バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

1

買い物帰りに休憩で立ち寄ったカフェで、頼んだカフェオレの香りが漂うが。
「今オレが何を言ったか聞いてないだろ、新宮(しんぐう)」
尋ねられて気が付いた。
大学で知り合った友人の高田が頬杖を付いている。
着ている面ボアの白いニットが品よく見えるが、ショートヘアのおらおら系な印象の顔立ち。服が中性的で好印象だ。
「ああ、ごめん。このジャムに含まれる成分を見てた」と手にしていたジャムの瓶を渡した。
「まだ栄養士にも成っていないのに。真面目だな。週末くらい、学業から離れろと言いたいが、おまえの事情を聞いてしまったからな。応援する」
「ありがとう」
いい奴だな、そう感じながら「高田、趣味が合うよな。今日アイテムを増やした服、同じショップで買ったよね」
足元に手提げの紙バック。高田と同じ量だな。
「オレも思った。新宮って初見と違うな。もっと遊んでるかと思った」
「どういう事かな」
「おい。鏡を見ろ、器量よし。もしくはこのカフェを見渡せ。視線が食らいついてるぞ。派手な美人よ」
こわい。
「新宮は遊ばないのか? 相当もてるだろ」
「学業が優先だよ」
「……オレさあ、1人暮らしなんだけど、一緒に住まないか? 新宮なら上手くやっていける気がする。家賃も折半で、そうしたらおまえの苦労が減るだろ。お母さんも安心するんじゃない?」

高田には俺の両親の事を話したな。
どうも気軽に話せてしまう相手だ。付き合いは浅いのに、親しくなるのには時間は関係しないのかな。
趣味が合うからかな? よくこうして大学の構内以外でも会うし。

「有り難いけど、高田、俺にはもう同居人が居る」
「へ? 相手が居たのか。矢張り、相手に困らん奴だな」
「違うよ。ただの友人」と返すと、襟のリボンタイを指で引っ張られた。解けるからやめて。
「藍色と黒のストライプのシャツ、似合うよな。オレもそういう服、好きだけどさ、隙だらけ」
「そう?」

「おい、新宮。呆けるな。よく聞け。おまえは友人のつもりでも相手は違うぞ、多分だがな」
「はあ?」

「新宮みたいに容姿の優れたものと一緒に住むなんて下心があると踏め。おまえはどうやら人を疑わない。まっすぐに受け止める、それが新宮の良さだが」
なにやら真剣な眼差しだな。

「人間って、やさしいだけの生き物じゃないぞ。おまえの目の前の、カフェオレみたいには加減が出来ないものが居る」
「どういう事かな」
「独占欲は誰しも持つ。それが暴発したら、新宮、果たして、どう対処する? 今すぐ考慮しろ。……グロテスクな感情、知ってるか? おまえを不幸にしてでも手に入れたい醜い欲望だ。おまえは知らずに生きて来たな」
リボンタイが解けて襟元が露わになった。喉元を抑えたが。

「絡め取られるぞ、器量よし。何かあれば何時でも呼べ。LINE交換したもんな」
高田が水色のフレンジストールを渡し「新宮の好きな色だろ。羽織っていけ、もう外は冷えるから」





自室のドアを開けたら笑顔が飛び込んで来たので「おはよう」と挨拶した。習慣だ。
「朝、目が覚めて『おはよう』と1番に挨拶が出来るのが、きみで幸せに思うよ、新宮」
どうしたんだろう。
同居している友人の須津(すず)が唐突な事を言い出した。
朝、顔を合わせて「おはよう」と挨拶するのは当たり前なのに。何かいい事でもあったかな。
そういえばバイトを探していたんだった。見付けたのかな。近頃はあまり会話をしていない、俺がバイト漬けで帰宅が深夜に及ぶから、友人は先に寝ている。顔を見るのは朝だけだ。
少し、距離は感じていた。
「そんなに幸せに感じなくても。毎朝、顔を見てるよね」
冷蔵庫に入れておいたペリエを取り出し、飲もうと蓋をひねった。
「久しぶりにきみの顔を見た気がする。ねえ、こんなに背が高かったんだね」
「は? そうかな」
言われて戸惑った。しかも歩み寄られて見上げてくる。
あら、確かに友人は背が低いな。こんなに差があったかな。俺は178センチ、友人は165くらいか。
「何か、あった? 今朝は変だよ」
「新宮、きみに会えて嬉しいんだ。会いたくて眠れなかった」
は? 
冷蔵庫から取り出したペリエを床に落とした。炭酸の細かな泡がしぶきをあげた。抑え込んだ友人の恋情が一気に噴き出し、向けられたと感じた。

