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7.古御堂桃花は多くを語らない

 古御堂(こみどう)桃花(とうか)にはあまり友達がいない。

 挨拶を交わしたり、たまに会話をする程度の「顔見知り」ならそこそこいるのだが、そこから先に進まない。気が向いた時に会話に参加してみたりはするのだが、イマイチ自分とは住んでいる世界が違う気がする。

 部活動に参加してみるのも考えてはみたのだが、どうにも踏ん切りがつかない。子供の頃はもっと気軽に話しかけて、気軽に知り合って、気軽に友達になっていたような気がするのだが、大きくなってくるとそれが案外出来ないものなのだと実感する。部活動に入るという、言葉にしてしまえば単純な行為も、踏み込むだけで大変な勇気が必要になってくる。

 そんな訳で古御堂は、高校に入学してからも友達らしい友達を作らず、部活動に入ることもなく、日々の時間を流されるままに過ごしていた。漫画を読んだり、アニメを見たりという、所謂「オタク趣味」であったことも大きかった。

 クラス全体を見渡してみれば、その手の趣味を持った同級生は確かにいた。いたのだが、その性別分布は完全に男子校だった。もしかしたら女子にもいた可能性はあるが、それを確認するすべは古御堂にはない。一人一人に聞いて回るなんてことをする勇気もなく、同士を見つけることなく、一人、趣味の世界へと潜っていった。

 はず、だったのだ。

 忘れもしない。

 一年生の五月。

 古御堂は本屋に寄っていた。

 それもただの本屋ではない。アニメグッズなども取り扱う専門店。絶対にとはいいがたいが、オタク趣味でもない限りなかなか足を踏み入れることのない店だ。

 学校までの通学路。その途中。ターミナル駅に大型店舗があるということは知っていたのだが、訪れたことはなかった。別にその必要が無かったというのもあるが、その手の店に足を運ぶことが、古御堂にとっては何となく勇気のいることだった。そんな時期だったのだ。

 しかし、その日はちょっと事情が違った。欲しい漫画の最新巻が発売する日だったというのもあるが、一番大きかったのは、地元の本屋で一冊、欲しかったライトノベルが見つからなかったという事だ。

 痛恨事だった。古い本屋ではあるがそれなりに品ぞろえがよく、古御堂が本を買うならそこ、という店だったのだが、どうやらちょうど品切れになった所だったらしい。その日はそのまま帰ったものの、やっぱり欲しいものは欲しい。小さな書店なので入荷するには少し時間がかかる。それを待つのはちょっとつらい。

 そんな訳で古御堂は、少ない勇気を振り絞り、件の専門店へと足を踏み入れてみたのだ。

 そして、

「あれ、久遠寺……さん?」

「え”……も、もしかして、古御堂……さん?」

 あの時の久遠寺の表情と声は今でも鮮明に覚えている。軽いノリでやったことが思ったより大ごとになってしまったことを理解した子供のような目をしていたと思う。出会ったのは青年漫画コーナー。久遠寺が手にしていたのは美少女が沢山出てくるアニメのコミカライズ。どう解釈してもオタクであるという認識に行きつくほかはない光景だった。

 この頃の久遠寺といえば、同級生に限らない告白ラッシュに襲われている時期であり、少しづつ「完璧美少女」としての地位を確立している頃であった。そんな彼女とオタク趣味は当然結びつくはずもないものであり、本人からしてもまた、結ばれてはいけないもの、という認識だったらしい。

 そこからの古御堂は必死だった。元々初対面の人と話すのは苦手だし、いくらクラスメートとはいえ久遠寺は自分から見れば遠い存在だし、久遠寺は久遠寺でかなり混乱しているからか上手く会話がかみ合わない上に、古御堂の名前は知っているものの、どんな人なのかは全く知らないから手探りだしで、まともな会話が成立しだしたのは暫く経ってからだったという記憶がある。

 しかし、そこまで行ってしまえば後は簡単だった。

 久遠寺はガッツリオタクというよりは片足を突っ込んだだけという状態で、古御堂と話が合うとまではいかなかった。

 それでも、興味の向いているベクトルは同じなのであり、その経歴からしてみれば古御堂は大先輩のようなものなので、久遠寺はその話を熱心に聞いてはうんうんと頷いたり、表情豊かに驚いたりしてみせた。古御堂は、そんな反応が面白くて、ますます色々語った。気が付いたら二人はすっかり仲良くなり、帰り際には連絡先を交換し、漫画を貸し借りする約束まで取り付けた。

 それからはとんとん拍子だった。最初は学校で会話する機会の無かった二人だが、主に久遠寺の方から徐々に距離を詰めていき、学校でも仲良くするようになった。古御堂が部活動に興味はあるけど踏み切れずにいることをぽろりと漏らしたら、久遠寺が間に入ってくれた。そのおかげで文芸部に所属することとなり、仲間も増えた。相変わらずクラスメートに友達が多い方ではないが、古御堂の世界は久遠寺との出会いで大分変わったのだった。

 そんな、世界を変えてくれたスーパーマンは天城とひと悶着あった翌日の放課後。予想外の話を古御堂に持ち掛けてきた。

「文芸部に、来る予定があったことに……してほしい?」

「そう。出来ないかな?」

 困った、というよりはあっけに取られてしまった。

 ちなみに、この提案をされる前、久遠寺は、昼休みに自分が教室を出て行った後どうなったかについて事細かに聞いてきた。具体的には久遠寺が出て行った後何か噂されていないかとか、一緒に原稿を見せられたクラスメートこと伏見《ふしみ》紅葉《くれは》が何か言っていなかったかとか。

 前者については噂こそ聞こえてきたものの、その大半は天城というトラブルメーカーがまた何かやらかしたのだろうという声が大半で、男子には歓迎的、女子には否定的に捉えられていたし、後者に関しては恐らく久遠寺も気にするところだろうと思い、古御堂自身で何となく話を逸らして、興味を持たないように仕向けておいた。伏見は悪い性格ではないのだが、若干直情的な所と、それに伴って微妙に騙されやすいところが玉に瑕だ。こういうのは何というのだろうか。やっぱり……脳筋?

