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第03話 山の中の集落

 
 朝の目覚めは最悪だった。

 ん? この臭い……

 昨日の目覚めを思い出し、俺はバッと飛び起きた。寝袋だったのを忘れていて、動けないから更に昨日の目覚めを思い出した。

「うわあぁぁ!」
 悪夢が再びか! と思ってつい大声を上げてしまった。

 目を開けると明るい。圧迫感も無い。寝袋だった事を思い出し、安堵する。でも、臭いはまだしている。

 寝袋から出ると、衛星達が迎えてくれた。
「おはよう」
 一列に並んで浮かんでいる衛星達に挨拶をした。もちろん返事は無い。
 でも、なんで並んでるんだろうね? 昨日はお願い(命令)をする時以外は大体俺の周りを回ってたんだけどね。何か待ってる?

 スンスン

 やっぱり臭うな、昨日の水浴びでは臭いが抜けなかったのかな?
 昨日、死体の山の中で目覚めた時の臭いを思い出すような臭いがしている。
 あれほど強烈では無いものの、何か似ている感じの臭いだったので、自分にまだ臭いが染み付いていると思っていた。

 何気なく横を向いてみると、山があった。
 こんな所に山があったか?
 ジーっと山を眺めていると、ようやく気が付いた。

「うおぉっ!!」
 魔物の死骸の山だった。

 逆光で真っ黒に見えていた小山は、魔物の死骸の山だった。ちょうど昨日見た、人の死体の山のようだった。
 うぇっぷ。吐き気がしたが、なんとか堪えた。
 涙目になってる目を衛星に戻すと、まだ一列に浮かんでいる。心なしか少し揺れているようにも見える。

 あ、あれか! ネコがご主人様の為にネズミなんかを獲って来て目の前に持って来るってやつ。って事はこいつらの仕業か!
 勘弁してくれよー。でも、どうだったっけ。こういう時はネコを怒っちゃいけないんだったよな。褒めて欲しいからじゃなかった? そう思えばなんとなくこいつらがドヤ顔をしてるようにも見えて来るよ。

「あー、ヨクヤッタネ、キミタチエラカッタネ」
 衛星達はぐにゃぐにゃと飛び回る。『それほどでも~』って言ってるみたいだ。
 やっぱりお前達の仕業だったか! マジ勘弁だ。

「でもね、魔物を退治したら、出来る限り早く処理しないといけないんだよ。こうやって放置しておくと、死骸の臭いや血の臭いで他の魔物も寄って来るんだよ。だから早く片付けてね。あ、できれば食べれるものと素材とに分けて解体して取っておいれくれると助かるかなー」

『Sir, yes, sir.』

 魔物の死骸の山はみるみるうちに無くなって行く。解体されては収納、解体されては収納と、十分も経つと綺麗に魔物の死骸が無くなった。ホント凄いよ君たちは。君たちこそチートだ。


 朝食前に池で顔を洗い、少し素振りもした。エアスラッシュも試してみて、昨日の様に発動する事を確認した。
 だが、果たして人前でこれを使う事が出来るかどうかが問題だ。
 言うんだよ? 『エアスラッシュ!』って言うんだよ。恥ずいって。
 せっかく手にした刀の能力だけど、俺には無理かもしれない。


 朝食では最悪の起こされ方をしたので、ちょっと意地悪をして無理を言ってやった。

「今朝はパンとスープが食べたい。スープはコーンポタージュスープ。パンはやっぱり食パンで、バタートーストだね」

『Sir, yes, sir.』

 え? できるの? マジで?

 衛星達は四方に散って行き、居残り組と出張組に分かれた。
 居残り組は窯を造っている。
 こいつらが土から作り出すものって綺麗なんだよな。昨日のコップにしてもそうなんだけど、光沢があって強度もあって触り心地も滑らかなんだよな。何の能力なんだろうね。土魔法なのかなぁ。

 十分ほど待つと第一陣が戻って来た。
 戻って来た衛星は、いつの間にか居残り組が造っていたと思われるボウルに白い粉を入れた。
 おぅ? もしかして小麦粉か?
 次に卵を入れている。卵もあったんだ、魔物の卵じゃ無いだろうな。
 そして水を入れて撹拌。この辺りはお手の物だろうね、回るのは得意そうだ。

 出来上がったパン生地は……収納? あ、すぐに出て来た。あれ? さっきより大きくなってる。もしかして寝かせた? パン生地を寝かせて大きくなった?
 収納は時間停止って聞いたら丸をしてくれたけど、時間操作ができるって事なのか? 明らかに何時間も寝かせたパン生地だよ。