友人が、垣根を越えた。
俺に好意を寄せている。どうしよう、そんな目で友人を見たことがない。でも床には泡を含めたものが広がり濡らす。何時の間に、恋焦がれたんだろう。こんなに側に居ながら足元を想いで満たすまでなんて。


「新宮、きみはいつも自分に似合う服を着てるよね」
「そうかな」
もう大学へ行くつもりでチェスターコートを羽織り、テーブルに置きっぱなしの藍色と黒を組み合わせたグレンチェックのストールを巻こうと思うけど、いつもの格好だと思う。
「きみは小顔で顎が尖った美形だからか首が長く見える」
「そうかな?」
思わず項に手を当てた。
「そのうねりの利いたハードウエーブマッシュの髪型がよく似合う。顔に映える」
「そう?」
言われるままに、くせ毛みたいなパーマをかけた髪をかき上げた。
「違うよ、顔だ」と肩を抱かれてぐいと引き寄せられ、キスされた。
「……はあ?」
顔が近い。キスされた衝撃もあるけど、友人の須津がやけに可愛く見える。つま先立ちしてるのが分かる。
恋心を寄せられている実感のせいか。やばい、どうしよう。そんなつもりで高校生時代、須津に「同居しない? 同じ大学に行くんだろ。家賃が折半になれば楽じゃない」と誘ったんじゃなかった。たまたまだ。

「ねえ、須津。いつから俺を好きなの。意識してくれたの、何時くらい?」
「きみが校内で雪だるまを作って皆を笑わせたよね。それから意識した」
高校3年の冬・の話かな。その年は珍しく雪が積もった。
受験の気晴らしに戯れた。見てたんだ。

「こんなに大人びたきみが子供みたいな事をするから意識した。それに、他にも同じ大学へ行く友人が居るだろうに僕を誘った。想わずに居られないよ。新宮 柏(かせ)、僕と付き合って。きみが好きだ」

正直、頭を叩かれたような衝撃だ。
しかし無下に出来ない、須津は真剣だ。まっすぐに俺を見てる。気持ちを大事にしないと。
さっきまでは友人で、同居人。朝、挨拶をする程度の間柄。
「返事、少し待ってくれるかな。きちんと考えたい」
「何処かへ行っちゃうの? またバイト仲間と遊びに行くの?」
ああ、離れたらだめだ。
置いていけない。
「最近、帰りが遅いよね。柏は人気がありそうだから交友関係が広いのは分かるよ。でも、1人の夜がこんなに長くて寂しくて辛いなんて。きみに知らされた」
先に寝てたんじゃないんだ。
「眠れない夜が続いてる」
ああ、そんなに思い詰めて。俺なんかの何がいいの、須津、きみこそ可愛い顔してると思うけど、バイトでもしたら知り合いが増えるに違いない。でも部屋に居て、俺の帰りを待つなんて。
どうしたらいい。

この須津を救いたい。
想いを受け止めたい。
でも踏み切れない、須津は友人の枠なんだ。
キスされて少し動揺したけど、すぐに揺れる程、芯がぶれない俺は不器用で応用がきかない。

でも出来る事はある。分かる。
「須津、一緒に大学行こうか」
「えっ」
そうだよね。一緒に住みながらも受ける講義が違うから別行動だった。
俺は管理栄養士に成りたいから、同時に調理師免許も取得に励んでる。それを活用したくて、カフェでバイトしながら実地訓練を兼ねている。
本来なら和食割烹店が良かったけど経験者じゃないと受け付けてくれなかった。
帰宅が遅くなるのはカフェのスタッフに遊びに誘われて、断り切れずに応じてるから。
きみが、待っているなんて思いもしなかった。
思い遣りの無い人間だ。それは自覚した。
「柏、すぐ準備する、待ってて」
「急がなくてもいいよ」
「だって、柏は2限から受講だよね」

