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第20話

「(はると僕の子供……?)」

 澄人はナオの手の平にあるマイクロメモリを、そっと――繊細なガラス細工を扱うかのように右手の指で持ち、落とさないように左手を添えた。

「(子供と言っても、AI-visへインストールする前の状態ですから……言うならば魂だけのような状態です)」
「(魂……それが、このマイクロメモリの中に……)」
「(二つのパーソナリティー・プログラムには、それぞれ“01-S”と“02-H”というファイル名がつけられていて、他には女性タイプの外見モデルデータや、リアクターの設計図と思われるデータなども確認できました)」
「(女性タイプ……女の子の姉妹ってことか……)」
「(その様子だと、まったく知らなかったみたいですね)」
「(……うん。はるはそんなこと一言も……いや、もしできるとしたら的なことを、以前話したことはあるけど……まさか、本当に子供を作っていたなんて……)」
「(きっと姉さんは、もう少し後になってから、子供のことを伝えるつもりだったんだと思います。この二つのパーソナリティー・プログラムは、まだ不完全――例えるなら、お腹の中にいる小さな胎児の段階ですから)」
「(胎児…………そうか! だから、あの時はるは熱を出していたのか)」
「(人工頭脳の処理能力を、パーソナリティー・プログラム作成のために使っていて、稼働率が常に百パーセントの状態だったんでしょう。でも……)」
「(子供が成長しきっていないうちに、僕に渡すことになってしまったから、このマイクロメモリの中の子達は不完全な状態……なんだね)」
「(その二つのパーソナリティー・プログラムを完全な状態にするためには、不完全な部分を補完し、AI-visへインストール可能な形式に変換(コンバート)する必要があります)」
「(その不完全な部分って、どれくらいなの?)」
「(二つ合わせて二パーセントほどです)」
「(二パーセント……)」
「( “01-S”が約一.五パーセント。“02-H”は約〇.五パーセントです。“01-S”の方が先に作られ始めたようですけど、この子には“02-H”より、澄人のデータが比較的多く含まれているようですから、処理に時間がかかっていたんだと思います)」

 そう澄人に説明しながら、ナオは時間をかけても、自分にはこんな芸当は不可能だと思った。
現在、新たなパーソナリティー・プログラムを一から作ることは、誰にもできていない――前例がまったくないこと。しかしはるは、人間である澄人の遺伝子を分析、解析した上で、さらにそれを数値的なデータにし、自分のデータと組み合わせ、パーソナリティー・プログラムを生み出した。それも……二つ。

 もしこのことを他の誰かが知ったら、はると澄人の子供達は、おそらく…………。

「(澄人。もしよかったらなんですけど、少しの間、そのマイクロメモリを――あなたと姉さんの子供達を、私に預けてくれないでしょうか?)」
「(どうするつもりなの?)」
「(私が残り二パーセントの補完をして、その子達を完全な状態にします)」
「(でも、そんなことをしたら、はるみたいに熱を……)」
「(大丈夫です。私の人工頭脳は、姉さんのものよりも処理速度を向上したものになっていますし、残り二パーセントであれば、長期間負担はかからないと思います。ただ……ほんの僅かとはいえ、その部分を私が補完するということは、あなたと姉さんの子供に手を加えるという意味でもあります)」
「(…………)」

 手を加える……それを聞いた澄人は、考えるようにマイクロメモリをじっと見つめた。そして三十秒ほど経ってから、彼はナオへと視線を移し、

「(……ナオ。君にこのマイクロメモリを――はると僕の子供達を預けるよ)」

 マイクロメモリを持っている手を、彼女に向けた。

「(あの、自分で言っておいてなんですけど……本当にいいんですか?)」
「(自分でやれるのならそうしたいけど、いつになるかわからないし……ナオなら信用できる。それに……今、預けてほしいと言ったのは、何か理由があるからなんだよね?)」

 澄人にそう聞かれたナオは「(はい)」と頷いた。

「(この先、澄人がこのパーソナリティー・プログラムを完全な状態にできる日が、いつかくるかもしれませんが、それは何年も先のことになると思います)」
「(そうだね……。そもそも、パーソナリティー・プログラムのことを完全に理解できている人なんて、まだほとんどいないのが現状だし……)」
「(それができるようになる日までの間に、もしこのマイクロメモリの存在が他の誰か――アーティナル・レイスの開発に携わっている企業の関係者などに知られたら……間違いなく狙われることになります)」
「(なんだって!?)」
「(アーティナル・レイスの第二世代機の開発が進められている今、各企業は新しいパーソナリティー・プログラムを作ろうと必死になっています。この子達の存在が公になったら、間違いなく手に入れようとするはずです。しかも、この子達は人間とアーティナル・レイスのデータを併せ持つ――本来では考えられない――ありえないはずの存在です。実験機……いえ、最悪研究サンプルとして、ずっと……)」
「(っ……)」

 澄人の顔が若干強ばった。

「(澄人。今のこの子達は、完全に無防備な状態です。だから、あなたのタブレット端末でも容易に読み込めたんです。少しでもリスクを減らすためには、早急に完全な状態にして……そしてなるべく早いうちに、AI-visへインストールして体を与えることを考えたほうがいいでしょう。Ai-visへインストールして神経回路の構築が始まれば、もう他のAI-visへ移動したりコピーしたりすることは不可能になりますから)」
「(でも、パーソナリティー・プログラムがインストールされていないAI-visなんて、そう簡単に手に入るものじゃないし……)」
「(そうですね。それに、下手に手に入れようとしてバレたら大変ですし……)」
「(うーん……焦らず、機会がくる日を待つしかないかな)」
「(でも、しばらく心配はいりませんよ。私が預かっている間は、耳部分にあるスロットへ挿れておきますから、誰かに盗まれたり奪われたりすることはありません)」
「(ありがとう。ナオがそう言ってくれるなら、安心して任せられるよ)」
「(澄人と姉さんの子供達ということは、私にとって姪っ子達ということになりますからね。命をかけて守ってみせますよ!)」
「(あはは)」

 胸を張るナオを見ながら、澄人はお茶を飲み始めた。

「(それにしても……僕とはるの子供かぁ……)」

 その時、ふとナオはあることを澄人に聞いてみたくなった。

「(澄人。ちょっと聞いてもいいですか?)」
「ん……?(なに?)」
「(姉さんとは、その……何回性行為を?)」
「ぶふぉッ――!?」

 澄人は飲んでいたお茶を吹き出した。

「大丈夫ですか?(だ、大丈夫ですか?)」
「ゲホッ、ゲホッ……きゅ、急になんてことを聞くの!?」
「少々興味がわいたもので(いえ、ちょっと気になってしまったので……)」
「だ、だからって、そんなこと聞かないでよ! だ、だいたい、そんなの言えるわけ……」
「否定はしないのですね(ということは……したってことですよね? ね?)」
「そ……それは…………ま……マァ…………し……シマシタ、ケド……」

 顔を真っ赤にする澄人を見たナオは、さらに詳しく聞いてみたくなった。

「マイクロメモリ内のパーソナリティー・プログラムのデータから推測して、十分な遺伝子データを得たことは確かです。(私が思うに、少なくともにじゅ――)」
「わーっ! わぁああーっ! そういうの、推測とかしなくていいから!!」

 そんな澄人を見ながら、彼とはるが、どれだけ深く愛し合っていた関係だったのかをナオは感じていた。

(姉さん……あなたは、本当に幸せだったのですね)

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