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第二十一話 ハットリさん、連携で勝利する

「つまり、あの砂の鎧を剥がせばいいのか」

 デスワームの衣装、普段はツルリヌメヌメした体表を覆っている鱗のような砂の鎧。それが火魔法を阻んでいる。それさえ除外すれば倒す自信はあると、勇者候補のパーティは頷く。
 しかし、そうは言われても……

「ひと騒動あって、魔力がもう空っぽだ。爆弾もさっきので品切れ。どうしたものか」

 しかも私、食堂を手伝っていた恰好のまま飛び出しました。
 装備
 [>ぬののふく

 です。唯一紋章剣だけは持っているが、これは武器じゃない。
 どうしたものかと悩めば、お嬢様にずいっと差し出されたのは一本の瓶。中身は青い光を放つ、かなりアブナいチェレンコフな液体。
 まさか飲めと?

「飲みなさい、マナポーションよ」

 マナポーション。
 忍者ライブラリーにない名前だ。ポーションとつく通り、何かしらの効果がある魔法の飲み薬だと思われるが、さて。
 すると、片腕の男が声を荒げた。

「マナポーションって本気ですか!? こいつが強いのは今の動きで知りましたが、でもそれは……」
「ええ、純魔法使いたる私のとっておき。魔力を回復させる薬よ」

 平然と答えるお嬢様。
 リーダーの聖剣使いの少年も驚いている。

「ツヴァイアの秘蔵じゃないか!」

 そして私はと言えば、魔力回復薬の通称がマナポーションだと知ったのだった。

 お嬢様は言う。

「私も皆ももう魔力がないわ。三人で力を合わせてあと一回、大きなのを打ち込むくらいしか余裕がないのよ」
「だからこそ君が飲むべきじゃないのか!? 彼は有能だけど、その判断はリーダーとして認められない!」
「私も、どうしてこの男に貴重なマナポーションを飲ませるのか、説明が欲しいわ」
「……同じく」

 私もそう思う。魔法使いではない忍者の魔力を回復させて何をしたいのか。火力担当の魔力を回復させるべきだろう。彼ら彼女らと意見は一緒の忍者だ。
 満場一致でおかしいと、お嬢様以外の皆がそう思った。
 はずだった。

 片腕の男が、デスワームを睨みながら静かに問う。

「彼なら、出来るって言うんですか?」

 その男、まるでお嬢様の意図を把握しての発言をする。それに私たちは驚いた。関係者や身内の間柄ではないらしいその男。リーダーの少年からそう聞いている。しかしだが、どうして? 歴戦の騎士の勘がそう告げていると言うのだろうか。

 こちらの疑問に、しかしお嬢様は答えずに、片腕の男に頷き返す。

「ええ、ハットリならきっと」

 要領を得ない会話が続く。時間もない。そろそろ口内の火傷に耐えたデスワームの怒りがこちらに向くだろう。お嬢様はその危機的状況でデスワームから視線を外し、こちらを見据えた。

「私たち三人の誰がそのマナポーションを飲んでも魔力はきっと足りないわ。だって、最初の全力であの防御を突破できなかったんだもの」

 その言葉に苦渋を味わったことを思い出した清楚と妖艶の女性二人の顔が歪む。

「……そうね、確かにたった一人分の魔力を回復させてもあの砂の鎧は突破出来ないわね」
「三人同時でダメだったんだから、それは確かに正論です。でも!」

 清楚は、だからってこの人に飲ませても、と言う。
 分かる。
 何せポーションを渡された本人、他ならぬ私が一番困惑していた。


 だが

 お嬢様の視線が、私に事を成せと訴えかけてくる。私への絶対の信頼、それを感じる。
 彼女はこの期に及んで、私に何をさせたいのか。
 忍者は、今になってそれを察した。


「出来るわね?」

 その静かな問い、いや、問いですらないただの確認に

「無論」

 と忍者は答えた。

 彼女の求めたものは分かった。迷う事はない。ポーションの瓶のふたを開け、中身をグイッとあおる。その様を見て、リーダーの少年、清楚妖艶の女性二人が目を見開く。
 一方的に説明なく行動し始めたお嬢様と私に対して、しかし責める様子がないのは彼ら彼女らの人の好さゆえなのだろう。勇者候補のパーティというだけの事はある。

 気持ちを切り替えた三人が、デスワームを睨む。

「なにをするか分からないけど、任せて、いいのか?」

 リーダーの少年に頷く。

「分かった、なら信じよう!」

 まるで勇者のように――実際に勇者候補だが――彼は聖剣を自らの眼前に構える。いつでもデスワームを切り伏せる、そんな裂帛の気合いを吹き出している。
 女性二人もそれにならうように杖を構え、魔力を高めている。
 片腕の男は最初からこうなると分かっていたかのように、四人を守る位置にいる。

 そして、お嬢様は告げた。

「ハットリ! あのデカブツの鎧を剥いで来なさい!! 剥いだら、私たちが仕留めるわ!!」

「承知しました、お嬢様」

 痛みに耐えきったデスワームと、準備を終えた私たち。両者にとってそれが合図となった。

 デスワームが咆哮する。空洞の胴体の内部から繰り出される空気の渦はさながらトンネル内に吹きすさぶ暴風のようで、それが音となって暴力的に発射されるのだから相対する側はたまったものではない。
 多大なる音量は鼓膜を震わせるどころか、頭蓋、その中の脳にまで振動を伝えてくる。一時行動不能になるその咆哮は、地上でもなおデスワームが強力な魔物であると示すものだ。

