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第十六話 ハットリさん、手を貸す

「……そうか、事情はだいたいわかった」
「本当に!? なら早速――」
「しかしパーティには入らない」

 若い男女のパーティに私のようなオッサンが入っては目立ちすぎる。それは忍者ではない。
 私は私の都合で、彼らの誘いを断るのだ。

 だが、このまま放っておくのも忍びない。忍びだけに。
 陰ながら、ほんの少しだけ力を貸すくらいはいいだろう。
 泣きそうな彼女に笑みを返す。笑われて、キョトンとしている様子は純粋で庇護欲をくすぐられる。

「そんな顔をしないでくれ。私が毎晩森に入っているのは知っているだろう?」
「え、ええ……」
「採取中にその魔物を見かけたら居場所を伝えよう。ついでになるが、それでどうだ?」

 その提案にお嬢様は顎に手を当てて考えている。
 聡い彼女であれば気付くだろう。これ以上交渉の余地はない、と。
 ややあって、彼女は頷いた。

「分かった。それでお願いするわ」
「ついでだからな。見つからなくても文句はなしだ」
「それはないでしょ。それで――」

 よほどこちらを信用しているのか、目的の魔物を見つけられないとはみじんも思っていないらしい。断言し、既に次の話に移ろうとしている。
 しかしさせない。その次の話は忍者インターセプトだ。
 彼女の言葉に被せるように

「契約もしないし、報酬もいらない。その条件以外では何も受け付けない」
「ほうしゅ……え?」
「よし、決定。さぁお嬢様、お帰りはあちらです」
「ちょ、ちょっと!?」
「連絡はお嬢様に直接か、宿の方に入れておく。この印が入った手紙は私からだ」
「あ、はい。って、いや、そうではなくて!?」
「はい、毎度ありがとうございましたー」

 ペイッとその小柄な体を店先へと放り出す。一端の冒険者だからきちんと着地していたが、何が起こっているのか分からない様子。渡した紙を握りしめて呆然としている。
 そのまま私は店の扉を閉めてシャットダウン。

 厨房へと戻り、呆然と「そんなのあり?」みたいな顔をしてこちらを見ている料理人たちに告げる。

「もうあんまり時間ないですよ。仕込み、終わってます? 終わってないと……女将さんが怖いですよ?」

 女将さん、この食堂のオーナーの迫力を思い出したのか料理人たちは止めていた手を動かし始めた。
 やれやれ、この調子では開店には間に合わないか。

「軽くですが、私も手伝います。なんとか間に合わせましょう」
「お、おう。助かる……」
「いえいえ。その代わり、今見て聞いたことは内密にお願いしますよ。彼女の為に」
「あ、ああ……。そ、そうだな……。よし、忘れよう。お前ら、急ぐぞ!!」
「へい!!」




 慌ただしい朝の準備を終えて、食堂が始まる。
 私は基本厨房に立たないのでそのまま昼の仕込みを終えて、仮眠を取り、三時ごろから夜の仕込みに入る。朝が慌ただしかったが、それ以外はいつも通りだ。

 しかし、その日の夜は違っていた。
 食堂での仕事を終えた後、深夜遅くまでやっている酒場で聞き込み調査を行った。

「魔物? ああ、あいつか」

 語って聞かせてくれたのは元騎士という男。片腕がなく、今は荷運びで日々を食いつないでいるという冒険者。

「見た目は巨大なミミズだ。地を這うデスワームって異名がある魔物だが、バカを言っちゃいけねぇ」
「ほうほう」
「ヤツは地を這うんじゃねぇ。地中を進むんだよ。表に出て来る時は、必殺の時。一気に浮上して、地上の獲物を丸飲みするんだ」

 俺は直接戦った事ないけどよ、と男は言う。しかし語るその目は苦し気で、その言葉をそのまま信じてはいけないと忍者の勘が告げている。
 それにこの男、武器を携行している。日中、荷運び人をしている姿を何度か見かけたので間違いはないだろう。しかしただ、それだけの為にこの街にいるわけではないように思う。
 例えばそう、仲間の敵討ちの為にこの街で獲物がかかるのを待っている、とかな。

 そんな事は語らずに、しかし真実の一端は聞かせる。ウソの中に本当を混ぜるのが見抜かれない忍者のコツだ。
 どうしてそんな事を聞くのかと問われ、私は素直に「勇者候補とかいう連中に、そいつを倒すために仲間になれと言われたんだ」と言えば、「ああ、そういう事か」と男も納得だった。断ったと言えば、賢明だと返される。

「ヤツは狡猾だ。土の中から岩のトゲを魔法で作ってよ。獲物をそれで貼りつけにしてから一飲みだ。あんなの、人間の敵う相手じゃねえし、誰かを囮にでもしなきゃ倒せねぇんだ」
「そうか。……もう一杯どうだ?」
「あ、ああ……。こんな話、飲まずにはやってられねぇよ」

 上等なワインが男の喉に消えていく。味わうでもなく、ただ酔いたいがだけの行為だが……

 残念、それはブドウジュースで薄めたものだ!
 酔いつぶれては困るのでな。

 もちろん、最上級の良いワインを使い、最上級の良いブドウジュースで割ってある。風味自体は本物で、口当たりがまろやかになるが渋みの強いジュースを使ったから飲みごたえも十分だ。男が違和感を覚えないのはこういった忍者的手回しの結果なので致し方がなかろう。

「っぷっはぁ。しかしうめぇな、これ」
「そぅだろう? 上質のワインだ。悪酔いなんてしないし、今も気分がいいだろう?」
「ああ、そうだな。これだけ飲んでもほろ酔いって感じだ」
「とは言え、それなりに量は飲んでいるからな。すこしペースを落とそうか」

 ジュースなので腹の溜まり具合は酒よりも強い。がぶ飲みし続けると腹がタプタプになってしまうのだ。
 さり気なく控えるように誘導すれば、確かに味わわなければ勿体ない、と男も同調する。これも忍者的配慮。忍者とはいついかなる状況でも役に立つのだ。

「いいワインだから一人で飲むのは味気なかったんだ。ここまで気持ちよく飲んでもらえて嬉しいよ」
「そ、そうか?」
「ああ。しかも酒の肴の話も緊張感があっていい。ワインの渋みと、よく合う。お前さんのように、な?」
「あ、ああ! そうだろう? 俺だっていいワインの似合う渋いいい男なんだぜ!」
「そんな渋くていい男の話、もっと聞きたいな」

 と、まぁこんな調子で色々と話を聞いた。

 深夜、店じまいと同時に気分よく別れた。

 単純な聞き込み調査のはずだったが余計なものを背負ってしまった気がする忍者です。

「あの男の為にも、これは気合いを入れなければならないな」

 酒場で出会ったあの男も勇者候補の例の連中に誘われたらしいが、断ったと言っていた。しかし忍者は知っている。その男が、勇者候補のパーティの動向に気を配っていることを。

「誰かが囮にならなきゃいけない、ね」

 きっとそれは、男の決意なのだろう。
 火力十分な勇者候補のパーティがいる。仇がいる。そして自分には片腕がなく、そんな自分が出来る事は……囮になるだけ。

「全く、バカな話だ」

 森の中をひた走る。常人であれば二日かかるほどの行程も、忍者にかかれば一時間。山育ちの忍者を舐めてはいけない。
 浅く呼吸しながら進む。進みながら、考える。

 もし仮にあの男がデスワームとやらの囮になったとして、果たして勇者候補のパーティがその大火力でその男ごとデスワームを焼き殺せるか。

「出来る訳、ないだろ」

 考えなければいけない。
 忍者として。

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