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59 開店?

「来たよぉ~コチさん! ってうわ! 露店かと思ったら凄い広いお店だし……しかもこんな立派な看板に幟とかいつの間に」

 開店予定時刻の少し前に私の店に訪れたのは『翠の大樹』のメンバー。到着と同時に声を上げたのはリナリスさんだ。残りのふたりは声も出ないのかあんぐりと口を開けている。

「あ、いらっしゃいリナリスさん、レレンさん、イツキさん。急にお店を持つことになってしまって……時間がなくて簡単な準備しか出来てなくてお恥ずかしいんですけど」

 いざ店を開けてみると、当然店内には商品も並んでないし殺風景に見えてしまう。店の入り口を挟むように『美味しい兎肉料理! バフ付!』と刺繍した幟を立ててはみたものの、チープな感じは否めない。

「ええっ! 恥ずかしいっていうか十分すぎるほど立派だよ! ニノセでお店を出している人たちだって、まともな看板がある店なんかないんだよ」
「そうですね、鍛冶屋がなんとなく剣に見えるような絵を描いた板をぶら下げるとかですね」
「そうそう、酷いと扉に張り紙のレベルだぜ」
 
 リナリスさんが大声を出し、レレンさんが肩を竦め、イツキさんが頷く。ん~、前線の生産職の人たちはあんまりその辺にはこだわらないってことか。まあ、レンタルの店だと長く使わないだろうし、メインの生産スキルのレベルを特化して上げるんなら、余計なものにお金や時間を掛けたくないというのもわからなくはないか。

「そうなんですね。まあ、でも看板や幟があったとしても特に宣伝はしていませんし、北通りはほとんど農業区でお店もないですからそんなに人は来ないと思います。もし良ければこちらでお茶でもいかがですか?」

 一応店は開店したものの、立地などの問題からお客はあんまり来ないと思っているので私としてはのんびりしたもの。今も簡易キッチン後ろの店内に手作りのテーブルと椅子を出してお茶を飲むべくコンロでお湯を沸かしていたところだった。

「……コチさん。お茶ってどっかで買ったの? それとも」
「お茶ってどこかで買えるんですか? これは自家製ですけど」
「飲む! 絶対に飲む! いや、おっぱいくらいは好きに揉んでもいいから飲ませてください!」
「ちょ! リナリスさん、近い! 近いですってば! 別にただのお茶に対価はいりませんから!」
「おぉい! それはやめろって言ってんだろうが! いい加減泣くぞ! 俺が!」

 慎ましやかな胸を本当に私に向けて差し出そうとしてくるリナリスさんを、イツキさんが羽交い絞めにして引き離している。リナリスさんの料理に対する情熱には感心するが、いくら成人指定のゲーム内とはいえ、すぐに体を対価にしようとするのはやめてほしい。
 
◇ ◇ ◇

「あ、美味しい……ほうじ茶ですね」
「はい、ある作物の葉っぱを炒ったものですね。この世界の作物の葉は意外となんでもお茶にすることが出来るんですよ。味は様々なので、茶葉にする過程を工夫したり多少ブレンドしたりはしないとなかなか好みの味にはなりませんけど」

 私が作ったカップに注がれたほうじ茶を啜って落ち着きを取り戻したリナリスさんがほうっと吐息を漏らす。

「そうなんですね……料理コマンドで野菜を『切る』と可食部分以外は消えちゃうから全然そんなこと気が付きませんでした」

 なるほど、つまり大根を『切る』と切られた大根が残って、大根の葉の部分は残らないということか。私もおかみさんに料理を教えてもらって、一緒に出汁の研究をしたりしなければそんなことをしようとは思わなかっただろうな。


 その後、お茶だけというのも口が寂しいかと思って、ニジンさんの牧場で搾乳した牛乳を使って作ったミルクプリンを出そうとしたところでまたリナリスさんが|興奮《発情》した。これは砂糖をまだ確保できていないので、コンダイさんが作った作物のなかから糖度の高いものを選別して砂糖の代わりに使用した試作品だ。そのため甘さは控えめ、ヘルシーな味わいになっている。
 でもこれについては、おかみさんも私も量産が出来るかどうかという判断以前に売り物になるレベルじゃないと判断した品なのだが……

「美味しいぃ~! このしつこくない甘さと滑らかな舌触り! このゲームでまともなスウィーツが食べられるなんて幸せ~」
「あ、美味しいですね。これは……砂糖じゃなくて果物の甘味? いや……野菜?」
「うま! 俺はあんまり甘いものが好きなわけじゃねぇけど、これなら全然食えるな」
 
 ということだったので評判は悪くなかった。どっちにしても砂糖や牛乳の安定確保をして、味が納得のいくものにならない限り販売するつもりはない。まあ、作ってもほとんどリイドの女性陣で消費されてしまうんだけど。

