バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第22話

「失礼するぞ」

 靴を脱いで入ってきた人物の、その太く低い声を二人は知っていた。

「荒山総主任!?」
 
 そう……久重重工第一研究所の総主任――荒山敬一郎だ。

「おはようございます。荒山総主任」

 突として現れた荒山に驚きの声をあげる澄人と、頭を下げるナオ。

「(なんで荒山総主任が……?)」
「(澄人、挨拶をしないと)」
「(ああっ、そ、そうだった!)」

 ナオに脳内音声で言われ、澄人は慌てて朝の挨拶をする。

「お、おはようございます!」
「おはよう」

 荒山は二人のいる畳の前までくると、その厳つい顔で道場内を見回した。

「あの……どうして道場にこられたんですか?」
「最近、朝にこの道場を使っている者がいると小耳に挟んだものでな」
「あっ、もしかして道場を使う際には、許可が必要でしたか?」
「いいや。誰が使っているのか気になったので見にきただけだ」
「気になっただけ、ですか……?」

 本当にそれだけの理由で道場にきたのか? と澄人は思ったのだろう。少しばかり首をかしげた。

「少し見させてもらってもいいか?」
「は、はい。それは構いませんけど……でも、始めてからそんなに月日が経っていなくて……まだまだ動きも良くないですから、見てもおもしろいものでは……」
「予防線を張るな」
「はい……?」
「始めてから月日が経っていないから……動きが良くないから……そんなことをわざわざ言うなと言っている」
「すっ、すみません……!」

 鋭い目を向けられた澄人は、縮こまるように肩をすぼめた。

「それに、見てもおもしろいものじゃないと言ったな? お前は、他人におもしろおかしく見てもらうために、この道場を使い始めたのか?」
「いいえ、違いますけど……」
「ならば、そのようなことは今後口にするな。他人に誤解を与える。わかったな?」
「はぃ……」
 
 澄人が弱々しい声を出すと、荒山はムッとした表情になった。

「わかったのか? わかったなら、しっかり返事をしろ」
「は、はいっ!」
「貴様も、もう二十歳(ハタチ)になったのだろう? 返事くらい、ちゃんと他人に聞こえるように言え」
「は……はぃ……」
「……聞こえんぞ?」
「あ、はっ、はい!」
「結構」

 澄人の返事を聞いた荒山は、壁際にある折りたたみイスに腰掛けた。

「それでは澄人。続きをやっていきましょう」
「うん…………(うう……荒山総主任に見られながらすることになるなんて……)」
「(あはは……まあ、これも一種の精神鍛錬だと思って)」

 そうして荒山に見られながら、澄人とナオは再び組手を始めたのだが……。

――ドバンッ!

「うっ!」

――バシッ!

「ぎゃっ――」

――ドンッ!

「うごっ……!?」

 澄人の動きは一気にぎこちなくなり、ナオに投げられ、返し技をかけられ、打撃によってバランスを崩され……そんな組手を五本――計十五分やり終える頃には、澄人は息を切れ切れにしながら、畳の上で大の字になっていた。

「はあ、はあ……ぜぇ~……っげは……はぁっ、はー……」
「澄人。起きられますか?(すみません、澄人……。一応、手加減はしたんですけど……)」
「ひぃ……ひぃ……ひぁ……(大丈夫。痛くはないから……ただ、もうちょっと……休ませて……)」
「……そのままでいてください(すぐにスポーツドリンクを持ってきますから)」

 と、ナオがスポーツドリンクを取りに行こうとした時だった。

「……これだろう?」

 荒山が畳にあがり、ペットボトルとタオルを持ってきた。

「ありがとうございます。荒山総主任」
「あ……あひが……げほっ、げほ……」

 相当、喉が乾いているのだろう。荒山に、「ありがとうございます」と言おうとした澄人の声はガラガラで、咳も出ている。

「澄人、飲んでください」

 膝をついたナオに体を起こされ、キャップを開けたペットボトルを渡された澄人は、彼女にタオルで汗を吹かれながら、スポーツドリンクをグビグビと飲み始めた。

「ゴクッ……ゴクッ……ゴクッ…………げはっ……はぁ……ふー……」

 その姿を見た荒山は、澄人を見下ろすと……

「……十五分でこれか」

しおり