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午後の講義を受けて、帰ろうとしたら高田が追いかけて来た。何かな、バイトへ急ぐのに。
「新宮 柏、たまたま聞いた、先に謝る」
トレンチコートを着た高田がやけに雄々しく見える。
猛々しい。腕を振り、やるせない感じだ。
「なにが」
「あのおちびさんとランチしただろ。聞こえた、」
顔が強張っているな。
どうした。
「そんな大きな声だった?」
「おい、新宮。話しただろう。おまえを狙うものは多いんだ」
聞き耳立ててるものが居たのか。
妙な事に成らないといいけどな、須津に迷惑かけたらすまない。

「おちびさんと、本音で話せてるか」

「いや、多少は気を使うよ、高田には話すけどさ、告白されたんだ。無下に出来なくて」

「おちびさん。いや、須津だったな。おまえの同居人。おまえの全部を欲しがっているぞ」

どういう事かな。
話がしたい、夜を一緒に過ごしたい、寂しい、以外に何かあるかな。

「管理栄養士に成っても付いて行く気だぞ。覚悟はあるか」
「将来って事? まさか、言い過ぎ」
「特別に成りたいと聞こえた」
「ああ、そう言ってた。俺も、そう考えているだろうなと気付いてたよ、それが?」
高田が呆けてる。
どうしたんだ、
「縋られた事のない、新宮 柏」
「は?」
「そうだろ。おまえが断われば大概の奴は『相手がいる』と諦める、そのレベルの見た目だ」
そうだったのかな。
「その気がないなら早めに手を打てよ、振る時期を逸してるんだぞ、おまえは綺麗だし人柄も素直だ、見ていられない、将来を打診されてるんだ!」


高田が何を言わんとしているか分からない。
「綺麗なものが自分を見返らないと思ったら、どうするか、新宮は知らないだろ」
「買い被りだ、」
「おまえは水色が好きだよな、自由の象徴だ」
「そうかな、意識はしてないけど。まあ、好きだよ」
「そんなおまえを黒く塗りつぶしてでも、落としにかかる。人間には闇に近い欲望がある。まっさらなおまえがここまでよく堪えて生きて来たと思うよ、奇跡だ」

顔がひきつる、まさかだ。

「振ればかわせた相手じゃないぞ。あのおちびさんはオレから見てもおかしい。固執している。どうして一緒に住んだ? 隙があるぞ、新宮」

「たまたまだよ。希望する進路が同じで」
「それも聞いた、懐に飛び込ませた責務は重い。おまえはあのおちびさんをあざ笑うくらいの気高さが必要だ。幸せにしたい親御さんが居るんだろ、身を守れ、心を引き渡すな」

でも、友人だ。気持ちを知って欲しいとは思うが。

「大切に育てられたな、見ていて分かるよ。もっと人を軽んじてもいいくらい綺麗な顔立ちなのに。人目を惹く、引き手数多な新宮」
「言い過ぎ、」

「あのおちびさんが新宮を幸せにするとは思えない!」

高田が大きく片手を挙げて、空を切り、勢いよく振り下ろした。何かを断ち切られた、俺が間違っていたのか?
足元がぐらつく。がっしりとしたブーツのドクターマーチンを履いているのに。

「人間を甘く見るな。傷付けられる様を見たくない。おまえが大事だ、好きだからな、譲り渡すな。頼むから!」

両腕を抱え込むように掴まれた。
俺は崖に立たされていると実感した。
落下する様を見せる訳にはいかない。ここまで言ってくれる友人は初めてだ。

「もうカウントダウンだ。新宮」
「どういう事だよ」

「いつでもおまえを助けるつもりだ、暴き出せ、闇を突き放せよ。志を簡単に捨てるな、そんな新宮のひたむきさにオレは惚れたんだ」


地下鉄の出入り口に差し掛かると「柏!」と腕に飛びつかれた。
「帰ろう」
「あ、ごめん。バイトって言わなかったかな。早く帰るから、」
「僕も行くね」
は、まじか。
「いいけど、店で待つつもり? 4時間は待たせちゃう」
「一晩待つより短い」
その笑顔、目に光がない。どんよりと曇る、闇だ。
断る理由がすぐ見付からない。振り払う気力が無い。友人・と思うと無下に出来ない。

