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SS46-1

「おかえりなさい。」

 その少女は《《悔しそうに》》歯ぎしりをした……弾むような声で。
 表情と言動が合っていない。|こちら《おれ》に顔を向けているが見えていないのだろう、焦点が合っていない。

「《《また》》来ちゃったのね……ふーん、あなた―――」

 また? 俺は初めて来たはずだ。この少女とも面識が無い。
 こいつは何を言っている?

 少女はこちらの様子を見て、姿勢を正し、口を開く。

「―――《《何番目》》?」

―――――――――――

「ぬあぁ!」
「うわっはぁ! あでっ!」

 嫌な夢を見て、飛び起きた。猫が威嚇するように毛を逆立て、目と耳で周囲を警戒する。至近距離に顏を近づけていたエラはひっくり返ったようだが無視。
 数秒後、トルーデの別荘だと気付いて警戒を解く。

「起きるなら言ってよ~。」
「どこを探したら《《起きる前に言うキツネ》》がいるんだよ……。」

 床に座ったエラに砂浜での出来事を聞く。
 どうやら俺は流砂にのまれそうになったらしい。エラは「カッコ良く助けた」と言っているが……。
 素直に感謝を述べると、いたたまれないエラは下を向いてしまった。
 ……ウソをつけない性格なのだろう、耳まで垂れている。

 はぁ、仕方ない。エラの頭に飛びついてやる。
 尻尾で顏をグシグシすると、エラの耳は忙《せわ》しく動き出した。

「とーぅ!」
「わっ! 何? 何? わふっ!」
「お前、ウソ下手だな。」
「うっ……トルーデにも言われたよ。騙《だま》すって感覚に慣れなくて――」
「いや、慣れなくて良いだろ?」
「――え?」

 エラよ、騙す側になってどうするんだよ。騙されないようになってくれ。

 少し残念な娘《エラ》に、これからの事を3つ説明しておく。
 まずは『徒歩で海に入る』、次に『魚を獲る』、そして『海底を探索する』。
 突拍子もない事を言う俺に、エラは《《残念な》》子を見る目で聞いてくれている。あとで鼻に前足突っ込んでやる。

 入口扉の前に|黒球作の《つくらせた》|マリンウォーク用ヘルメット《白っぽいくらげ》が置いてある。エラが運んでくれたようだ。重くなかったようで、要検証である。重さが無い場合、ヘルメットだけが浮上して危険だからな。その辺の石でも括《くく》り付けて調整しよう。
 魚を獲るための道具は槍で良いか、と聞かれたエラは、

「漁師は槍、なんだけどね……。」

 と、浮かない顏をした。まぁ、不慣れでも獲れなければ漁にならんしな。少しは筋力もあるし、突き次第か。

 海底探索については地形を理解するためだ。大陸棚のように傾斜が緩《ゆる》やかな海底なのか否か、は重要だ。
 |漁師たち《エラ》の話では付近に島など無い、との事。いきなり海溝という事は無いだろう……無いよな?

 エラの|着替えを終えた《ぬいだだけの》姿は、どう見ても漁に行く恰好には見えなかった。目に毒だ……《《漁師どもの》》。

「一張羅だから着替えがなくて……。」

 というエラに合う水着を黒球に作らせた。材料は《《砂》》と《《葉っぱ》》である。
 なぜ作成できたのかサッパリ分からんが、《《黒》》ビキニに胸元までを覆うヘルメットを装着したエラは……ただの変質者である。

「尻尾どうしよう? 耳が変な感じだし、ひっかかっちゃうよー。」

 などと目の前で着心地を確かめている。重いはずのヘルメットを労《ろう》せずして持ち上げるエラの筋力は、《《ひ弱い》》とは言えないだろう。床がミシミシいってるぞ。

「えっと、どうかな……似合ってる?」
「イカのバケモノみたいだな。」
「ひどいっ!」

 水に浸かる練習も兼ねて、砂浜に戻ってきた俺たち。
 何かの拍子《ひょうし》にヘルメットが脱げてしまうと、エラは溺《おぼ》れてしまうだろう。
 ヘルメットが水に浸かる程度の浅瀬で性能テスト等を行う。
 エラは緊張からか、両手で槍を持ってビクビクしている。

「エラ、溺れそうになっても、地面に足がついているだろう?」
「こ、これはそういうことじゃないんだよぉ……。」

 まったく、どういうことだよ。
 ヘルメットから伸びた《《管》》は別荘近くにまで上げているし、ヘルメットを傾けなければ問題《おぼれ》ないだろう。
 ちなみに俺の尻尾は水に浮いた。俺がヘルメット内にいれば、いざという時の浮き輪代わりになるだろう……自分で言ってて悲しくなる事実だ。

「足元を確かめながらで良いから歩いてみろ。」
「水面がぁ……ほわわー。」

 エラを後ろから押し、沈めていく。
 顔を水面から出そうと抵抗していたエラは、呼吸できる事実と水中遊歩の楽しさに魅了されたようだ。水は怖く……なくなったか?

 水面を漂う俺を《《見上げ》》、エラが報告してくる。
 あ、見上げたら――

「キツネさーがぼぼぼ!」
「黒球、引き上げろ。」

 ―――言わんこっちゃない。黒球に吊るされたエラを砂浜に戻す。ちゃっかり槍に貝を刺しているようだ。ヘルメットの隙間を黒球が埋めれば良いか。

「けほっ、けほ……溺れるかと思ったよ。でも楽しかった!」
「良かったな。これならある程度は潜れるだろう?」
「うん!」

 まだ日は高い。エラの休憩後、漁を再開した。
 10匹程度の小魚と、貝を持てるだけ獲ってきた。全部食べるのだろうか……初日にしては良い結果だろう。エラも満面の笑みである。

「全部食べるのか?」
「え゛……ま、まさかぁ。」

 こいつ……。はぐらかしながら調理するエラをつつき、夜を迎えた。トルーデにはお土産《《話》》をプレゼントし、膨れたエラのお腹を突《つつ》かれていた。

 そんな二人を横目に、俺はベッドで丸まっている。姦《かしま》しいのだ。耳を折りたたみ尻尾で押さえ、明日の事を考える。

 浅瀬を歩くならば問題ない。しかし、深い所となると……

「管を伸ばすか、水から酸素を……あっ。」

 黒球の高音が響《ひび》く。
 思わず呟《つぶや》いてしまった、と後悔しながら俺は脱力感とともに気を失った。

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