 地を這うものの異名は伊達ではなく、止まった私たちへとほとんど音を発せず進み寄ってくる。それにインターセプトをかけたのは、戦闘経験豊富な片腕の男だった。

「お前の相手は俺だ!!」

 左手一本にシールドとバスターソードを同時に装着する摩訶不思議なその闘法が、デスワームの進行を阻む。攻防一体と言わんばかりの剣盾による斬撃殴打は、デスワームを立ち止まらせるに十分な暴威だった。
 デスワームには顔付近に鎧がない。口を閉じれば覆われるそこは、しかし私たちを丸呑みにすべく開いている。弱点丸出しである。

 今がチャンスでは? 忍者がそう思った。しかしお嬢様は言う。

「あいつは目が見えない分、魔法を感知するのが得意なのよ!」

 つまりこの状況で魔法をぶちかましても、口を閉じられるだけ。すでに何度か試したのだろう。誰もがこの隙に釣られて魔法を使うそぶりすら見せない。

 やはり最初の予定通り鎧を引き剥がさなければならないようだ。

 突進が有効ではなかった。そう判断したデスワームは若干距離を取る。そこに聖剣の一撃が見舞われ、回避される。デスワームにとってあの炎の聖剣は後退するに値するほどの脅威のようだ。

「つまり、聖剣の一撃を入れたらこちらの勝ちか」
「その通りよ!」

 ならば、可能な限り近場であの鎧を剥ぐ必要がある。
 焦る気持ちを抑え、仲間を信じそのタイミングを待つ。

 今……は違う。
 これも……、違う。時世を読むのは得意な忍者です。デスワームごときと呼吸を合わせるなど……容易だ。

 観察し、観察し、観察する。
 デスワームの怒り、焦りを観察し

 その隙にねじ込む!!

「貰ったぁぁぁ!!」

 シュシュっとニニンで忍者がヤツの首部分の、向かって左側、ヤツにとっての右側に現れる。寸胴なミミズなので頭に近い部分なだけで胴体かもしれないが。ともかくそこへ現れる忍者。
 砂の鎧は流動していて触れたものではない。だが全てが流動している訳ではない。うろこ状であり、隙間がある。忍者はそこに着目した。

「こ、こ、だぁぁぁぁ!!」

 鱗の隙間に左手を突っ込み、引きちぎられそうなほどに勢いのある流砂に耐えて忍法を使う。

「全力全開の、忍法!! 土遁のジュツ!!」

 突っ込んだ手から、落とし穴を作る要領で内側へ砂を絞るように操作する。ヤツの鎧でヤツ自身を締め付けるのだ。
 先ほどまで自分を守っていた鎧に痛めつけられたヤツは、私を振りほどく事も考えずに必死の抵抗をする。私が押し込んでいる部分を魔力で押し返そうとしたのだ。しかしこちらは全力全開、しかもこの一部だけだ。体全体に砂の鎧をまとわせているヤツとは加えられる力に差がある。

 私の腕がヤツの鎧に食い込んでいるのに気づき、お嬢様が悲鳴を上げる。

「ハットリ!!」
「大丈夫でござる!!」

 作戦通りで頼むと目で伝えれば、泣きそうなお嬢様はきちんと己の役目をこなした。十歳と幼いながら、お見事と言わざるを得ない。


 ヤツが他の場所の砂を緩め、私への抵抗を全力にした。

 拮抗。

 いや、さすがは巨大な魔物。私の力など簡単に跳ねのけられる。それだけの力が加わった。

 だが、相手は忍者なのだ。
 相手を観察し、呼吸を合わせることなど造作もなく

 デスワームが外へ向けて砂を全力で押し出した所で、私もそれに合わせて力を引いた。

 私の力+デスワームの力、その両方が外側へと向き、結果、ヤツの砂の鎧は外へとはじけ飛んだ。

「秘儀、鎧剥がし!!」

 相手の力を利用しての忍者です。しかも離脱は完璧。
 そして呼吸を合わせるのは、何も敵に対してだけではない。

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 飛び上がったリーダーの少年、その手の聖剣の輝きを忍者アイは捉える。
 その輝きは、魔法使い三人の残った全力の炎、それを聖剣にまとわせて大上段からの一撃がデスワームに浴びせられる。

 それはまるで溶けた鉄が頭の上から流し込まれるかのようで

「ボフォオオオオオオ……」

 とデスワームの悲鳴めいた声は、あっという間にその頭ごと消え失せた。余波で地面が煮え、熔けている。
 生命力の強いミミズ系であってもそのとんでもない火力で頭を焼き殺されてはその生命を維持できなかった。ビクビクンと身を震わせ、その動きで体表の砂の鎧が剥げていく。そして残心していたリーダーの少年は、アツアツのその聖剣を鞘に仕舞った。

 忍者、颯爽と戻ってきて一言。

「それ、鞘が焼けないの?」
「はい? あ、ええ……特別性なので……」

 今、それ聞く事ですか? みたいな視線を浴びるが、いいじゃないか。

 真っ赤に熱せられた剣を仕舞っても何ともなっていない、物理法則の何もかもを無視した、その鞘。

 忍者にとってそれはとても気になる事だったのだ。

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