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 遅く起きた朝は……遅刻するだけ、というね。
 俺は寝る必要の無い体だから良い。しかしアルフは違う。夜更かしすれば当然、遅く起きるわけで。

「で、もうすぐ昼なわけだ。」
「しっかりと寝ました~ありがとうございます!」(なぜか敬礼)
「はぁ、とりあえず宿のオッサンが置いていった物を食べとけ。」

 なかなか起きてこないアルフを心配して、宿のオッサンが朝食のパンと「まるでキャベツ」の葉を数枚置いていった。名前は知らん。小さな黒い粒が付いている。キツイ匂いは無い。

「アルフ、何で《《葉》》ばっかり食べるんだ? パンは要《い》らないのか?」
「え? この葉っぱだけで《《夜まで》》お腹ふくれるんだよ? 食べたことないの? それにね、3日くらい日持ちするんだよ。」(もぐもぐ)

 そんなにか、葉っぱ……。ごめんな。何も考えずに|分解し《食べて》たわ。
 葉っぱ事《こと》チャベツという名称で芯まで《《緑》》色の野菜だそうだ。疑問に思うのは俺くらいか。見た目キャベツだしな。……ん? 夜まで?

「なぁ、アルフ、葉は《《保存食》》じゃないのか?」
「……。」(ピタッと咀嚼《そしゃく》が止まる)
「ふーん?」
「さぁ、食べ終わったし、外に行こうかな!」

 俺が目を離した隙《すき》に、《《しれっと》》完食したアルフと宿の外に出る。葉っぱの名前は『クーイ』というらしい。そんなことよりも、さっきから好奇の目を向ける《《昨晩の少女たち》》が気になる。……ついてくる気か。

「アルフ、どこ行くんだ?」
「とりあえずギルドかなぁ。傭兵は無理だから商業の方なら。身分証がないから作らないとね。」
「ギルド行くんだってー。」
「うぇー、あそこのおじちゃん怒るから嫌いー。」

 バレバレだし、つーか声聞こえてるし。チラっと後ろを見ると、隠れてすらいなかった。清々しい。実害は無さそうだから気にしても仕方ない。

 小さい村ながら商業ギルドがあった。出張所らしいが。納品の証明くらいならしてくれるらしい。見た目が駅の改札横の窓口にしか見えないが、気にしたら負けだろう。ついてきていた二人は、近くの村人と立ち話をしている。……ついてこなくて良いのだろうか。
 俺が窓口に近づくと、ギルド員は目を見開いて、《《じわりと》》汗を滲《にじ》ませていた。俺は襲ったりしないぞ、まったく。
 まず狼どもの皮などを売ってみると、銀貨10枚程度になった。損傷が激しい、とかなんとか。
 次にアルフに仕事を、と聞いてみる。
 ギルドに登録した者にのみ斡旋《あっせん》しているようだ。しかし、出張所では登録業務をしていないらしい。今回の持ち込み品の売買記録は、登録後に加算されるとのこと。登録費用は1銀貨《《以上》》必要らしい。ふむふむ。
 隣のアルフは何かを考えている様子だ。聞いた説明を反芻《はんすう》しているのだろう、と気になったのでアルフのズボンを引っ張り、しゃがませた。

「アルフ、あの説明は《《おかしい》》よな?」
「うん、損傷で引かれる額と登録費用は聞くつもり。」
「あとは身分証もな。」

 アルフは文字を読めるし、難しそうな単語も知っている……どこかで教育を受けたのだろう。元の世界の学校は、さすがに無いだろうが。家庭教師かな。
 背伸びしてギルド員と話しているアルフの背中を、微笑ましく思いながら見守る。

「……では、それでお願いします。」
「はい、少々お待ちください。」

 受付から少し離れた所で、待つことにする。ちゃんと内訳や登録に関しての細かい所を聞いて理解したようだ。そして身分証に関しては、この村で登録すると本部へ送付して、書類とともに『この村で活動する場合《《のみ》》有効』な身分証が手渡されるらしい。……おいおい、《《詐欺》》かよ。
 アルフも疑問に思ったらしく、手渡された時に質問していた。

「商人さんも身分証を作るんですか?」
「出店される方と行商人は、それぞれ許可証が必要ですよ。でも作る人はいませんね……面倒なだけですし。」
「必要な事が書かれているものはありますか?」
「要項は……こちらです。」

 アルフの足元に近寄ると、俺を要項が見える高さまで引き上げてくれた。すまんねアルフよ。俺、足短いからさ……。ギルド員がたじろいでいるのを無視して要項を読む。ゴクッと飲み込む音が聞こえてきたけれど、俺は威圧していないぞ?

