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第九話 ハットリさん、悪行を知る

 様々なことがあったある日、私の耳に急報が入った。
 それは寝耳に水であり、同時にトラの尾を踏む、そんな感覚を味わった。

「姫君が、輿入れですか?」

 それもあのいけ好かない隣の領主の元に、である。
 姫君は現在八歳。
 いくら貴族とは言えあり得ない早さだし、相手が隣の領主と言うだけで怒りで頭がフットーしそうだった。

 思わず領主様のお部屋へと駆け込んだのは致し方のない事。忍者的に、仕方がない。
 扉が開かれず、突如隣に現れた私に驚き腰を抜かす領主様に片膝をつきご挨拶。

「我が主よ、妙な話を聞きつけましたのでご報告に上がりました」
「あ、ああ、ハットリか。いきなりでびっくりしたぞ」
「びっくりしたのはこちらです。何やら、我が麗しの姫君と隣の領地のゴミクズが結婚するなどと言う悪しき噂が――」
「噂ではない、真だ」

 立ち上がり、服のホコリを叩きながら凛と告げる領主様。その立ち振る舞いはいち領主としても堂々としており、美形なのも相まって神々しささえ感じる。
 そのような方が、そのような妄言を吐かれた。

「何故です!? 色々と納得がいかないのですが!!」
「……、そうさな。ハットリには語っておくか。万が一、我が娘をさらって逃げぬとも限らぬからな」
「そんな……。あ、そんな手段がありましたね」
「ありゃぁ、藪蛇だったぁ……」

 これは領主様に、ほとぼりが冷めるまで姫君をさらってくれと頼まれたようなものだろうか。ついでにローウィン君もさらって、三人でどこかで暮らすのもいいかもしれない。

「やめやめ! それはダメだ! フリじゃないからな!! ほんと、頼むよ!?」
「ええ、分かっておりますとも」

 最後の手段として、それはあるだろう。
 しかしその手を打つ前に、もっとやれることはある。そう、忍者的に。

「短慮は起こしません。私は平穏を司る者、民の安寧を願う者、忍者でございますれば」
「忍者とはすごいものなのだな。ではその忍者に語って聞かせよう」


 簡単に言えば、報復だった。
 以前、メイド長が言っていた「国の調査団」を差し向けるよう依頼したのが、ほかならぬこの領主様だったのだ。
 隣の領地に交通路を押さえつけられていたこの領地の為を思い、証拠をかぎつけ、どうにか国に動いてもらった。

「あと一歩だったのだ」

 あと一歩、物的な証拠一つを差し押さえるだけで世の中が少しだけマシになる。そんな状況だった。

「しかし、裏切りが出た」

 裏切ったのはこの国の重鎮の一人。今はもう、処刑されていない。
 家族を愛し、この領地を愛し……

 そして何より、病気だった娘を愛しすぎた男。

「そやつの苦労を分かってやれなかった私の不甲斐なさよ」

 病に効く薬をやろう。
 隣の領主にそうそそのかされて、彼はこの領地を、領民を、仕えるべき主を裏切った。
 事前に調査団が来る日を知らせてしまったのだ。

「私が裏で調査団を手引きした事も暴露されてな」

 隣の領主は国王に訴えた。
 このような横暴があってよいのか。あの領主には謝罪と賠償を要求する、と。
 その結果が、つい先ほど出たのだと言う。

 王命だ。

 王命により、姫君の輿入れが決まった。

「これは私の失態だ。だからまだ我慢できる。娘も、貴族に名を連ねるもの。民の税によって日々生きているのだ。覚悟は出来ている」

 八歳の娘を無理やり嫁に出すのに、覚悟も納得もないだろう。
 だが、口を出すには足りない。
 悪徳が、足りない。

 忍者が動くには

 隣の領主の悪行が、足りないッ。

 ここまではただの政治的駆け引きにすぎないのだから。

 ギリリと歯を食いしばり、血がにじむほどに拳を握りしめるが、私は動けない。これでは動けない。忍者とは正義を成す者の手足だ。
 正義とは、正しい道理に基づき悪を成敗する者。道理は、遺憾ながらあちらにある。

