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第四話 ハットリさん、愛の深さを知る

 念のためにとメイド長には伝えておいた。
 答えは

「命に代えてもお守りなさい」

 とても信頼厚いものだった。

 彼女と裏ボスと、そして私の三人による会談はもはや半年以上にも及ぶ。
 その間、ただお話をしていただけではない。私の忍者としての実力を披露している。それは、その際の成果が出た形だろう。
 己の手の内を曝け出すのは忍者にとってはマイナスだが、それ以上のプラスを得られるのであれば惜しくない。全ては主君の為に。忍者とはそういう生き物なのだ。


 姫君を馬に乗せ、自分はその後ろへと着席する。
 森へは馬を走らせて二時間ほどだ。直前に村があるのでそこに馬を預け、徒歩で森に入る。
 騎士団のキャンプ予定地はそこから一時間入った所で、様子を見に行くだけであれば日帰りが可能。最悪でも村で一泊してから帰ればいい。
 予定をそう立てて馬を走らせる。

「わぁぁぁ!! 見て、見てハットリ! 外がこんなにも早く流れているわ!」

 楽し気な姫君の声に、私も思わず満面の笑みを浮かべているだろう。
 普段は馬車での旅程を二人乗りの馬だ。むき出しの体に浴びる風と景色の新鮮味は彼女の心を躍らせている。身を乗り出して危ない所はこちらが後ろから腰を支える事でカバーしつつ、旅路を急ぐ。

 なお、乗馬についてはメイド長に教えてもらった。これも手の内を曝け出した際に得たものの一つだ。日本で乗っていたバイクよりも気に入っている。

 軽快に馬を走らせること一時間と少し。
 興奮した姫君のお姿にほのぼのとしていたら、目的の村へと辿り着いていた。

「早く到着したわね!」
「え、ええ。そうです、ね?」

 解せない。
 子供とはいえ姫君との二人乗り。
 馬にもそれなりに負担がかかっていたはず。
 馬に無理をさせすぎたのかと心配するが、馬は元気そのものでヒヒーンと嘶く。蹄も無事で、どこにも無理をした様子がない。不思議に思い観察をするも、馬には異変が見当たらない。

 そうなると、私か姫君かのどちらかがこの早さの理由になるが……。

「姫君、あなた、乗っている最中に回復魔法をかけましたね?」

 そういう事かと納得の言葉だった。
 そこに姫君を責める内容はない。ただそう思っただけの事だった。
 しかし姫君はそこで何故か挙動不審となる。

「え? え?? 何のことですの? オホホホホ」

 これは一体。
 秘密にするような内容でもないのに何故か目いっぱいの否定を行う姫君。訳の分からなさに頭を傾げ、そこでハタと気付く。
 最近になって乗馬を習い始めた姫君は、いつもお尻が痛いとぼやいていた。メイド長からそう聞いている。だからこそ今回の移動に際してそこに注意を払っていた。痛がるようなら一時的に馬から降りて休憩しようと。元々二時間で付く旅程なので途中休んでも問題がない。そう考えていたのだが……。

「姫君、さてはお尻が痛かったのですね? それで回復魔法を……」

 心配している側からすると、あまり見栄を張らないで欲しい。そう思っての話だったのだが、姫君は顔を真っ赤にして怒り出す。

「もう! もう! そんな事ないです! ないのです!! ハットリのいけず!!」

 初めて見る姫君からの痛烈な非難の声に私の頭は真っ白になった。
 なるほど、これが娘が反抗期を迎えた父の気分か。
 しかし怒れど離れる様子のない姫君に確かな親愛の情を感じた。思わず苦笑しながら頭を撫でれば、今回はこれで勘弁してくれるらしい。
 いい子だ。
 ならばもう、先の心配は心の内に秘めておこう。何、姫君に何かあれば事前に察知し危険を回避するのが忠臣の役目だ。

「では姫君、参りましょうか」

 むくれている少女にお手を拝借と手を差し出せば、さすがは淑女候補、私の手を静かに取ってくれた。

「仕えがいのある主で助かります」
「……そう思うなら、もう少し大切に扱いなさいよ」

 親の心子知らず。
 そんな事を考えながら村へと入った。

 念のためにと館のメイド長へ村に到着した旨を連絡する手紙を出し、馬を預け、それから二人して森へと入った。

 森は一歩踏み込めばそこは暗く、足元がおぼつかない。
 そんな場所に姫君は大丈夫なのかと言えば、大丈夫ではない。よって彼女の移動手段は主に私である。姫君を横抱きにして抱え、森を走る。とても忍者らしいと私は思う。

 途中、迫る危険には武器を投擲。
 針状の三センチほどの物体で、形状は釘に近い。片方の端が丁字となっているのが特徴な武器だ。
 この加工は指に挟んで投擲しやすいようにしたものであるが、忍者的に思いのほか使いやすい。ともすれば手裏剣よりも使い勝手がよろしい。
 授けてくれたメイド長には感謝である。

