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第32話

 金曜日。ナオの状態と性能の確認が行われた。

 敷地内にある、アーティナル・レイスの動作テスト等を行うための試験場で、軽快に動き回るナオと測定数値が表示されたモニターを見ていた社員達は、感心するように声を漏らしていた。
その場で澄人は「ご覧の通り、彼女は現行モデル並の性能になりました。今後もまだまだ働くことができます。廃棄処分の中止をお願いできないでしょうか?」と社員達に言った。すると幸いなことに、「検討してもいいかもしれない」という声をもらうことができたことに、澄人は笑顔で頭を下げ、ナオも喜んだ。

 もし廃棄処分が本当に中止になったら……澄人とずっと一緒にいられるかもしれない。

 希望と幸せを胸に抱きながら、その日の夜、ナオは明日の準備をしようとしたのだが……。

「…………(どうしましょう……)」

 彼女は衣装ケースを前にして、愕然としていた。

 出かけるのなら、ちょっとでもお洒落をしなければと、彼女はるんるん気分で衣装ケースを開けたのだが、その中にある服は、すべて同じ――久重重工から支給された、H.W型アーティナル・レイス用のスーツのみ。しかも、新品のように綺麗なものは一着もない。

「(いくら明日が楽しみだったからといって、普通の服を持っていないということを忘れてしまっていたなんて……ああ、どうしましょう! どうしましょう!)」

 今から急いで買いに行くか?

 それとも自分で作るか?

 しかし服を買うにしても、作るための材料を用意するにしても、お金が必要だ。だが、彼女は自由に使えるお金を持っていない。

「ナオ。入っていい?」

 彼女が頭を抱えていると、澄人がドアをノックしてきた。

「はい(どうぞ……)」

 ナオが返事をし、ドアが開くと、澄人は中には入らず、その場から彼女に声をかける。

「ちょっと渡したいものが……って、どうしたの? 何か元気がないように見えるけど」
「そのようなことはありません。(その……元気がないわけじゃないんですけど……)」
「……?」

 澄人の視線が、開けられた衣装ケースへと行く。すると彼は、『ああ、なるほど』と言うように笑った。そして、

「ナオ。これ」

 澄人はドアの外に置いてあった、包装紙に包まれた二つの箱を持ってナオの部屋へと入ると、彼女にそれを渡した。

「この箱は?(なんですか?)」
「開けてみて」

 ナオはテープを丁寧に剥がして包装紙をとり、箱を開けた。

「これは……」

 その中に入っていたのは、白のトップスと、淡いピンクのスカート。そしてもう一つの箱には、バッグと靴等が入っていた。

「水曜日に注文しておいたんだ。その……最初はどんなのがいいか相談しようと思ったんだけど、お金のことを心配するんじゃないかと思って……」
「私に贈与するために、この服購入したということでしょうか?」
「そうだよ。一応サイズは合っていると思うけど、男の僕が選んだものだから、気に入るかどうかはわからないけど」
「澄人が選んだ? 私のために?」

 ナオは服をまじまじと見つめ――バッグに触れ――靴も出してみる。

 夢か何かなのでは? と最初は思ったが、そうしているうちに、間違いなくそれが現実であるという実感が彼女に湧いた。

「(ほ、本当に……いただいていいんですか?)」
「もちろん。ナオにプレゼントするために買ったんだから」
「プレゼント……澄人が、私にプレゼントを……」

 満面の笑みになるナオ。そして彼女は嬉しさのあまり、声を出して澄人に抱きついた。

「ありがとうございます、澄人!!」
「う、うぉわ――!?」

 突然抱きつかれたことで体勢を崩し、澄人はそのまま後ろへ倒れた。

「あっ、申し訳ありません!(ケガは、ありま……)」

 ナオはすぐに離れようとしたが、目の前にある澄人の顔を見て硬直した。

(顔が……こんなに、近くに……)

 澄人の吐息が、顔の肌にかかったのを感じたナオの視線は、彼の唇へと移っていた。

(もし……このまま、顔を前に出したら……)

 してはいけないことだというのは、ナオもわかっている。しかし頭ではわかっていても、そうしたいという気持ちがどんどん強くなっていく。

(澄人……)

 そしてナオが、自分の気持ちを抑えきれなくなりそうになった時だった。

「……オ。ナオ?」
「……え? あっ――(す、すみません!)」

 澄人の声で、ハッとなった彼女は立ち上がり、澄人の体を引き起こした。

「あの……おケガは?」
「ないから大丈夫」
「本当に申し訳ありません……。(嬉しさのあまり、つい……)」
「あはは。そんなに喜んでくれたのなら、僕も嬉しいよ」

 澄人は笑いながら、照れくさそうに頭の後ろをかいた。

(やっぱり、何かお礼をしないと気が済まないです。でも、何をしたら……)

 けれど、もう一度聞いたとしても、お礼なんてしなくてもいいと彼はまた言うだろう。でも、何かしたい。しないと気が済まなかった。

 そこで彼女は、水曜日の施術前に返したマイクロメモリが、再度渡されていないことを思い出す。

「澄人。お礼と言うわけではないのですが……マイクロメモリの補完作業の続きをさせていただけないでしょうか?(残り〇.二パーセントほどなので……今から始めれば、来週中には終わりますから)」
「ありがとう。でも、それは週明けからお願いするよ」
「なぜですか?」
「補完作業は、多少なりとも負荷がかかるでしょ? せっかく出かけるのなら、そういうのがない状態で――何も気にせずに、ナオには楽しんでほしいんだ」

 そう言って微笑む澄人。

「あ…………」

 それを見た瞬間、ナオのリアクターが、ヴォン……! と、心臓の鼓動音のように音を鳴らす。すると頬が赤くなった。

「ナオ、また顔が赤くなっていない?」
「だ……大丈夫です。(本当に、異常は出ていませんから……)」
「そう。でも、体調が悪くなったら遠慮なく言ってね」
「は、はい……」

 その後、澄人が部屋から出て風呂へ入っている間。ナオは包装紙と箱を丁寧に折りたたみ、まだ何も入っていない――空いている衣装ケースの中へとしまうと、メンテナンスベットに座り、澄人からもらった服や靴、バッグ等を持ち眺めていた。

「澄人がくれた服……靴……バッグ……。(澄人が、私のために選んでくれたもの……うふふ)」

 それらを抱えたまま寝転がり、嬉しそうに笑うナオ。

 優しくて、体を治してくれて、自分のことを考えてくれる。おまけに服や靴、バッグまでプレゼントしてくれた。そんな澄人に、彼女の心はすっかり奪われていた。

(私、やっぱり澄人のこと……)

 そして、ついにナオは口にしてしまう。

「……好き。私……澄人が好き……大好き……」

 言葉として言わなければ、どうにかなってしまいそうだった。だが、言えば言うほど澄人への想いが募っていく。そして思った。

(……伝えたい。この気持ちを澄人に……)

 おそらく断られる。それでも彼女は、自分の気持ちを伝えたかった。

「……澄人……好きです。あなたのことが……大好きです…………」

 ナオは澄人が風呂から出てくるまで、そう言い続けた。まるでリハーサルをするように。

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