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御子柴のヤキモチ勉強会③




水曜日 放課後 北野の家


翌日。 早速今日から、勉強会がスタートとなった。 結人と真宮は学校に残り各自勉強、コウと北野のグループはそれぞれ分かれて勉強会を開始する。
寄り道をせず真っすぐに北野の家へ向かった御子紫たちは、家へ着いて早々机の上に教科書や参考書を広げ出した。 
大きな四角いテーブルの上に勉強道具を置き、それぞれが向き合う形になってその場に座る。 頭のいい夜月と北野は、何も言わず早速勉強に取りかかった。
そんな彼らにつられるよう、椎野もマイペースに支度をして開始する。 彼らが勉強し出したことを確認すると、やっと御子紫も教科書とノートを開きペンを手に取った。

そして誰も口を開かなくなってから、数分経つが――――御子紫のペンだけが、先刻から動いていない。 その様子に気付いた夜月は、向かい側に座っている御子紫に静かに尋ねた。
「御子紫。 さっきから進んでいないけど、何か悩み事か?」
御子紫は必死に勉強と向き合おうとしていたが、彼の言った通り何故だか全然集中できず、何も進んでいない状態だった。 その問いに対し、溜め息交じりで返していく。
「別に。 悩みなんてねぇよ」
今もなおペンを持ったまま何も書こうとしない御子紫に、夜月は参考書に目を通しながら続けて口を開いた。
「結黄賊には、馬鹿なんていないはずなのにな」
そう――――結黄賊のメンバーを選ぶ時、確かに成績のことも考慮していた。 
当然第一は人柄を見て入れるかどうかを判断するのだが、成績があまりにも酷いと生活に支障が出てチームの評判も悪くなる。 
だから成績が中より上にいっている者を、結黄賊に入れたつもりだ。 だから夜月はそのことを知っていて、御子紫にそう言ったのだが――――

「何だよ。 俺が馬鹿だと言いたいのか!」

「ちげーよ。 その逆。 つまり、御子紫は馬鹿じゃないってことだ」

一度参考書から目を外し御子紫の方を見ながら、彼は冷静な口調でそう返してくる。
「いつもなら平均並みの点数とか取れているだろ。 それに今までのテスト期間だって、一人で勉強頑張っていたみたいだし。 
 なのに今回は集中できないだなんて、何かあったのか?」
なおも落ち着いた口調でそう尋ねてきた夜月に、こちらは何の感情もこもっていない淡々とした口調で答えていった。
「4月に起きた、俺が日向にいじめられた事件のせいだよ。 教科書に落書きをされてまともに文章が読めなかったし、そもそも教科書を開くことすら苦痛だった。
 他に筆記用具を壊されたり体操服を隠されたり、ユイの悪口までも言われたりしたら・・・流石に、精神的にキツくなって授業にも集中できなくなるだろ」
思い出したくもない過去の出来事を淡々と話す御子紫に、この場にいる北野と椎野は自然と勉強している手が止まる。 
だがそんな彼らをよそに、夜月は教科書を見てノートに取りながら言葉を返した。
「でも日向の件なんて、一週間くらいで済んだじゃないか」
「ッ、そうは言っても、心の傷はすぐには癒されないんだ!」

そう――――たった一週間分の授業をまともに受けられなかっただけなのだが、日向の事件が終わってからもしばらく御子紫はいつもの調子が出なかった。
執事コンテストの期間に入り、その間に起きた赤眼虎の抗争が始まった時くらいから、やっといつもの調子が出てきたのだ。

