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第十話 ハットリさん、動く

 愛する領主一族を守る為、三人の影が集まった。
 私、メイド長、そして裏ボスである。

 裏ボスが早速とばかりに話を持ち掛けてくる。

「話はこちらの耳にも届いている。準備は万端だ。いつでも仕留められる」
「いえ、仕留めてはいけないでしょう」
「何故だ?」

 静かな、しかし迫力のある一言に、メイド長は肩を竦める。

「そのやり方では今度は王国を敵に回します。今回の件は王命、つまり国王陛下からの命令ですのでそれに逆らう事となります」

「腑抜けが。王国ごときが何するものぞ」

 冷静な様子から大丈夫だと思っていた裏ボス、しかし内心では怒りが大爆発中だった模様。
 これはいけない。
 こう見えて裏ボスは武闘派だ。同じ武闘派のメイド長と拳を交えたら世界が滅ぶ。主に私の目の前に広がる世界が。折角私が用意した茶菓子が吹き飛ぶ。それは悲しい。

 だがメイド長も慣れたもので、付き合いの長さゆえか対応が適切だった。

「ではその気概で、別の案を遂行しましょう」
「代案があるのか」
「ええ、もちろん。その為のメイドですから」
「メイドってなんだったけ」

 辛うじて最後に一言発したが、忍者、割と空気です。

 私の存在感はさておき、忍者なので気配がないのはいい事だけど、メイド長の作戦とやらを聞く。

「今回の原因は、前回の調査で空振りだったのが原因です」
「なるほど、つまりその調査で出てこなかった証拠を手にすれば……」
「ええ、今度は一転して王命により隣領の害虫を追いつめられます」

 そして、とメイド長の話は続く。こちらを見ながら。
 言いたいことは、理解した。

「その証拠を私が見つけ出して、国王へ提出すればいいのだな?」
「その通りです。ですが、失敗は許されません」
「手立てはこれから考えるが、大丈夫だ、問題はない。必ずや平穏を取り戻して見せよう」

 そう断言すれば、メイド長と裏ボスはニヤリと笑った。こちらも笑い返せば、三人同時に右こぶしを突き出していた。事前に打ち合わせた訳でもなく、三人が自然とそう動いた。
 こぶしをカツンとカチ合わせ、我らは宣言する。

「愛する者たちに平穏を!!」


 忍者は馬の背に乗って野を駆ける。
 隣の領地の目的地、領主の住まう館に向かう為。
 道中、裏ボスが手配してくれた馬に乗り継ぎ乗り継ぎ、一週間の道程をわずか二日で走破した。修行をした忍者にとって、馬の背で仮眠を取るなど朝飯前であった。

 たどり着いた先、隣の領地の領都は荒れていた。
 街には活気がなく、道行く人々は死んだような目をしている。

「酷い所だ」

 ゴミが散乱し、悪臭もきつい。
 店先に並ぶ食料品はそのどれもがしなびており、中には腐敗しハエがたかっているのもある。
 立派な壁の向こう側にこんなスラムがあるとは。

 私は領都の一角、庶民街と呼ばれている場所の凄惨さに顔を引きつらせながら、裏ボスが用意してくれた案内人と共に進む。
 たどり着いた先は小さなカフェだった。
 閑散とした店内へと入り、そのまま奥のスタッフオンリーの札がかけられた扉をくぐる。そこが内緒話をするには打ってつけの場所のようだ。

「こちらが館の見取り図になります」
「これは……助かる。かたじけない」

 かなり精度の高い見取り図に感心する。もし仮に一人で館を調べるとなったら、安全を期すなら一か月以上かかっただろう。その時間が丸っと短縮された形だ。
 影の支援者、裏ボスに感謝をしつつ、見取り図を読む。

 館の構造は少し変わっていて、中央に領主のいる本館、それを囲うように従者たちの宿舎、兵の詰め所、倉庫、厩舎と四つの建物が建っている。死角が多く、移動が大変だ。守るに適さず、入り組んでいて生活にも苦労しそうだ。