 出て来たパン生地は窯の中へ。後は焼くだけだね。凄いよ君たち、何でもできるんだね。

 パンの作業を見てる間に、スープの方はもう蓋が閉まってるよ。材料はあったの?
 昨日の肉もそうだったけど、美味しくて俺が元の素材を見て無ければアリだよ。体調が壊れなかったら許すよ。俺だけだったら、のたれ死んでるからね。

 今日は机と椅子も造ってくれている。木製だ、たぶん料理を作ってる間に造ってくれたんだろうね。もう至れり尽くせりだね。

「では、いただきます」
 いつの間にかバターもあった。いつ造ってたの?
 今日は初めから水も入れてくれている。今日はスープがあるけど最後に水を飲みたかったりするもんね、よく分かってらっしゃる。至れり尽くせりだね。

「うまーい!」
 マジ美味い。なんだこれ、もう素材が何だったなんてどうでもいいよ。美味けりゃ何でもいい! 作ってる所はパンしか見てないしね。

「ごちそうさまでした」
 ふー食ったー、美味かったー。

 飯も食ったし、刀にも少し慣れたから、どこか人のいるとこへ行きたいね。
 なんか、もうこのままここで暮らしてもいいかとも思ってる俺がいるんだけど、そこは自称転生者だから、チートに暴れてみたいじゃないですか。

 でも、このままこの場で誰にも会わず暮らすって言葉には非常に魅力を感じるな。なんでだろ? もしかして俺コミュ症? いや、ないない、無いはずだ。ちょっとしたニートだった気はするけど、友達はいたはずだ。うん、リアルな友達はいたと思うんだよ、思い出せないけど。

 今の俺はヘナチョコだけど、レベルの上がり方がチートに早すぎるとか、レベルアップボーナスでステータスの上がり方が無茶苦茶早いとか、チートなユニークスキルを得るとか、凄い技を身に付けるとか。あると思うんだよねー、へっへっへー。
 だって俺ってたぶん転生者なんだよ。しかもこの装備、俺ってできる奴っぽいと思うんだよ。うんうん。


 と、思ってた時期が俺にもありました。だってそうだろ? レベルが上がらないなんて思わないじゃないか。

 朝食を終えた俺が衛星に人がいる所はどっち? って聞いたら、一斉に散って行き、戻って来た一つの方へ案内された。
 今は案内された方角へ歩いている所なんだけど、もちろん森の中だよ。もちろん魔物も出て来るよ。だけど、ただの一度も戦闘にならないんだ。

 抜刀術なんてものができるはずもない俺だから、刀を抜いて両手で強く握り締めて周囲を警戒しながら衛星の案内に付いて行ってたんだよ。
 初めに魔物が出て来た時にはビビったさ。刀をさらに強く握って構えたさ。ガチガチの構えでへっぴり腰だったとは思うよ。でも構えただけで、うちの衛星達がさ、やっつけちゃうわけだよ。うん、だからもう森の中を二時間以上歩いてるけど戦闘経験は0。まだ一回も刀を振って無いんだよ。あれだけ練習したのにね。今は刀も鞘に収めてるよ。
 だから、さっきから【鑑定】を使って役に立ちそうな薬草を見つけては採ってるんだけど、俺が一回採った薬草は、俺の目に入る前に衛星達が採っちゃうんだよ。

 もうなーんもやる事が無くなっちゃってさ、今はただ歩いてるだけ。それも綺麗な道を歩いてるんだよ。本当は道なんか無いんだよ、森の中だもん。
 前を行く衛星が、エアスラッシュみたいな劣化版を低空で出しながら進んでるんだ。床のお掃除ロボットって言うの? あんな感じなのに浮いてるんだよ。
 そうすると、雑草や小さな木なんか綺麗に無くなって歩きやすい道ができていくんだよな。これがうちの案内人の衛星君ね、優秀だろ?

 昼にはお腹も空いたから、食事をできるのか聞いてみたら丸ってなるもんだから、森の中だし贅沢も言えないなと思って、肉の串焼きって言ったんだ。それなら歩きながらでも食べれそうだしね。

 そしたら本格的なやつを始めちゃってさ、炭で焼いてたよ。どっから持って来たのかとか、そんなツッコミはもう疲れた。
 匂いにつられてやってくるよね、魔物達が。焼き終える頃にはテーブルと椅子を用意してあって、仕方が無いから座って食べてると魔物の声が近づいて来ては消え、近づいて来ては消え、衛星君達が頑張ってるんだね。こんなの冒険じゃないし。

