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結人の誕生日とクリアリーブル事件2㊿




数日後 日中 倉庫


クリアリーブル事件を終えてから何日か経った。 まだほんの数日しか経っていないが、あれ程大騒ぎしていた“クリアリーブル事件”というニュースはあれ以来流れていない。
少しでも平和に戻った立川を身体中で感じながら、結人は平穏な日常を楽しんでいた。 
このままクリアリーブル事件のような、物騒な事件がもう起こりませんようにと――――心から、願いながら。 そして今、結黄賊たちは倉庫にいる。 
特に意味もなく、ただ集まっていた。 今日は休日ということもあり、後輩たちも横浜から来て全員集合している状態。 
そして彼らと同じように、結人の彼女である藍梨と友達である伊達も、この場に集まっていた。

クリアリーブル事件を終えてからこの数日間で、彼らの中で少し変わったことがある。 まずは真宮だ。 彼はクリアリーブル事件の時、一度結黄賊を裏切り仲間に手を出した。
そのペナルティとして、しばらく『結黄賊としての行動を慎むように』と命令を下す。 それが、この数日間で解禁されたのだ。 
これで真宮は自由になって、再び結黄賊の仲間と楽しく触れ合い、そしてまた抗争に巻き込まれた時には仲間の手助けができるようになった。 

そしてもう一人――――優だ。 彼はクリアリーブル事件の最中に片足を骨折、片足にヒビが入った状態になってしまった。 
数日間は入院していたが、松葉杖を使えるようになり退院。 それからしばらく松葉杖とお友達状態だったが、この数日間で完治した。 
優は両足が自由になりそのことがとても嬉しいのか、先程から倉庫の中を楽しそうに走り回っている。

そして更にもう一人――――悠斗だ。 彼はクリアリーブル事件の時、仲間である真宮に事故で背中を刺されてしまった。 
命に別状はなかったものの、完治するまでは入院生活。 それがこの数日で、傷口は何とか塞がり退院することができた。 
しばらく未来は、学校では一緒に行動する者がおらず寂しい気持ちになっていたが、悠斗が退院して元気を取り戻したようだ。 彼らの様子を見ていれば分かる。

仲間が無事に戻ってきて、結人は嬉しく思っていた。 怪我が治り、元気になった仲間たちを見て――――一人、少し微笑む。 
だが変わったのは、結黄賊だけではなかった。 彼にも――――変化があったのだ。

「「「クリーブルを抜けた!?」」」

ソファーに腰を掛けている結人の目の前では今、伊達を囲むようにして結黄賊の仲間が輪になって集まっている。 伊達から一つの報告を聞かされると、皆一様に反応した。
―――へぇ・・・伊達の奴、クリーブルを抜けたのか。
結人も彼らと同じ反応を、声には出さず心の中でする。
「どうしてクリーブルを抜けたんだよ?」
「んー、一度俺、クリーブルを裏切ったからかな。 そのせいで『自分もクリーブルです』って今更言うのは・・・何か、気が引けてさ」
「それだけ?」
「まぁあとは、クリーブル事件のせいでクリーブルの評判が悪くなったから・・・かな」
苦笑をこぼしながら結黄賊たちからの質問に答えていく伊達に、椎野が口を開く。
「じゃあ、クリーブル集会の時にいた伊達の友達たちは?」
「アイツらもみんな、クリーブルを抜けたよ。 一緒にな。 でもまだみんなと連絡は取っているんだ。 クリーブルとしてじゃなく、友達として」
優しく微笑みながらそう答えた伊達を見て、未来は真剣な表情をして言葉を吐き出した。
「抜けて正解だよ! クリーブルは横も縦も広くて色んな人がいて、幅広い年代の人と絡めることだけはいいけど、あんな最低な奴らと無理して一緒にいなくてもいい」
「そうそう。 あんな酷い奴らと同じチームって思っただけでも、寒気がするだろ」
未来の発言に、少し笑いながら御子紫もそう付け足す。 それらに伊達が苦笑を浮かべながら肯定していると、優が突然口を開きある提案をし出した。

「じゃあさ! 伊達も俺たちと同じように、結黄賊に入ろうよ!」

「「「は!?」」」

あまりにも突然な発言に、皆同じような反応をする結黄賊たち。 伊達も急に言われて、戸惑っているようだ。 
そんな彼らの様子を、結人は今もなおソファーに座りながら静かに見据える。
「別にいいでしょ? 伊達はいい人だし、即採用でしょ!」
笑顔でそう言う優の意見に、結黄賊たちはそれぞれの意見を述べていった。
「いや待て。 優、それはない」
「そうだよ。 伊達をあまりこっち側へは連れ込みたくない」
「えー!」
椎野とコウが、躊躇いもなく否定の言葉を入れる。
「それに伊達は立川に住んでいて、ここには伊達の両親もいるんだ。 俺たちは今一人暮らしだからいいけど、両親に怪我しているところを見られたら、それだけでもマズいだろ」
冷静な口調でそう説明した夜月。 その意見に、周りにいる結黄賊たちも頷いた。 そして結人も――――優の意見には、反対だった。
確かに伊達はいい人だし、最初から結黄賊に入れようと思っていたら、優の言っていた通り即採用するだろう。 
だけど彼をここまで巻き込んでしまったのは、結黄賊のせいでもある。 結人は先日藍梨を伊達に任せようと彼の家へ訪れた時、伊達のお母さんまでも心配させてしまった。
そのようなことは、結人にとってはとても申し訳なくて、できればこのようなことはもう起きないでほしいと願っていた。 
そして、伊達は結人たちの友達ではあるが、深くまでは関わってほしくないとも思っていた。 これ以上――――結黄賊でない人を、傷付けないために。
だから結人は彼らの否定する反応を見て、少し安堵した表情を見せる。 そんな時――――