カフェはこじんまりとしているが、郊外に立地しているせいか繁盛する。店内は白と赤で配色されて、女性受けする。年配の方も来られるが、若い男女が主だ。
制服扱いの白い襟に深紅と白と紺色を連ねる小奇麗なストライプなシャツに黒いギャルソンエプロンを腰にまとい、厨房に挨拶すると「新宮くん、ちょっといい?」と店長に呼ばれた。なにかな。須津を連れて来たから何か言われるか。
「働きぶりがいいから時給を上げようと思う」
「ありがとうございます」
「お客に受けがいいし、食べログの評価、見た? きみのこと書いてる人が居るよ。綺麗な男性が居るって」
「はあ、そうですか。お店に貢献出来ればいいのですが」
「新宮くんさ、今、フリーだよね。お相手の話を聞かないから」
「ええ、」
「どうかな」
「はい?」
「きみを抱え込もうと思うんだ。お店側としても、私個人として。きみは今を生きる為に苦労しているが素直だし、美しい」
壁に後頭部を打ち付けた。隙があるのか、俺には。


「以前から口説こうとは思った。きみの全部を引き受けたい」
何がどうなっているんだ。
「妙な友人を連れて来たね。あの子、きみしか見てないな」
「同居人です」
「きみは綺麗なのに、それを鼻にかけない。取り込まれるよ。私なら救える」

誰が見ても、須津は闇なのか?

「友人です。侮辱しないで下さい」
「向こうはそう思ってなさそう、そうでなければ、日参しない」
「はあ?」
「気付いて無いの? あの子、よく来てたよ。可愛い顔だからすぐに覚えたし、きみをずっと目で追いかけてた。新宮くんは全く眼中になかったみたいだね」

「追い詰めて悪いね。でも、きみがあの子を連れてくるのは想定外で焦ったんだ」
「いえ、」
怖いけど。
「何か飲むかい、一息ついたら。カフェオレが好きだよね」
「結構です」
不意に髪を触られた。
「よく似合う、どうしたら落ちるんだろう」
「やめて下さい」と腕を払った。

「その調子で、曝け出さないと今を生きていけないよ、新宮くん。再度口説く、どうかな。身を守るなら相手が必要だな。きみはひたむきだから。その容姿で隙があり過ぎる」


即、お断りの返事をした。下手したら、ここでのバイトが不可能だな、迫られて拒んだ。
気持ちを切り替えてお客様にオーダーを窺うと「おお、評判通りの美人だ」と誉められた。皆、俺の容姿が目当てか。まいった、下手な事が出来ない。
「恐縮です、」
そのとき背中に鋭い視線を感じて、冷たい汗が流れた。
見られてる、須津に。
見返ったらまずい、監視のつもりだったのか。

何処まで俺に囚われるんだ、本気で俺を好きなのは分かるけど常軌を逸してる。
お客様にオーダーされた雪丸レアチーズケーキと紅茶を提供し、一礼すると「写真いい?」と聞かれたので「構いませんよ。食べログですか?」

うちのカフェの雪丸レアチーズケーキは店長の拘りがあるからな。丸くて可愛い形状の中身に北海道産のハスカップがサンドしてある。数種類のチーズと生クリームの甘みと酸味が絶妙だ。白さと紫の色合いも鮮やか。
まだ調理師の免許すらないから厨房には立てないが、味見したから分かる。自慢したい。

「貴方だよ」
は?
返事を待たずに撮るかな。

「わあ、でも実物の方がいいなあ。また来るね。名前は?」
「新宮と申します」

「笑顔もいいなあ、新宮くん」
「ありがとうございます、またお越し下さい。お待ちしております」
ぐいぐい来てる、でもこの感じに慣れてしまった。



「握手して」
は?
断われなくて手を広げて差し出した。

「冷えてるねえ、何か飲んだら? 奢るよ、新宮くん」
「いえ、お気持ちだけで十分です。あの、すみません。失礼します」

一息ついて須津が構えるテーブルに歩み寄った。あれ、苦々しい顔つきだな。
矢張り、待たせてはいけなかったな。早めに上がらせて貰おうかな。

「待たせてごめんね、後10分くらいだけど」
「……」

無言か、

「お水でも飲む? あまり紅茶を飲むと夜、眠れなくなるよ」
さりげなく切り出したつもりだった。

「その笑顔が嫌いだ」

耳慣れない低い声に怯んだ。
「は?」

「僕だけに向ければいいのに、他人に媚を売るきみの笑顔は嫌だ。死ぬほど嫌いだ」

思わず前髪をかきあげて須津を凝視した。独占欲、か。
可愛い顔をしているのに、なんて醜い欲望。

「……部屋で話そう。時間は空ける。いいね?」
初めて本気で須津を見つめて、諭すように言いながら突き放した。立て直すなら正面から行く。


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