 センスのないその建ち方に顔をしかめれば

「増改築を繰り返したんですよ、我々からむしり取った税で」

 と案内人は吐き捨てるように言った。
 そうか、と軽く答えた後で見取り図へと顔を向ける。

 怪しげな場所を数か所見繕い、案内人に尋ねてみる。
 案内人の彼は、以前に国の調査団に協力したが故に解雇された人物だ。裏ボスの保証付きで、信用できる。
 この領地出身で、この有様を見てどうにかしなければならないと考えた人だ。先ほどの態度はそこから来ている。
 その彼が、私が指し示した場所について考えを巡らせ、答えてくれる。

「そこと、ここと、こちらは以前の調査で調査済みです。何も出てきませんでした」

 地下室、本棚の隠し、キッチンと、悪党がよく重要物を隠しているような所は国もくまなく調べたそうだ。さすがに国の調査団も無能ではない。
 しかし、ではここは、と指し示せば

「え? そこですか? いや、まさか……。そこは最初に調査団を受け入れた場所ですよ?」
「そう思うだろう。しかし私はここが怪しいと踏んでいる」

 私の国にはこんな言葉があるのだよ。

「灯台下暗し」




 夜のとばりが下りた。
 陽が沈めば明かりは松明、あるいは魔法の道具/魔道具か、もしくは魔法頼りである。そのどれもが高価で普段づかいはされていない。
 現代日本と違い、闇は闇のまま残されている。
 その事に少し心躍らせながら、闇を駆ける。

 領主の館への侵入は、闇に乗じて壁を登り、死角から建物へと向かうルートを取った。
 領地がこの有様なのでもしかして、と思ったが、考えた通りに警備がザルで兵たちに全くやる気がない。死角の多さに拍子抜けさえする。
 だが、見つかれば命はない。そう思わせるほどには練度の高い兵が多かった。
 トラップの殺意だけが高い、雑な警備だ。まるで出来の悪いゲームのダンジョンのようだな。

「イヤな所だ」

 私の感想は風と共に去る。
 忍者とは、完全に気配を消すものではない。自然と調和し、融合し、不自然をなくすもの。
 私の足音は木々のさざめきに溶け、私の呼吸音は空に消える。
 館の別館、従者たちの宿舎への扉を開く音は風音に紛れ、閉じた扉の音は草葉が隠す。

 そうやってごく自然に、見張りに何の違和感も抱かせずに、私は侵入に成功した。

「ふう、これで人心地だ」

 別館の空き部屋に入り、腰を落ち着ける。
 この館の警備は、外からの脅威に備えている。しかし中へ侵入された際を考えていない。
 巡回の者はいるが、それは非戦闘員だ。巡回経路も時間も把握しているので、何も問題にはならない。ここまで来るとわざとじゃないかと思うが、しかし協力者たる案内人の調査では

「普段と変わりありません」

 との事。方々で恨みを買っている割には雑すぎるのでは。忍者は訝しんだ。

 空き部屋の木窓をすこし開け、外を確認する。巡回の姿は見えない。
 確認を終えた私はヌルリと部屋から這い出て、地を這うようにそのまま本館へと走る。
 私の自然さに本館を守護するはずの兵は気付かずにあくびをしている。彼らから死角になる位置に生えている木の根元へ辿り着き、周囲の安全確認。

「ここまでは、順調だな」

 問題はここからだ。
 捜索すべきは二か所。
 その内の一か所へと、建物沿いに向かう。

「私が領主ならその近辺にも見張りを置くが……」

 少し前に国の調査団が来た後だから警備が厳重になっているのかもしれない。

 この角を曲がれば、その部屋の前に着く。
 角の先から明かりはもれていない。もしかすると夜目の利く凄腕を配置しているのかもしれない。私はひとまず見つかりにくいようにしゃがみ込む。

 緊張しながら角からソッと手鏡を出して、その先を確認する。

「……誰もいない?」

 真っ暗闇。
 いや、まさかね……。そう思いながら上下左右を確認するが、いない。
 角から身を乗り出して目視で確認。やはりいない。
 立ち上がり、歩く。

 いない。
 気配もない。

「まさか、あの領主。国の調査団を追い払ったからもう全部終わっただなんて思っているのか?」

 油断大敵にも、程があった。

 肩透かしを食らいつつも

「まぁ、仕事が楽になるからいいか」

 と気持ちを切り替えて、私は目の前の窓から館の内部へと侵入した。

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