 昼食を終えるとさっきの移動の続きだ。でも、おかしいんだ。一向に疲れて来ないんだ。昨日の素振りでもおかしいと思ったんだけど、やっぱりおかしい。転生者だからかとも思ったけど、レベル1だし原因を考えてみた。
 考えられる可能性で一番高いのは衛星達だ。

「なぁ、俺が疲れないのって、お前達なんかしてる?」
 衛星達が丸を作った。
「やっぱりか……で、何をしたの? 回復とか?」
 衛星達は一度形を崩して再度丸を作った。
「そ、そう。アリガトウ」

 本当に有難いんだよ、それは嘘じゃない。魔物に襲われた所から食事や服や装備まで。何から何まで本当に有難いよ。
 でも、でもこんなんじゃないんだ。俺が知ってるチートな物語はこんなんじゃ無いんだよ!

 どうにかして魔物に一撃でも入れようと、エアスラッシュを使ってみたり、走って抜いてやろうとしたりしたけど、所詮はレベル1の俺だ。衛星達を出し抜けることも無く、一つの集落に辿り着いた。

 ここまでまったく経験値が入らなかったよ。戦闘経験は未だに0ね。



 集落は高さ1.5メートルぐらいの木の柵で囲まれていた。門もあり、見張り台の櫓も組んであった。
 門には誰もいなかったが、見張り台の上に一人いて、俺を見つけると声を掛けて来た。

 昨日からカウントして、初めての生きた人間との出会いだ。ちょっと嬉しい、顔がニヤついてくるのが自分でも分かるよ。やっぱり俺はコミュ症じゃ無かったみたいだね。

「そこの奴! その場で止まれ!」
 見張り台にいた男は弓を構えて俺に向けている。どうやら凄く警戒されてるみたいだ。
 俺は言われた通りに止まった。門までまだ20メートルぐらいある。門番の男は弓を手に持っていた。

「ここに何の用があって来た。要件を言え!」
 村には要件なんて無いけど、人に会いたかったとか色々教えて欲しいからとか要件と言えばそんなとこかな。何て言えばいいんだろ。

 シュッ!

 俺が黙っていると威嚇の為か、矢を放って来た。

 カイン! シュン! ドシュッ!

 えっ! あれ? なんで?
 衛星の一つが放たれて来た矢を弾くと同時に見張り台の男を倒してしまった。額を貫かれた見張りの男は見張り台の手すりに寄りかかったまま、崩れ落ちて動かなくなった。

 エー! なんで? なんで攻撃してんの! 相手は人間だよ! 何してくれてんの、この衛星は!
 あ、解体までやってるよー。マジか、何してんだよー。

 ヤバいと思った俺は逃げた。
 一旦集落から離れて、来た道を一目散に走って逃げた。
 十分ほど走って、走って走って、さっきの人が死んだ事を思い出して吐いた。死体の山の事も連想して思い出してしまい、更に思いっきり吐いた。

 少し落ち着きを取り戻し、周りに人や魔物がいない事を確認すると衛星を整列させた。

「全員整列!」

 十二個の直径五センチ程の衛星は、俺の前に浮かんで横一列に並んだ。

「さっきのは何なんだよ! 人間を攻撃しちゃダメじゃないか! なんで殺しちゃったんだよ!」
 オレの怒りの言葉にも、衛星達は全く反応せずジッと浮かんでいる。

「魔物と人間は違うんだよ。そりゃ、ファンタジー小説で定番の盗賊なんかが現れたら、戦わないといけないかもしれないけど、さっきのは違うだろ! 矢を防いでくれたのはありがたく思うけど、殺さなくってもいいんだよ。頼むから人間は殺さないでくれ。お願いだから」

『Sir, yes, sir.』

 ホントに頼むよ! 頼むからもう殺さないでくれ。

「あ、でも相手が俺を殺そうとする強盗や盗賊だったら手加減しなくてもいいからね」
 衛星達はジッとして動かない。
 その辺の判断ができないのかな?

「分からないんだったら、攻撃して来る奴は痛めつけるだけにしてよ。#殺__や__#ってもいいかどうかの判断は俺がするからさ、俺の指示が無かったらもう人間は殺さないでね」

『Sir, yes, sir.』

 分かってくれたと思っておこう。あとは……

 二メートルぐらいの穴を掘ってもらって、さっき殺してしまった人を全部出してもらった。
 だって解体しちゃったんだもん、バラバラになってるよ。

 掘った穴に全部出してもらって衛星に焼却してもらい、埋め戻してもらった。凄い火力だったから一瞬で何も無くなってしまったよ。証拠隠滅としてはいいんだろうけど、埋葬しても気分は晴れなかった。

 その日は流石に再び集落に行く気になれずに野宿する事にした。

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