 要項には、『趣旨、業務《《取扱範囲》》、課税項目、納税先、期限、問い合わせ先』が書かれている。趣旨は売買の円滑な実施を……というありきたりな文面だ。取扱範囲には気になる点がいくつかあった。

 業務取扱範囲:登録商業ギルドにおける《《売買の許可》》を得たもの及び《《商慣習》》に従い、(商慣習がないときは、当該ギルドに対し《《事前に》》)申請した商品の売買に限る。

 としか書かれていない。……これは《《抜け》》が多い。
 まず『売買の許可が必要』とあるが、この村では登録が出来ない。本部にて登録し、発行された許可証をもって売買を行う。報告された売買を本部に送付するだけらしい。作って売るという行為が制限されてしまった? 《《逆だ》》、いくらでも売れる。
 次に、『商慣習』についての知識がない。アルフは知識を得る事を優先すべきか。
 最後に、『事前に』とある。ザっと見た限りだが、電気通信など無い村だ。魔法による通信が可能なのだろうか。村人が魔法を使う所を見たことが無い。おそらく鳥の足に手紙を括り付ける、ギルドや行商人に頼むのだろう。時間がかかる事を念頭に置いておこう。

 課税項目:売買で生じた金銭的利益のうち1割に相当する額
 期限:納《《品》》期限は売買後5日以内、納《《税》》期限は登録から《《1年後》》とする。
 問い合わせ先:登録ギルド

 むむむ……知らないことが多いので判断できない。取引前にギルドとの相談をする、とだけ覚えておこう。

「難しいね、商業って……。」
「いきなりは無理だろ、下積みの苦労もしてないしな。」
「……そうだね。仕事も紹介してくれなかったし、探さないとね。雑貨を売っている店に行ってみよう。」

 自分で考え行動するアルフは、昨日よりも一回り大きく見えた。姿勢だけではないはずだ。アルフが自分で村人に道を尋ね、歩いていく。

 ほどなくして村唯一の雑貨屋に着いた。こぢんまりとした一軒家だ。U字の絵が描かれた看板がかかっている。《《試験管》》のようだが、雑貨を意味しているのかな。アルフを仰《あお》ぎ見ると、こちらに目線だけ寄越して、

「入って聞いてみるよ、いいよね?」

 と呟《つぶや》いた。……アルフ、《《俺の許可》》なんて要らないんだぞ?

 雑貨屋に入ると、入口横には椅子があり、目の前にはカウンターがあった。カウンターの奥には棚が何列もあり、それぞれに商品が種類毎に分けて置かれている。カウンターに突っ伏している茶髪頭が規則正しく揺れている。店番なのだろうか。

「……寝てるのかな。」
「起こしていいんじゃないか?」
「そうだね。」

 軽く揺すり起こすと、その少女は眠そうな眼で俺たちを見た。肩口まで伸ばした寝癖のある茶髪に燃えるような赤色の垂れ目。よだれが糸を引いているが気にしない。

「んん……あれ、納品?」
「仕事を探してるんだけど。」
「仕事~? お父さんが畑にいるから~、そっちで聞いてよ~。ふあ~。」

 手をヒラヒラさせて欠伸《あくび》交じりに言われたように、親父さんが畑にいるみたいだ。行ってみよう。
 雑貨屋の横には畑があり、様々な種類の農作物が植えられている。一部、しおれているが……。数名が屈《かが》み込み、農作業をしている。男性は一人だけのようだ。アルフが話しかけるかと思ったが、手をギュッと握り少し震えている。今までの扱いを思い出すと、まだ怖いか。