「ユイ」

いつの間にか壇上にいて、結人の近くで名を口にした少年――――真宮。 呼ばれたためその方へ視線を移すと、彼は真剣な表情をしてこちらを見ていた。
その様子に違和感を感じ何も返せずにいると、ふと先日起きた出来事が脳裏に浮かぶ。 そして真宮がこれから何を言うのか予測した結人は、彼よりも先に口を開いた。
「・・・決めたのか」
「うん」
なおも真剣な表情でそう返事をした後、少しの間を置いて続けて言葉を付け足す。
「俺の気持ちは、変わらない」
「・・・そっか」
真宮から揺るぎない意志を見せ付けられた結人は、何も言えなくなり一瞬視線をずらした。 そして彼の方へ視線を戻し、尋ねかける。
「それは、自分で言えるか」
その問いに対して真宮が頷くことを確認すると、ソファーから立ち上がり仲間の方へ足を進めた。 
壇上から落ちるギリギリのところまで行くと、今もなお伊達を結黄賊に入れるかどうかを口論している彼らに向かって、大きな声で言葉を放つ。
「お前ら! 聞いてくれ!」
その声により、みんなは一瞬にして静まり返り結人の方へ視線を移した。 彼らが自分に注目したことを確認すると、続けて口を開く。
「真宮からお前らに、話があるようだ。 ・・・じゃあ真宮、あとは頼んだぞ」
結人は真宮に目配せをした後、ソファーには座らずに壇上の後ろの方へ下がった。 それと同時に、真宮は結人が先程までいた場所まで足を進める。
そして仲間のことを一通り見渡した後、意を決してハッキリとした口調で宣言した。

「俺、真宮浩二は、今日をもって結黄賊の副リーダーを降ります」

「「「!?」」」

みんなは口を開かずに、表情だけで反応を見せる。 結人も、黙ったままだった。 そして続けて、真宮は一人の少年を見据えながら指名する。
「俺が副リーダーを降りる代わりに、八代夜月。 夜月に、次の副リーダーを任せたい」
そう言い終えると、一斉にしてこの場はざわめき出した。 ただ一人――――椎野を、除いては。 そんな彼らを見て呆れた結人は、もう一度仲間に向かって言葉を放った。
「おいお前ら! 真宮の話をちゃんと最後まで聞け!」
その命令により、再びこの空間には緊張感が張り詰められる。 そんな中、彼は自分の気持ちを静かに打ち明け始めた。
「今まで俺は、みんなにたくさんの迷惑をかけてきた。 一度結黄賊を裏切った俺を無理に信じてもらうより、他の誰かを副リーダーにして、ソイツを信じた方がいいと思う。
 その方が、みんなも無理に俺を信じなくて・・・済むだろ?」
「「「・・・」」」
真宮の言葉に黙り込む仲間たち。 だがこの中で一番混乱しているのは、きっと夜月だろう。 そう思った真宮は夜月の方へもう一度視線を移し、優しい表情をして語り出した。
「夜月は一度、クリーブルへ行きかけただろ? だけど最終的に、俺たちのところへ戻ってきてくれた。 それにその出来事のおかげで、ユイのことをより信用できたんじゃないか?」
「ッ・・・。 ・・・でも、どうして俺なんだよ」
夜月のその問いに、なおも優しい口調で言葉を紡ぎ出す。
「夜月に副リーダーを任せたいっていうことは、最初から決めていたんだ」
「何で?」
その質問に対し――――真宮はどこか少し寂しそうな表情を見せながら、こう答えた。

「だって俺よりも、夜月の方が・・・ユイのことを、一番よく知っているだろ」

「ッ・・・」
それに一瞬の反応を見せてくれた夜月に――――もう一度、同じことを尋ねかける。
「夜月。 結黄賊の副リーダーを・・・やってくれるか?」
「・・・」
その言葉を発してから、数分が経った。 夜月は悩みに悩んだ結果――――ついに答えを、口にする。
「・・・俺でよければ。 折角だし、やらせてもらうよ」
夜月がそう決意した途端、この倉庫にはたくさんの声が響き渡った。
「真宮、今まで副リーダーお疲れ様ー!」
「夜月なら副リーダー、似合うと思うぜ」
「ユイと真宮のペアは見ていて安心するけど、ユイと夜月のペアは心強いって感じがするよね」
「真宮は人の考えを読めるから、これからも副リーダーでいてほしかったって言うのもあるけど」
そんな彼らの反応を見て、一番驚いたのは――――結人だった。

―――おいおい・・・それは、お前らの優しさなのか?

互いのことを褒め合い慰め合っている彼らの言葉を聞きながら、結人は壇上で一人苦笑する。 だがここで――――ある一人の少年と、ふと目が合った。 それは――――椎野だ。 
彼に関しては、先日カラオケへ行った時真宮が副リーダーを降りたいという話を聞いていたため、今それを聞いてもあまり驚かなかったのだろう。
そんな椎野は、結人のことを見て少し微笑んでいた。 その笑みは、苦笑からきているものなのか、それとも安心からきているものなのか――――
複雑な感情がたくさん入り混じった中、結人も優しく椎野に微笑み返した。


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