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SS19

 リタは職員用宿舎の階段を駆け、エレナの部屋の前に着いた。カミラは外へ出たようだ。

 「クソっ……。」

 カミラの前では平然を装ったが、自分が情けないっ。自然と力《りき》んでしまう拳、嚙《か》みしめたため顔が強張《こわば》るのを止められない。
 被害は軽微《・・》だった。たった数分で兵士2名が死亡、自らも突破され危うく保護対象のエレナまで……。カミラの時間稼ぎと襲撃犯の突然の死亡により、エレナは無事だった。慢心していたわけではない。日々の鍛錬も怠ったことはない。準備も体調も万全だった。しかし、抜かれた。

 敵を、止められなかった。

「……いかん、いかん。今はエレナだ。」

 深呼吸し、顔だけは落ち着ける。血の滲《にじ》んだ手のひらを布切れで拭《ぬぐ》い、燃やす。カミラ程ではなくとも、リタも火を扱える。とは言え肉料理に使った油で匂いを上書きしておく。これでエレナの鼻は騙《だま》せるだろう。ドアをノックしドアを静かに開ける。

「エレナ……寝てるな。」

 我らが姫《・》は、ご就寝だ。中に入り、後ろ手にドアを閉める。
 ベッドで眠るエレナを見る。破裂音などでも起きないとは……図太いと言うか、何と言うか。

「ふぅ、考え事が増えたなぁ……私も。」

 あまりにも無邪気な寝顔に思わず呟《つぶや》いてしまった。そのつぶやきでエレナを起こしてしまったようだ。寝ぼけ眼《まなこ》のエレナを少し待ち、話しかける。

「起きたかい? エレナ様《・》?」
「んー……え、リタさん?」
「いつまで寝てるんだ、飯抜きだぞ?」
「ダメです、でもどうしてここに?」
「カミラに頼まれてな。」
「そうなんですか、カミラさんはギルドに行ったんですか?……あれ?キツネさん……。」
「エレナ、少し聞きたいことがある。」

 部屋を見渡し、疑問を口にするエレナに聞いておきたいことがある。あの黒い魔獣は、つい先日エレナと受付にいた記憶がある。未発見の種だと思われる。そのため、ここ数日の監視によって意思疎通や敵性行為の有無を記録され、今回の配置にも少なからず影響が出ていた。

「キツネはどこから来たか、を言っていたか?」
「言ってないですよ。森を通ってきたみたいですけど。」
「そうか。カミラと一緒に行ったから、しばらくしたら帰ってくるだろう。」
「そうですか。リタさんはどこか行く所が?」
「いや、特には無いな……来たか。」
「何……って、石?」

 窓の縁《へり》に折りたたまれた皮紙、そして皮紙の上には石が置かれている。仲間からの報告だ。
 リタは窓に近づき、素早く皮紙の内容を把握する。眉間にしわが寄ったのが分かる。

「犯人の所有奴隷殺害、か。」

 エレナには聞こえないようにしているため、動かないリタにエレナが疑問を口にする。表情を戻し、エレナに向き直る。

「何かあったんですか?」
「ん? いや、大したことじゃない。」
「……私、バカですけど。」
「ん?」
「バカですけど、何かあったことは分かりますよ。」
「……確かにあったんだが、私からは言えないな。」
「……。」
「そんな頬を膨らませてもダメだ。」
「カミラさんもリタさんも、いつも何も言ってくれません。」
「まぁ、そうだろうな。」

 言えるわけがない、とリタは胸中で毒づく。今日だけで5人。お前を守るために死んだ、などと。
 俯いているエレナを尻目に、リタは窓の外を見る。守ることが難しくなっている事を嚙みしめながら。

 娘を……おねがいっ……。

「……なんか外が騒がしいですね。」
「今は見ないでくれ。」
「……はい。」
「すまんな。」

 エレナが保護されてから今まで、長い付き合いだ。今のような雰囲気の時は、お腹一杯食べさせ、切替させてきた。今回もカミラが大量に買ってくるのだろう。しばらくの我慢だ。

「……大丈夫です。皆に頼られるように頑張らないとですね!」
「……。」

 この子はこんな事を言う子だっただろうか。ここ数日で何か……。

 そんなことを考えてしまい、返答に窮《きゅう》した。答えないリタを不思議がり、エレナがリタの顔を覗き込む。

「リタさん?」
「ふー……エレナに頼るくらいなら、あのキツネ君を頼るよ。」
「あーっ、ひどいんだー!」
「まともな判断だと言え。」
「むむ、頑張りますからね!」
「ほぉ、言うようになったもんだな。」

 妙なやる気に満ちているエレナをいじりつつ、カミラを待つ。リタは頭の片隅で考える。あのキツネ君がエレナに良い影響を与えているのは明らかだ。
 いつもどこかで失敗していたエレナ。本人の努力は認めるのだが、結果には結びつかなかった。ほんの少しずつしか成長しない、とカミラも判断していた。
 それがどうだろう。キツネ君が現れてからここ数日は失敗がほとんどなく、それどころか倉庫荒らしの関係者を捕まえたのだ。まともに訓練すらしていないエレナが。

「キツネ君……だな?」
「はい?キツネさんがどうかしたんですか?」
「いや、可愛いなと思ってな。」
「毛並みがサラサラで良いんですよ。なんかヒンヤリしてるし。」
「カミラも、もう少し丸くなればなぁ。」
「あー、カミラさんは、いーーっつもツンツンしてますからねー。」
「だな。」
「でしょ?」

 その時、2人の笑い声が漏れる入口の扉の向こうには、カミラが無表情で立っていた。商業ギルドにいたリーネでさえ背筋が凍るほどの寒気を覚えたとかなんとか。

 そして、夕食時。

「どうしたんだ、エレナ……痛そうだが。」
「ううー、カミラさんがー、カミラさんがー。」
「自業自得です。私は|優しい《・・・》から、明日の訓練は倍にしてあげるわ!」
「ううー、カミラさーん、ごめんなざーぃ。」
「……はぁ。」

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