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専門学校を卒業後は商社へ就職する事に決めた。
美容師はサロンで働くことを前提にし、ネイルスタイリストの資格も取得する。
ネイルがメーカーから届く際に梱包されている、指でプチプチと潰せる緩衝材に、ふと、大事なものを包む役目を終えたら捨てられる、それが今の俺とダブって見えて興味を持ったのもあるが、決め手は社員寮があり、実家から遠い事。
引きこもりに成らずに済んで良かったとは思う、親が冷酷でなければ兄の面影を家の中で捜し歩いただろうから。


面接時に担当の総務部の部長が「相楽(さがらか)果莉くん。私には妙な力があるんだ」
何を言い出すやら。
「真剣に話をしているんだから、小首をかしげず忠告を聞くべきだぞ」
変な会社へ来てしまったんだろうか。
「仕草に見惚れたが」
奇妙としか言えない。
「無造作ヘアーが靡いて、実にだ」
「帰ります」
「待ちたまえ、器量よし。魅惑的な腸腰筋をくねらせて踊るように席を立つのではない、気は確かか」
「おぞましいです。しかし、貴社に貢献したく思いますが」
「流石は次男坊、縋らせて来る。これでは私の負けだが、話は終わっておらん」
何だろう。
「容姿の整ったきみの背後に黒い幕が見えてしまう。我が社で成長し、その幕を外したまえ」
オーラの事だろうか? しかし、幕と言えばカーテン。
引っかかる言葉ではあるが。
「折角の器量が悲しみに暮れる様は放っておけない」




助け舟と思っていいだろうか。
採用された商社へ出勤すると感じるのは、さび付いた街、まるで俺の心。

営業部に配属され、管理職について回り、営業の仕事を覚える事になった。
どんな人に? オフィスを眺めるとまるで交差点のよう。
人が行き交い、慌ただしい。
「僕が担当します」
声の主に驚いた、見掛けた事がある。
「兎並 廸 (うなみ ただす)です。職位は部長」

「相楽 果莉 (さがらか きょうり)と申します。ご指導宜しくお願い申し上げます」

俺は入社間もないが、相手は我が社の担い手である部長だった。
配属される前に、この人が商品部で資材の価格交渉を依頼している様を見た。
美麗な人がいるものだとは思ったが。
聞き慣れない『粗利』『底値』、商社での業務を検索しておいたが役に立てばいい。

「……」

しかし目線に戸惑う。
俺は178センチの身長で、在学中でもこの背丈はなかなかいなかった。
兎並部長も俺より背が2センチばかり低い。
まさか上司と目線を合わせるために若干見下ろしてしまうとは。

「背が高くて綺麗なお顔立ちの相楽くん。宜しく」

あなたの方こそ、美麗だろう。
172センチはあるでしょう? 俺を褒めるより、見目麗しい容姿で、うねりの利いたハイスパイラルグランジマッシュの髪型、20代だよな? 若くして管理職か。敏腕だろうな。
黒い髪もこうして見ると良い。俺も流行を追い掛けてしまったが。

「青と黒のチェックのネクタイ姿も似合う。実に凛とした佇まい」

部長こそ、ワインカラーと黒のレジメンタルなネクタイが似合う大人、気高そうな雰囲気だが。

「間近で見ると、より際立つ初々しい器量だな、一瞬・目をそらしかけた。ショップのスタッフにいそうな感じ」
はあ。

「容姿端麗はさておき、入社式で新入社員10名はおろか、全社が集う中で立派に代表挨拶を務めていた、その覇気を買う。内容はともかくとするが」



『自分の幼き夢は崩れて灰になり、何も変わらず生きて来ました。人にやさしくありたい、自分を取り戻して、業務の虜になります。傷付くと怖くて動けなくなりますが、夢は叶うと信じます』

「漠然としているけど、未だかつて聞いた事のない未曾有の挨拶だった」
ふうん。
「何いってんだろうと」
うう。
「訳が分からないが僕は管理職なので聞いていたけどねぇ。虜って、きみはまだ21歳だろう?末恐ろしい。言葉の選択を誤るな、育ちを問う」
部長が俺を凝視しながら「きみにはまだ、できる事があると思う。あのような発言をした意図はあえて聞かないでおく」

距離のある言い方をする。美麗だからか、凄みさえ感じる。

「そして凛としながら視線が研ぎ澄まされ、まるで誰かを探すかのようにも見えて、迷子の文字が脳裏をよぎった。気に成るから、きみを営業部へ迎えると僕が言ったからには引き受ける所存」
あなたが?

「僕がきみを一人前の営業担当に育てて、我が社が誇る人材にしてみせる」


早速、部長に同行して取引先へ向かう。
総務部で社用車のカギを借り、部長に続いて会社を出ようとしたら「美麗な兎並部長についていくあの凛々しい新入社員、2人が歩くさまは絵に成る」背中に声を掛けられた。
「いずれ菖蒲か杜若(かきつばた)。匂い立つような佳人のお2人」

部長は全社の憧れの存在か。

「相楽くん。早く名前を覚えて貰うんだ」
ん?
「僕の誇らしい部下にするんだから。容姿だけで呼ばれるのは辛いだろう。個人には名前があるんだから、先ず覚えて貰う事から始めなさい」
「畏まりました」
すると部長が「畏まらなくていいよ。『了解です』とか。接客業でもしていたのかな」と聞いてくる。
そうか、サロンでの研修はお客様に対しての言葉遣い。
「学校で覚えました。以後、改めます。了解です」
「何か、本当に変わった子。まあ、早く名前を、ね」

部長の名前を覚えて良かった、俺は間違っていない。

先方へ着く迄、部長は「包装紙の提案」としか話してくれないが、どんなものだろう。



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