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第33話

 土曜日の朝。

「……す、澄人。準備ができました」

 ナオは澄人から貰った服を着て、部屋から出てきた。

 施術前であれば、例えこのようなことがあったとしても、淡々とした態度だっただろうが、今の彼女は初めて着た一般的な外出着に緊張している気持ちが、肩に力が入っているという形で表れている。

「ど……どうでしょうか?」

 ナオが少々上目づかい気味に聞くと、澄人は「うん。とっても似合っているよ」と、嘘偽りの感じられない笑顔を彼女に見せた。

「あ、ありがとうございます……」
「あれ? 脳内音声が聞こえないけど……もしかして使っていないの?」
「澄人の施術のおかげで、感情を表に出せるようになりましたから……できるだけ今日一日は、使わないようにしてみようかと……」
「なるほど。感情を表に出せるようになったのなら、そういうリハビリも確かに必要だよね」
「は、はい」

 澄人の言う通り、ナオが脳内音を使わないのはリハビリだ。ただ、ナオの本来の性格は比較的明るい。単に感情を表情や態度に出すだけならば、少しの時間で十分(じゅうぶん)だ。

『今日一日』と彼女が言ったのは、今日という日を澄人と声で話していたいから。そして……今日の最後に、自分の気持ちを言葉に含めて、伝えられるようにするためだ。

「それじゃあ、行こうか」
「はい」

 澄人とナオは第一研究所の外へ出ると、自動運転のタクシーを呼び、街へと向かった。

 二十分ほどして到着したのは、ファッションショップや複合商業施設等が集中している街。

 その街は、以前澄人が住んでいた地区から約一万キロは離れているため、ヒューマノイド暴走事件による被害はまったくと言って良いほどなく、休日ということも合って若者達で賑わっている。

 駅前でタクシーから降りると、ナオは感動の声を出した。

「わあ……すごい」
「もしかして、この街にくるのは初めて?」
「いえ。アーティナル・レイスのプロモーション活動の仕事で、きたことはあるんですけど、あの時は車での移動でしたので、このように景色を見ながら自由に歩くのは初めてです」
「そうか。仕事だと、ゆっくり見て回るってことはできないよね」
「はい。なので、とっても新鮮な気分です」

 二度と出ることができないと思っていた、第一研究所という見えない檻。そこから一時的とはいえ出ることができた彼女は、解放された鳥が羽を広げるがごとく両手を広げ、空を見上げた。

「ナオはどこか行ってみたい場所はある? 一応僕の方で予定は組んであるけど、もし行きたいところがあるのなら、遠慮なく言って」
「いえ、特に行きたいところはないというか……思いつかないというか……」

 ナオは視線をちょっと下げると、両手を前で組み、指を交差させた。

(澄人と一緒なら、私はどこでも……)

 ナオにとって、どこへ行くかは正直あまり重要ではなかった。澄人とできるだけ長く――今日という日を過ごすことができれば、それで良かった。

「それじゃあ、とりあえず大通りの方に向かおうか。歩いているうちに、ナオが行きたいと思うところがあるかもしれないし」
「はい」

 そうして歩き出そうとした時。手を繋いだ男女がナオの側を通った。

「あ……」

 それを見た彼女は、自分の右手を見た後、澄人の左手へ視線を移す。

 同時に、彼女の頭の中で手を繋いで歩く、自分と澄人の姿を想像した。

(私と澄人が手を……)

 そのうち、想像の中の澄人が、彼女に甘い言葉をかけ始める。

『ナオとこうして手を繋いで歩くことができて、僕はとても幸せだよ』

『こうしていると、ナオと僕は恋人みたいだね』

『ナオ。もしもの話なんだけど……僕と恋人になったら――』

『僕が一番好きなのは、はるだけど……その……ナオのことも――』

 想像の中の澄人の言葉に酔いしれたナオは、その場でぼ~っとする。そして、

「はい……それでもいいです。それでもいいですから……私をこいびとに……」
 
 しまいには声に出して返事をしてしまっていた。 

「恋人がどうかしたの?」

「……え?」

 現実の澄人の声に引き戻されたナオは、自分が言っていたことに赤面する。

「あ――いっ、いえ……その……こ、恋人が、多いと思いまして……」

「まあ休日だからね」

「そ、そうですよね! 休日だから恋人が多いのは、当たり前ですよね! あは、あはは……」

「……?」

 首を傾げた澄人を見たナオは、自分が何を考えていたのかを悟られまいと、「さ、さあ行きましょう!」と言い、澄人と大通りへ向けて歩き出したわけだが……その最中、彼女は澄人の左手をチラチラと見ていた。

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