 と、そんな事について説明をし、心配性のスーパーマンを納得させたと思ったら、意外な話に発展した、という事である、聞けば久遠寺は部活動に正式参加はしないものの、「現代文化研究部」の部室を使い、天城や星生(これがなんとあの月乃茜なのだというからびっくりだ)に小説のアドバイスを貰いに行くらしく。そのカモフラージュ役を買って出てくれないかという話なのだった。

 話は分かった。

 驚きはしたし、あっけにもとられたけど、それくらいならお安い御用だと思った。本人がどう思っているかは分からないが、古御堂は久遠寺に大きな貸しがあると思っているし、そうでなくとも唯一無二の親友の頼みなのだから断る理由はないと思う。
 思うのだが、

「そう、だね……」

 即断できなかった。久遠寺は困惑の色を前面に出し、

「だ、駄目かな?」

「駄目、っていう訳ではない……んだけど、理由は、聞きたい……かな」

「理由?」

「そう。文音、前に言ってた、でしょ?ほら、部活動は、やらない……つもりだって」

「あー……」

 遠い記憶を探るようにして久遠寺はうめく。

 そう。彼女は確かに言ったのだ。古御堂はよく覚えている。仲良くなってからしばらくがたち、漸く「文芸部」という空間に慣れてきたころ、気になって聞いてみた事があるのだ。何故、部活動に入らないのか、と。
 
 久遠寺は成績優秀だし、運動神経だってよかった。聞けば音楽だって習い事でやっていた時期もあったらしい。そんな彼女が部活に入らないというのは、勉強は科目によって成績が乱高下し、運動神経はないも同然で、楽器だって大して弾けるわけでも無い古御堂からしたらちょっと信じられなかったのだ。何だって出来るはずだし、引く手あまただったはずである。しかし久遠寺は言葉を濁しながら、

「あー……ちょっと、理由があって、ね。部活動はやらないことにしてんだ。だから、まあ、その分文芸部、楽しんでよ」

 あの時は「久遠寺にも何らかの事情があるんだな」くらいにしか思っていなかった。しかし、正式参加はしないものの、実質部活動といっていいことを、目の前にいる友人がするようには、古御堂にはどうしても思えなかったのだ。

 そんな疑問に対して久遠寺は、

「や、部活動に入れないっていうのはまあ、そのままだよ。今でも。だから籍は置かないわけでさ」

「でも、それなら、」

 古御堂の言葉は久遠寺に遮られる。

「けどさ。あの二人なら、まあ、取り敢えずいいかなって思うわけ。あ、これ、天城には絶対言うなよ。言ったらあいつすっごいメンドクサイからさ。でさ、その天城と葵は、取り敢えず話くらいは聞いてもいいかなって、そう思った。そんな感じ。うん」

 沈黙。

 どう返したらいいのかが分からない。

 籍を置かなければ大丈夫だというのならば、文芸部でもよかったのではないかという古御堂の問いかけは、するまでもなくどこかへと飛び去ってしまった。久遠寺にとっては「部活動に籍を置くかどうか」も重要なのだが、それ以上に「接する相手が信頼出来るか」という部分もまた、重要なのだ。きっと文芸部員はその点をクリア出来なかったのだろう。その判断がどうやってなされたのかは古御堂にも分からない。

 しかし、ひとつだけ言えるのは、

「ん……要するに部活動じゃないけど、それに近いことなら……したい、ってこと……かな?」

 久遠寺はお茶を濁すような笑顔で、

「そう、そんな感じ」

「分かった。それじゃあ私は……何か聞かれたら、来る用事があったって、言っておけば大丈夫……だよね?」

「そ、そうそう。お願いできるかな?」

「まかせて。それくらいなら、出来る……から」

 久遠寺は心の底からの安堵を見せ、

「よかったぁ~……あんがと、桃花。助かる。今度なんか奢っちゃう」

 古御堂は両手で否定し、

「い、いいよ。そんな……それより、その現代なんとか……部?って、今日もある、んじゃないの?」

 久遠寺は「すっかり忘れてたと」と言わんばかりに口を開けて、

「やっべ。そうだよ、忘れてた」

 がたがたと音をたてながら、慌てて荷物を纏める。

 やがて久遠寺は、取り敢えず鞄に詰め込みましたというような状態で立ち上がり、

「ごめん。そういう事だから、お願い。んじゃ」

 それだけ言って、嵐のように去っていく。そんな姿を、数人ほど残っていたクラスメートは少しだけ気にするも、すぐに自分の世界へと戻っていく。そんな彼女が飛び出ていった、開けっ放しの扉を、古御堂は一人、眺める。

 ただひとつだけいえるのは、

「部活動……現代文化研究部にしておけば、よかったな」

 ぽつりと呟く。その言葉も、思いも、既に人気の少なくなった教室内へと消えていく。廊下をばたばたと走る音がする。それを見つけて叱る教師の声が響く。外では運動部が毎日飽きもせずに掛け声をかけながらランニングをしている。どこかで誰かが面白い事をいったのか、かすかに笑い声が響く。古御堂は一人、帰り支度もせずに座っていた。

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