 悔し気な私だが、それ以上に悔し気な領主様のお顔を見て、何も申し上げられない。
 しばしの沈黙。
 きっと、娘の不遇さ、そして己の力のなさを呪っているのであろう。普段温和な領主様からは怒気さえ感じられる。

 そう思っていた。

 しかし、そう、しかしである。

 忍者が選んだ主なのだ。そんな訳はなかった。
 個人の感情ではなく、そう、上に立つ者が、下々を思ってのソレだった。
 主の口から、彼の者の悪行が語られる。
 忍者が動くべき動機、理由、その着火剤がふりまかれる。

「あろうことか、あの男の渡した薬が偽物だったのだ!!」

 ズガン、と拳を机に叩き込む。魔法が得意と聞く領主様の本気の一撃だった。木製の机は砕け、破片が辺りへと飛び散る。
 忍者ガードで無傷だが、心の方はそうではない。

 痛痒。
 感じる。

 平和をなぶる、悪意の鼓動。
 命を懸けて娘を愛した父の思いを足蹴にした、愚かな男への怒り。
 同じく娘を持つ父だからこそ、領主様の怒りは半端なかった。

「託された友の娘は、先日亡くなった……」

 裏切られ、それでも友と呼んだ男の娘。それすらも守れなかった。そんな不甲斐なさに悲しむ。
 ああ、これこそが道理。真の真理。人道、正しき道。

 正義の人だ。

 忍者は決意する。

「……この件、私めにただ一言命令して下されば解決してご覧に入れましょう」
「なんだと?」

 これこそが忍者の本懐。
 悪を持って、悪を斬る。毒を用いて毒を制す。
 世界が変わっても、これは変わらない。

 さぁ、我が主よ。命令して下さい。
 あなたのシノビはただそれだけで、悪を誅します。

 顔を上げ、我が主に負けじと凛とした表情で返す。
 しかしそれに返ってきたのは、無情だった。

「命令など、ない。お前はいつも通りの仕事に、戻りなさい……」



 予想外の主の返答に、困惑した。
 困惑した結果、身近な相談相手に話をする。

「という訳でござるが、どうしたらよいのでござるか?」
「ござるって、あなたどうしたのよ。頭でも打ったの?」
「打ってないが、解せないでござるよ、ニンニン」
「本当にどうしたのよ!?」

 相談相手ことメイド長は根気よく話を聞いてくれた。
 我が主が命令してくれなかった事。

「解せぬ」
「いや、だから理解しなさいよ。そんな事、命令できるわけないでしょう?」
「どうしてなのか。私の実力は十分に伝わっていたと思ったのだが」
「あの方は人を見る目があります。あなたの事は、たぶん、あなた以上に分かっているでしょう。一言命令すれば、あなたは命令を遂行するのだと」
「だろう!?」

 食い気味に答えれば、待ちなさいと顔面を鷲掴みにされる。解せぬ。

「それでも、正式な調査団でもなければ、正規の諜報員でもないあなたにそんな命令を下せる訳がないでしょう。あの方は、あなたの言う通りまさに正義の人なのです。ルールを犯してまで、自分の失敗を取り戻そうとはしないわ」

 ハッとした。
 その通りだった。そして、そんなお方だからこそ忍者的に認めたのだった。

 これは、ジレンマである。
 悪をもって悪を誅するその性質上、自分に命令を下すのはいつだって悪だ。それを正義の人に求めても、滑稽なだけだった。

 どうすればいいのか。

「簡単でしょう? ここに、見本がいるのだから」
「なぬ?」
「悪をもって悪を誅する。そこまで大層ではないわ。でも、私は、自分の意思でこの手を汚し、あの方々をお守りしてきた」

 自分の意思で。
 その考えを聞いた時、忍者的ピースがカチリとハマった。

「ああ、分かった。そうだな、そうだよな。そうでござるな! ニン!」
「やる気が出てきたのはいいけど、その語尾はやめるべきね」
「ニンニン……」

 そうだ。何も命令を待つ必要はない。
 自分が培ってきた価値観と、皆の協力。それにより悪を誅すればいいのだから。

「これから忙しくなるわね。裏ボスにも話を通しましょう」
「ああ、分かった! これから、より一層頼む!」
「ええ、こちらこそ」

 すべては愛する主君の為に。

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