 それにしても、よく考えたらせっかくVRMMOをプレイしているのに|夢幻人《プレイヤー》とまともに話したのはこの『翠の大樹』のメンバーだけ。リイドのメンバーも十分に個性的だからあんまり気にしてなかったけど、せっかくリアルほど気にせず人付き合いが出来る環境なんだからもう少し交友関係を広げたいところ。

 そんな感じで和やかな雰囲気でお茶を楽しむことは出来たが、お店の方はいまのところひとりもお客が来ない。仕方がないので『翠の大樹』のメンバーとお茶をしながら、暇潰しと【木工】【細工】のスキル上げ、雑木消費のために兎のブローチをちまちま増産中。

「あの、コチさん。先ほどから何を作っていらっしゃるんですか?」
「ああ、裏の畑の木を伐採して取れた雑木を無駄にするのももったいないので、料理を買ってくれたお客さんに特典としてブローチでも作ってプレゼントしようかなと思っているんですよ。良ければレレンさんもおひとついかがですか?」

 私は今作りかけているものではなく、開店までに完成していたブローチのひとつをインベントリから取り出してレレンさんに渡す。

「え、いいんですか?」
「いいですよ、実際料理も買ってくれていますし」

 すでに三人には開店後に購入制限として考えていた五品を、制限まで買ってもらっている。お茶をしながらの話だったので私がうっかり渡し忘れていただけだ。

「へぇ、器用ですねコチさん。兎の躍動感が良く出ています」
「ていうかさ、看板もそうだったけどなんで兎の天敵なんだ?」
「あ、それ私も思った。看板もブローチもなんとなく兎さんが慌てて逃げている感じがするし」
「ははは……まあ、それは聞かないでください。ざっくりといえば兎系の魔物と相性が悪いってことなので」

 【兎の圧制者】の説明とかしたら突っ込みどころが多すぎる。

「あ、一応装身具じゃなくてアクセサリ枠の装備品なんですね。えっと、名前は」

 装身具というのは身に付ける個数なんかに制限がかからない代わりになんの効果もないアイテムのこと。例えば髪を縛るリボンだったり、ローブに付けるワッペンだったり、武具に付ける紋章のこと。目的としてはお洒落のためだったり、パーティやギルドでシンボルマークとして使ったりする。私は装身具を作るのがあまり得意ではないので、このブローチは装備品扱いだ。

 自分のローブにブローチを装備したレレンさんが、ステータスを開いてアイテム名を確認している。作成のときに名前を付けなかったから、多分それっぽい名前がランダムで付いているはず。変な名前になってなければいいけど。
 
「へぇ『脱兎のブローチ』ですか、面白い名前ですね」
「でも、その兎さんを見たらなんとなく納得。それに結構可愛い。まだおしゃれ系の装備はあんまり出回ってないから、ワンポイントでも嬉しいかも」
「そうだな。なぁ、それって俺たちも貰えるのか?」
「勿論ですよ。オープン記念の購入者特典ですからね」

 本当なら捨ててしまうような雑木で手慰みに作った|ろくに効果も付いていない《・・・・・・・・・・・・》おもちゃみたいな装備でも喜んでもらえるなら、作った甲斐がある。

「はい、どうぞ」
「わぁ、ありがとうコチさん」
「お、サンキューな」
「いえいえ」

 それにしてもお客さん来ないな……裏で開墾作業でもしていたほうがいいか? 手元で彫刻刀を操りながらそんなことを考えていたら、さっきから位置が気に入らないのか、ブローチを付けたり外したりしていたレレンさんがリナリスさんたちに声をかける。

「リナリス、イツキ……それを装備したらステータスを見てくれる?」
「ん? こいつが適当に作った装備品だからバッドステータスでも付いてたか?」
「ちょっとイツキ! まだコチさんとは今日知り合ったばかりなのよ。失礼な言葉使いはやめて! それにコチさんは私にこのゲームでの料理の可能性を教えてくれた恩人なんだからね」
 
 ゲーム内で感覚が鈍っているせいもあるだろうけど、イツキさんからは言葉使いの悪さほど悪意は感じないので、私としてはそれほど気にしていない。それでも普通に第三者から見れば態度の悪い悪ガキ高校生みたいには見える。成人している大人の対応としては確かに褒められたものではないから、イツキさんと交際中のリナリスさんとしては看過できないのだろう。

「へいへい、わかりまし……ん?」
「もう! すみませんコチさん。あとでちゃんと躾けておきますから。このブローチだっておしゃれ系アイテムとして貴重なワンポイントアクセなの……に、え?」

 私のブローチを装備したふたりがレレンさんの指示でステータスを開いたところで固まる。ん~、やっぱりもう少しちゃんとしたものを作るべきだっただろうか。

「え、うそ。AGIが+1されてる……」
「マジか、あんな適当に作ったものが効果付き?」
「やっぱり……僕のだけがたまたまって訳じゃないんだ」

 やっぱり装備品に最低の効果しか付いていないのはまずかったらしい。

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