そして先程の言葉に、もう一言を付け加える。
「それに、実際日向と仲よくなったのは・・・コウの事件が終わった頃からだし。 だから大体、日向にいじめられてから一ヶ月後だ」
「・・・」
御子紫は過去のことを思い出し、少し憂鬱な気分になって話をしている間、夜月は黙々とテスト勉強を再開していた。
「ッ、おい夜月! 話を振っておいてスルーかよ!」
「ちゃんと聞いていたよ」
思わずムキになって突っ込みを入れた御子紫に、呆れ口調でそう返す夜月。 そして彼は一度、書いている手を休め御子紫のことを見据えながら言葉を放つ。
「でも御子紫は平均点を取れるくらい頭がいいんだから、今からでも十分に間に合うだろ」
その問いを聞いて、咄嗟に目をそらしてしまった。
「・・・でも、数学は無理だ」
自分が一番苦手としている数学は、今から必死に勉強しても追い付けないと御子紫は諦めていた。
「数学か。 だったら俺が、今からでも教えてやるぞ」
「今は何だかやる気が出ねぇ」
「そんな調子じゃ、いつになっても勉強が進まないって」
「・・・」
そんなことは分かっているものの、なかなか勉強に手が付かない御子紫。 そんな状態に余計に焦りを感じるも、逆にやる気が出なくなっていた。
彼らの会話を先刻から黙って聞いていた北野が、ここで御子紫にある提案を出す。
「そんなに勉強に集中できないなら、ライバルでも見つけたらどう? 
 ライバルがいて“その人には勝ちたい!”っていう気持ちがあったら、勉強をするやる気が出てくるんじゃないかな」
御子紫から見て左側にいる北野が、優しい表情でそう口にした。 
「ライバル、か・・・。 それはいいかもな」
そう提案された御子紫は一度ペンを机の上に置き、頬杖をついて考え始めた。 自分に合った、ライバルは誰なのか――――と。 
そんなことを考えていると、右隣にいる少年が突然口を開く。
「じゃあ御子紫! 俺がライバルになってやるぜ」
満面の笑みでそう口にした椎野に、御子紫は冷静な口調で即答した。
「椎野は嫌だ」
「はッ、何で!?」
椎野は御子紫と成績がほぼ同じであり“ライバルとしては丁度いいだろう”と思って彼はそう口にしたのかもしれないが、御子紫は違う。
「椎野と俺は成績が近過ぎる。 それじゃあやる気が出ないし、ライバルにするならもっと成績が上の奴にしないと」
「もっと成績が上の奴? んー、丁度いい奴なぁ・・・。 誰かいるかなぁ・・・」
一度勉強をする手を休め、椎野も御子紫と同様に考え始めた。 そして椎野よりも先に、御子紫は突如頭に思い浮かんだ一人の少年の名を静かに口にする。

「あ・・・そうだ。 コウにしよう」

「「「・・・」」」

御子紫がコウの名を発した後、一瞬の沈黙が訪れた。 そしてここにいる御子紫以外の彼らがキョトンとした顔を一瞬だけ見せると、皆一斉に笑い出す。
「はははははは!」
「な、何だよ」
一番大きな声で笑い出した椎野に、御子紫は少し顔をしかめながら呟いた。
「いやいや、ライバルがコウって・・・。 流石に無理過ぎるだろ」
なおも腹を抱えて笑っている彼に、夜月も続けて言葉を放つ。
「そうそう。 コウは確か中学ん時、成績は学年で1位だったんだぞ」
「え、夜月それマジで!? やっぱりコウは流石だわー」
その発言に、すぐさま食い付く椎野。
―――何だよ・・・そんなにライバルをコウにすんの、おかしいのか?
「まぁ、コウは止めておけよ御子紫。 目標が高過ぎて、自分が惨めになってくるぞ」
笑いを堪えながらもそう口にした椎野に、御子紫はついにムキになる。
「いや、俺はもうコウでいく!」
「え、マジで言ってんの?」
苦笑しながらそう言ってくる椎野。 それでも、御子柴の意志は変わらなかった。
―――そこまで馬鹿にすんなら、コウをライバルだと思って勉強を頑張ってやる!
―――てかまず、コウの成績に勝つにはどうしたらいいんだ・・・?
そして一人で考え、一つの結論に辿り着いた。
―――あ・・・何だ、簡単なことじゃないか。
―――コウに近付くには、コウの真似をしたらすぐに近付ける。
―――そうだ・・・これでいこう!
そう決意し、この場にいる彼らに自分の意志を見せつけるよう、堂々と宣言をする。 

「俺はコウをライバルにする! 絶対、諦めないからな」

御子紫はコウから、絶対に逃げないよう――――自分に、そう言い聞かせながら。


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