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部長に同行して営業先へ出向いたり、社内での立ち回りを教わった。
包装資材を取引先に提示して、承認されたら卸問屋から必要数を買い取りにいかねばならない。
予想より歩き回りの多い業務。美容師なら立ち仕事だが、歩き回れるだけ営業担当の方が気は紛れる。

部長は取引先を開拓していく。「弊社なら、あと1円50銭落とせます」と迫り、他社との取引を無効にさせてさらう。同行しながら敏腕だとつくづく思う。
初見から気にはしていたが、毎日一緒にいると、その営業力にカリスマ性すら覚える。
俺は兎並部長を尊敬し、心酔しつつある。

業務を真摯に熟すうちに、取引先の営業担当窓口を部長から引き継がれた。
俺を認めてくれたのか、部長の顔に泥を塗らないように張り切らねば。
日々が謀殺されていくが、営業成績が右肩上がりになり、益々奮起できた。
「相楽くん、張り切っているね。直に全社が注目するエースになるだろう。きみが誇らしい」
部下として、認めて貰える喜びを知った。

全社からも「部長の愛弟子」と呼ばれるようになった、心酔する上司の弟子。光栄に思う。
「美麗な兎並部長と、凛々しい相楽くんが並んで営業先へ向かう様子が、もの言う花。2人とも男の背中をして、色気すら醸し出すわ」
女性陣に名前を憶えて貰えている、部長のお陰で個人として認められた。
新しい風が吹いている、そんな高揚感に身を任せているような感じ。
俺が生まれ変わっていくよう。最近、体が軽い。頭もしがらみが吹き飛ばされていそう。
こんな感覚が知れるなんて、この商社へ来て良かった。部長に出会えて、救われたと思う。



数週間後、本当に部長が晩御飯を誘ってくれた。
義理堅いんだろうか、約束を守る人は信頼に値すると自分では思う。
散々、両親に「遊びに連れて行ってやる」という口約束で破られてきたから、守ってくれるとそれだけで人柄の良さを想う。信じていい人なんだなぁ。

連れられた先が焼肉店じゃなくてよかった。
俺は友人と出歩かないし、家族との外食なんてなかったから、お肉の焼き方さえ知らない。
上司の前で恥を書くところだった。

でも、アボカド専門のカフェ?
『ローリーズ』か、ロックな感じ。

部長が頼んだメニューが並ぶと盛り付けが豪快。
「チキン南蛮WITHアボカドクリームというメニューだよ」
そのままですね。
チキン南蛮の脇に半分にカットされたアボカドが並び、中にタルタルソースが詰められている。
「いただきます」
食べてみるとあっさりしている、女子は好きだろうし、俺も気にいった。
「きちんと挨拶ができるよね、そこがきみのいいところの1つ」
そうですか?
「この照り焼きスパム丼をシェアしよう」
かわいいなあ、これ。
丸くくりぬいたアボカドがマスカットみたい、これがくるりと並んで真ん中に温泉卵、そしてスパムか。
見た目もいいからさぞや味も。
「可愛い笑顔じゃないか」
今、俺は笑ったの?
「いや、見惚れる微笑というべきか。凛々しい男前」
部長こそ、微笑んでいる。

「元気がでてきたみたい?」
「はい?」
「同僚に、提示しようとした包装紙差にの案件を横取りされたらしいと聞いたから危惧していたんだよ」
地獄耳?
「過ぎた事です、気にしていません。それより、約束を覚えていてくださった部長にお礼を」
「律儀な子だね、偉そうにしないし」
なんだろ。
「まあ、食べなさい。このお店は冬になるとアボカド鍋がメニューにのるんだよ、また来ようね」
嬉しい。
「その笑顔」と部長が破顔した。



「ところで相楽くん、美容師免許を持ってるの?」
専門学校へ行き、国家資格を取得したと話したら「似合う」と顔を覗きこまれた。
「きみみたいな器量の良いスタッフが居たら女性はおろか、野郎も集まりそうだよねえ」
やろう?
「しかし納得した点がもう1つ。相楽くん、きみは時折、はさみのような鋭い視線を走らせる」
「自覚がなくて、失礼しました」

「8センチ以上のナイフ・包丁やはさみもそうだけど持ち歩きは銃刀法第22条で禁止されている。美容師さんが腰につけるシザーケースをぶら下げて歩くさまを見かけないだろう」
確かに。

