ちゃんと言いたいことは伝わったけど」

「細かいことは話せばいいから」

 なるほど。

 ある意味ではもっともだ。

 天城はしげしげと消されていく文字列を眺める。そこにかかれているのは文章ではなく「Novelstage」とか「出版社」といった単語が殆どで、それを説明する語句はほぼない。
 
 星生からすればそれは書く必要がないし、本人の言う通り、言葉で説明していけばいいと思ったのだろうし、事実天城にはそれでもきちんと伝わったのだが、向かい側で聞いていた久遠寺は恐らくまだ完璧には理解しておらず、せいぜい分かっているのは「ネット上で鷹瀬と短編小説の出来で競う」くらいのものだろう。
 
 それ以外に理解しているものといえば、後は11月1日という日付くらいのものだろうし、そういう意味では不備がありまくりだった。星生葵は、教師に向かないのかもしれない。

 そんな星生はホワイトボードの文字を消し終わると、

「はい」

 マーカーを天城に差し出す。天城はそれを受け取って、

「ん。ありがとな」

 蓋を取り、

「さて、」

 久遠寺の方へと向き直り、

「作戦会議を始めるとしようじゃないか」

 そう告げる。

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