「アルフ、俺を持ち上げても良いんだぞ?」
「……うん、ありがと。」
「気にすんな。」

 俺を抱き上げたアルフは、10秒ほどで腹を決め、深呼吸をして話しかけた。手を止めて顔を上げた男性は、俺を見て顔色を変えていたが気にしない。

 切りの良い所で行くから中で待っててくれ、と言われたので雑貨屋に戻ると、店番の少女が話しかけてきた。

「どうだった? お父さん何て?」
「待ってて、って。」
「あ~、なら大丈夫だね。私はナネッテだよ、そっちは?」
「僕はアルフ、こっちはキツネさん、かな?」
「アルフとキツネさん、ね。よろしく~。噛んだりしない?」
「変な事しなければ大丈夫だよ。」

 ナネッテがチラチラと見てくる。大人しく撫でさせてやると、嬉しそうにしていた。今日だけだからな。
 ナネッテの親父さんは戻ってくると、ナネッテに耳打ちをして奥に下がらせた。
 親父さんとカウンター越しで対面する。

「で、ボウズ名前は?」
「アルフです。」
「俺はナータだ。見ての通り雑貨屋だ。仕事と言ってもな……現物支給で畑の手伝いしかないぞ? 店は、娘もいるしな。」
「そう、ですか……他をあたってみます。」
「余所者《よそもの》を雇う余裕が無くてな。それに、どこに行っても仕事は無いと思うぞ? 今年は不作でな……。」

 雑貨屋を出て、あてもなく歩く。アルフは何も話さない。どうすれば良いか分からないのだろう。声をかけてやろう、と思った時、近くの酒場から怒鳴り声が聞こえてきた。

「ふざけんな、値上げだと!」
「仕入れ値が上がってな、値段を上げざるを得ないんだ。」
「クッ……!」

 勢いよく酒場のスイングドアが開き、数名の男性が出て行った。不作に値上げか……下手をすると今晩は飯抜きになるかもしれない。

「アルフ、情報を集めるんだ。」
「情報って何を……。」
「不作に値上げだぞ? 手持ちが少ないんだ、この村を離れるか残って仕事を探すのか、決めるためにも現状を知る事から始めろ。」
「……うん。」

 酒場は閑古鳥が鳴いていた。倒れた椅子を立たせている従業員の男性しかいない。男性はこちらを一瞥《いちべつ》すると、声をかけてくる。

「いらっしゃい。すまないね、聞こえていただろう? 値上げしたんだ。」
「えっと、どうして?」
「《《忌み》》村から来た連中が買い占めちまってな。料理を出そうにも厳しいんだ。それにアルゴータの街への道まで分断されちまってな。」
「分断って?」
「あー、川に橋が架《か》かってたんだが、落ちたのか落とされたのか。物が入ってこないんだ。」
「ちなみに今はいくらに?」
「銀貨20枚だ。」

 高い。昨日の宿の5倍以上か。吹っ掛けているが、深刻なのだろう。物流が止まるのだから当たり前だ。しかし、俺たちだけが移動するならば問題ない。そして黒球に橋を架けさせることは可能だろう。助けようと思えば助けられる。見捨てようと思えば……。
 固まっているアルフを引っ張り、酒場の外へ連れ出す。近くに誰もいない事を確認して話す。

「アルフ、どうしたい?」
「え、どう……。」
「住民のために橋を架けるか、無視して他の街へ移動するか、それとも何もしないか。」
「どうしたら良いか分かんないよぉ……。」
「どうしたいのかを聞いているんだ、考えろ。商人になるんじゃないのか?」
「……僕には橋なんて無理だし、街へ行くまでの食べ物も買えないし。選びようがないじゃないか。」
「甘ったれるな、商人なら、《《俺》》に交渉をしてみろ。」
「……。」
「俺なら橋なんぞいくらでも架けてやる。街へも連れて行ってやる。何もしないなら見届けよう。お前次第だ、選べ。」

 呆けた顏をしたアルフを見据え、じっと待つ。アルフ、自分で選ぶんだ。

 決めるのはお前なんだ。誰かじゃないんだぞ、アルフ。


 俯《うつむ》いたままのアルフを待つ。見捨てるにせよ、救うにせよ誰にも邪魔はさせない。何もしないのなら尻尾でビンタをしてやるつもりだったが、大丈夫だろう。できれば早く移動したいのだが、この時間は今後の糧《かて》になる。しっかり悩み、自分なりの答えを出してもらおう。


「僕は、」


 アルフは俯いたまま呟《つぶや》いた。拳を震わせているが、しっかりと立ちながら。






















「僕は、他の街へ行く。」

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