「はっ」
俺を把握しすぎてる。愛情を越えたグロテスクさえ感じるが、狂わせたのは振り向かない俺だ。
「これ似合うかな?」
襟元がくしゅくしゅのニットだ。ミントの色合い。それさあ、
「須津、似合うけど」
俺の好きな色だよね。青系統。
「いつも着てたっけ」
聞くのも辛くなる。何時からだ、こんなに俺を想い、自らを狂わせた事に気付かないなんて。

「須津、ストール貸すね。行こうか、並んで歩こう。きみから離れないから安心して」
「うん!」
嬉しそうにダッフルコートを羽織い、見上げてくる。壊さないようにストールを巻いた。
その目には俺しか映ってないんだよね、包んであげないと粉々だ。
友人は全てを俺に託してる。俺に見てくれと訴えている。嫌悪できない、たとえ一方的な想いでも、きっかけは俺だろう。この黒い瞳を、心まで黒く塗ったのは、俺なんだ。


管理栄養士に成ろうと決めたのは、親が離婚して母方についたのがきっかけだ。
片親で俺を育てた母を見て、楽をさせたい。そして栄養の行き届いた食事を提供して長生きしてほしい。
その一心だった。
この文理大学はA1ランク。同列に有名なつくば大がある。それなりに学んで健康栄養学科に合格した。
大学には他に植物の生態を学ぶ応用植物学科がある、須津はそれを専攻した。
その話を他の友人から耳にして「変わってるな。面白い奴」と思った。将来性が感じられなかったから。
生き様が違うものと暮らしたら、価値観が変わるかな?
そんな予感もして、たまたま「一緒に住まない?」と声をかけたんだ。

ムートンブーツを履いて一歩下がる須津。
ああ、そうか。
「手、繋ごうか」と腕を差し出した。
「ありがとう!」
ぎゅっと握られた。何処へも逃がさない、そんな強い想いが感じられた。

立て直さなければ、須津は植物のように枯れてしまう。こんな真冬に生きられる植物なんて、俺は詳しくないから断言出来ないけど、室内で育てるサボテンだ。丸くて人目を惹くが、棘がある。
たまに水分を与えないと。そして声掛けをすると応じる植物らしい。育ってね、大きくなってね、そう言うと不思議と育つとカフェで聞いた。だから会話の絶えない店に置くのだと。

「須津、俺に何か話があるよね」
「沢山あるよ、いっぱい話したい。きみを独占したいくらいだ。綺麗なきみを」
体が反りそうだ。ぐらつく、俺の責任ははるかに重い。


「このまま一緒に、ずっと歩きたい」
「うん、時間が許す限りは側に居るし」
「時間を作ってくれないかな? 柏と夜を過ごしたい。もう1人の夜は寂しいんだ。きみと暮らしてから初めて気が付いた」

俺は、きみの特別なんだね。

「分かったよ。とりあえず、受講はして。ランチは一緒に食べよう」
「誰かに誘われてないの?」
「心配しないで。須津を優先するから。ねえ、そんなに縋らなくていいよ、ちゃんと考えるから、きみを無下にしない。これだけは今言える」
実は大学で出来た友人に誘われてはいた。それに趣味を同じにする高田も居る。
「僕を見てない。誰か、心に居るんだね」
「居ないよ、今フリーだ」
「僕を見ないから分からない。何に興味があるのかさえ、分からないんだ」

確かに放置した。友人だから構わないと思った。しかしだ、
黒い闇だ、独占欲が滲みでている。救わないといけない。大事な友人だ。その先は分からないけど。

「何でも話すから安心して。それにしても俺の何処がいいの」
「今まで会った誰よりもきみは綺麗だ。こうして一緒に歩くのが誇らしい。高揚するんだ」
「自覚無いけど」

容姿がいいからとカフェで誉められるから、そうなんだろう。実際、告られる側だ。綺麗な顔に産んでくれた親に感謝だ。でも 須津は俺の容姿しか見てないのか? 歪んでる。どうしたら。
全力を尽くす、大事な友人だ。

しおり