 時折顔を出す動物をけん制しつつ森を進む。異常は見当たらないだろうか。森に詳しくないのでそこ辺りはよく分からない。ただ、警戒心の強い野生動物がこんな森の浅い所に沢山いるのは意外だった。


 森を進む事、ニ十分ほど。
 そろそろキャンプ地が見えてくるだろう地点で立ち止まる。この辺りはキャンプ地に近い事から下草の類は刈り取られている。足元も地面がむき出しており、姫君が歩くに支障が出ない。

 当初の予定ではこの辺りから無事を確認したら帰るつもりだった。しかし、何やらキャンプ地の様子がおかしい。

 一言で言えば騒がしい。

「何かあったのでしょうか」
「……そうですね」

 森と言う不慣れな場所で、しかも不測の事態が起こっているであろう状況。その中に恋人が含まれている、そんな懸念がある中で姫君は冷静だった。
 これが人の上に立つ者の器かと感心です。うちの姫は最高なのですよ。

 頭を撫でたい衝動にかられつつも我慢をする。
 姫君が思案し、その答えが出たのだろう。私を見上げてこう命令を下す。

「ハットリ、念のために戦う準備を」
「ハッ!」

 私たち二人にこれ以上の会話は不要だった。
 ショートソードの留め金を外す。
 ロングソードも持ってきているが、今は不測の事態に対応したい。使い慣れた短めの刃物が手になじむ。現代日本では刃物を扱う実戦経験はほとんどない。しかし忍者として訓練はこなしてきた。それに、この地に降り立ってから実戦を積んだ。

 現代忍者は血生臭い事をしない。
 それ故に不慣れな面もあるが、

 大丈夫、やれる。

 自分にそう言い聞かる。

「……行きます。離れないで下さい」
「分かりました。頼みます、我が騎士よ」
「ここは騎士ではなく、我が忍びよと言って欲しかったでござるなー」
「いいから行きなさいよ!」

 緊張しすぎも良くないと軽口を叩いたら怒られた。八歳の女の子に怒られた。これはキく。
 真面目にやろう。

 この位置から聞こえる声は戦いの声ではない。よってそこまで緊張する必要はないとは思っている。
 むしろ慌てて駆け込んで、敵と見間違われて切り捨てられては面倒だ。
 よってショートソードはいつでも抜けるようにしつつも、刃を見せない。鞘に納めたまま手を添えるだけにして、進む。

 中腰で。
 忍び走りである。

 シュタタタと擬音が出そうな軽快さでキャンプ地へと辿り着く。

「誰だ!?」
「私です」

 まるで詐欺の常套句のようなやり取りだが、幸いにもこちらの顔は割れている。すぐさま私と言う存在を認識した騎士たちは構えていた剣を下ろす。
 それを見定めてからの、姫君の登場である。

「ひ、姫様!?」
「どうしてこのような所に!?」

 驚くのも無理はない。
 説明をしてあげたいのは山々だが、今はそんな事よりもこの惨状について考えなければならないだろう。
 誰も彼もが血まみれで、半数ほどが倒れ込んでいる。胸が動いている様子から死者はいないようだが、出血の具合からするとかなり危険に見える。

 ……そして何より、けが人の中にローウィン君がいた。

 これはまぁ、なんだ。
 突然に姫君がキャンプ地へ行きたいと言っていた理由なのだろう。
 姫君とローウィン君の愛のなせるわざなのだろうか。
 彼の窮地に姫君の第六感が働いたのか。
 ファンタジーの世界、愛さえあれば割と無茶苦茶なのだな。

「治療を行います! 重傷者から案内しなさい!」

 血を見てもなお気高くある我が君は、幼い体のどこにそんなパワフルさを秘めていたのか。近くの騎士を捕まえてそう指示をしていた。
 そしてこちらに向かい、命令を下す。

「ハットリは原因を究明。適切に処理しなさい」
「ハッ!!」

 騎士多きこの場であれば、姫君の護衛は十分。
 そうなると忍者はこの場にいてもやれることはない。そう考えての判断だった。

 心が震える。
 主君として、これほどまでに相応しい人物は類を見ないだろう。
 凛として聡明。
 その後姿のすばらしさに震える。

 ひとしきり震えた後で私は命令を遂行すべく騎士たちに聞き取りを行った。

「熊が出たのか? しかし熊くらいなら騎士団でどうにかなるのでは?」
「ただの熊ならな。出たのは、巨大な熊だ。あんなヤツ、この辺では初めてだ!」
「俺は学者じゃないが、あれは森の奥に住まうキリングベアーの亜種じゃないかと」

 随分な大物が彼らを襲ったようだ。
 ローウィン君は中々に逆境属性持ちらしい。

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