「きみの鋭い視線。もはや侍」
「気をつけます!」
すると部長が「アハハ」と大笑いする。
「おかしい。本当に、愚直というか。まっすぐな子だよ、だけど誤解されやすいのは器量がいいから中身も相手が期待するからなんだろうね」
美麗な部長も、そういう経験があるのか。

「美形なら、性格も自分の好みに合うだろうと勝手に思われてしまう。『やさしくて思いやりがある』『自分の事だけ見てくれる』、いかに愛情があろうと応えるのは難しい。相手のものさしだから」
ものさしか。
「男女も、ものさしがあると思う」
ん?
「女性は会話をしてコミュニケーションを図り、話したから相手に理解されると思ってしまう。そこが男との違い」
ああ、そうか。
「男は外で働いてくるから、業務の事で頭がいっぱいなんだよね、だからお相手の話を聞きとめる事が出来ない。男と女の間で友情が育まれるのはどちらかが同性の脳なんじゃないかと思う」

うちの両親がそうかも。
結婚はしたけど会話が無い様子だった。



「同性愛がマイノリティでなくなったのは、それが由縁かもしれないと考察している」
へぇ。
「話題に出るようにはなったが、これは一過性と思う。流行を追うものはそれを通して自分自身を愛していると聞いた事がある。だから恋愛の光景に自己を投影し愛しているのだろう、こういわれたい・とか。恋愛に垣根はないし」

俺も流行に乗って髪を染めてパーマをかけた。
兄のようになりたくて、いや、褒められたかった。

「勘違いをしていたから謝る」
なんだろう?
「てっきり、僕に抱かれたいとか、抱きたいのかと思ったんだ」
そんな?
「俺・いや、自分はあなたに対して性欲をかきたてません。あなたは尊敬に値する方だから。失礼かもしれませんが、心の拠り所であり、あなたの存在が安らぎです」

部長が「そこまで、僕を掲げてくれるのか。初めて出会うタイプだ」と神妙な顔つきになった。
「僕のことを敬愛してくれるんだね、よく分かった。有り難う」




季節が流れていく、日ごとに業務を熟す意味を己に問う。
尊敬してやまない部長に業績を認められたい欲がある、社会人として間違っていないだろうか。
もっと真摯に向き合うべき、ん? 同僚が近づいてくる。

「兎並部長なんて美人だから営業成績がいいんじゃないのかよぅ。枕営業とかしてねえの」
何だって?
「発言を撤回しろ。そして謝罪を要求する、部長は俺の上司だぞ」
「偉そうによぅ」
ふざけるな。身長差で見下してくれる。
「喧しい」
「はあ」
聞き捨てならない事を言ったくせに戸惑うな。
「剛腕で才能に長けた部長をねたむな、生まれ持っての華のなさ!」
「へえっ?」
容姿を侮蔑するのは人格を疑われそうだが、許すまじ。
「……よく聞け、太く実った身のこなし。鳴かず飛ばずの負け惜しみ。営業成績が上がらないから威張れなくて笑ってんだろう。この遠吠えクズ」
「は、今、なんて」
「俺はそんな風にはなりたくないと言った」
「おまえ!」
「言葉を重ねるぞ、容赦しない」
「なんだとぉ?」
「俺の提示内容を盗むのがうまい木偶の棒。節穴取引先が絶賛した商法に呆れたよ、マネするばかりのお人形。能力を高めろ、己を磨け。そのスーツ、全然似合ってないぞ、ブランドにはまだ早い、痩せて来い」
「こいつ」
「嫌われるように常用したんだ、いつも言うもんか。業務に向かえ、自分の力で実現させろ、動いて実行したらどうなんだ。おまえは同僚だが俺の大事な尊敬する上司を嘲った、許さん!」
右足を振り上げたら腿を背後から掴まれた、えっ。片足が体を支えきれず反転した、よろけて胸元にぶつかり顔を上げたら、部長?!
「はい、そこまで」
ねじれた髪が揺れている。


「社内で狼藉を働かない、双方に言っている」
俺は部長に抱えられたままで、この人を侮辱した同僚を振り向いて見られない。

「か細い体で何をしようとしたんだ、相楽くん。怪我するだろう、きみも相手も、だ」
部長の髪が耳に触れている、なんだろう、このざわつく感情。

「きみより背が低いから容易にきみを捉えられる」

「心を穏やかに。人を罵るのは心が曇り、人もご縁も遠ざかる。勿体ない事をしない、きみの笑顔は素晴らしいんだから」
俺を抱きしめて制する部長、あなた、少し変わりましたよね? どうしてやさしいんですか。

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