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第7話 大泥棒と眷属

「……イザベル」

 部屋の中にデイヴィスの冷たい声が響く。イザベルはそっと肩をすくめた。

 今はナイジェルもシャーリーンもいない。ナイジェルは作戦の準備をしに行ってくれているし、シャーリーンはエイリングの足止めをしてくれている。

 そしてその時間を使ってイザベルはエイリングとの対決の為に使う魔術をデイヴィスに教わっている。

 そう。教わっているのだ。だが、デイヴィスは不満そうな顔をしている。

「お前、不器用にもほどがあるだろ」

 反論したい。とはいえ、これでは文句も言えない。文句を言いたいのはデイヴィスの方だろう。
 これで五度目の発動失敗なのだ。

「あの……」
「何度も言ってるだろ! 『魔法』の事は一旦忘れろって!」

 そう言われても昔の感覚を忘れるのは難しい。

 想像で動く『魔法』とは違い、『魔術』は『魔術式』という特別な文字を操る。
 その『文字を操る』という感覚がまだイザベルにはいまいち理解出来ないのだ。だから大体の魔術は不発に終わる。

「ごめんなさい」

 だからと言ってここで反論するのは間違っている。イザベルは素直に謝った。これから実践が控えているのだ。デイヴィスがぴりぴりするのも当たり前だ。

「本当は無詠唱でやって欲しい所だが……」

 デイヴィスが諦めたようにため息をつく。

「小声なら詠唱を許す。イザベル、呪文は覚えてるな? それに魔力を乗せろ。火魔術じゃないから発動出来るだろう?」
「はい」

 やってみろ、と言われたので思い切って詠唱してみる。すぐに風が吹いてデイヴィスの髪をゆらした。とはいえ、これで物を飛ばすのは無理だろう。それほど簡単な魔術なのだ。

「レベル一かよ」

 デイヴィスがため息混じりに言う。そんな事は分かってる。

「呪文で補助してんだからレベル二くらいは発動出来るだろ」

 そんな事言われても困る。

「ねえ、これ、デイヴィスがやったら駄目なの?」

 出来ればこの役目は変わって欲しい。だがデイヴィスは残酷にも首を横に振った。

「今のお前の役割は『俺の眷属』または『使い魔』だ。分かるな?」

 それは分かる。作戦会議でそういうように通すと決めたのだ。
 だからうなずいた。

「そしてデイビッドは魔術が使えないという設定になっている」

 そんな事は知らない。大体、デイビッドは魔道具や何かで現場を攪乱した上で物を盗んだと前にグラスで読んだ事がある。
 そう責めると、デイヴィスは馬鹿にするようにため息をついた。

「『魔道具』だろ? 『魔道具』は魔力持ちでなくても使える。どこの魔道具屋にも売ってる魔道具しか使ってない。……ま、俺が使ってるのは軽く細工がしてある自作のやつだがな。おまけに細工の跡は残らない優れもの」

 最後にそう言って不敵に笑う。イザベルは何と言っていいのか分からず呆れた目でデイヴィスを見る。

 その視線を見たデイヴィスは軽くイザベルを睨む。だが、すぐに元に戻った。

「というわけで頑張ってください、『眷属』さん」

 そして悪戯っぽい口調でそんな事を言われる。イザベルは頬を膨らませた。

「でもいまだにそんだけしか出来ないのもキツいな。密かにこいつを使ってサポートしてやろうか」

 そう言いながらとんとんと右の手の甲を叩く。それはありがたい。イザベルは思いっきり首を何度も縦に振って喜びを示す。

 デイヴィスはため息をついた。

「なさけね」

 あっさりとそういう結論を下されるのが悔しい。だが、間違ってないから反論は出来ない。

「まあ、お前はいわゆる体内にある魔力の種類が違うからな。慣れるのは大変かもしれないが、まあ、慣れたら成長は早いと思うから……頑張れよ」

 何故か優しく諭されてしまった。おまけに最後に頭を軽くぽんぽんと叩かれる。

「ありがとう」
「どういたしまして」

 そう言って微笑みかけてくれる。何故だか少し心臓がドキドキする。

「さて、練習の続きをするか!」

 空気を変えるようにパンパンと手を叩いてデイヴィスが言った。それに関してはイザベルは異論はない。

「もう一回手本を見せてやる」

 持ってろ、と言われて変な動物の置物を渡される。これはこの部屋にあったものだ。練習にちょうどいいからとデイヴィスが勝手に拝借したのだ。
 イザベルは大人しく置物を持ってスタンバイする。

「見てろよ」

 そう言うと、デイヴィスはゆっくりと呪文を唱えだす。彼の魔力が手のひらに集まって見えるのは、見せているからだろう。

 呪文を唱え終わると、鋭い風が吹いて来てイザベルの持っている置物を弾き飛ばす。おまけでイザベルは指に怪我をしてしまった。軽い切り傷なので大した事はないが地味に痛い。

「なにするの!」

 つい叫ぶとデイヴィスは楽しそうに笑う。つまりこれはわざとなのだ。

「俺の手を煩わせるならこれくらいのお仕置きはしてやらないと」

 そう言ってにやりと笑う。イザベルはひりひりする指を押さえながらデイヴィスを睨んだ。

「嫌だったらもうちょっと気をつけろよ」

 そんな事を言いながらもちゃんと治療魔術は施してくれる。

「で? 呪文は覚えましたか?」
「え? は、はい!」
「じゃあ早くやれ。そろそろ時間稼ぎが終わる」
「……はい」

 デイヴィスが置物を拾ってイザベルの前に立つ。そしてイザベルが詠唱を始めようとした時、デイヴィスの顔色が変わった。

「ディア、止めろ」
「え?」
「そろそろ来る」
「え? もう?」

 イザベルは驚いて声をあげてしまう。デイヴィスが鋭い蹴りをイザベルの足にお見舞いして来た。

「痛い!」
「黙れ、お前は俺の『眷属』だろう」

——防音切ってあるからうかつな言葉は避けろよ。ついでにきつく接するからそのつもりでいろ。

 厳しい言葉と共に本音の警告が頭の中に振ってくる。

「分かりました。デイビッド様」

 大人しくお辞儀をする。デイヴィスは、いや、デイビッドはそれを見てにやにやと満足そうに笑っている。

——いつもこうだといいんですけどね、レディ・イザベル。
「……性格悪っ」

 思わずつぶやく。デイビッドが吹き出した。

「ところでお前、エイリングの野郎には揺さぶりをかけたんだろうな」

 いきなり話が飛んだ。どういう事? と言うようにデイビッドの顔を見ると、『話をあわせろ』と心の言葉が返ってくる。

「あ、はい。デイビッド様の言いつけ通りしっかりと」

 別にあれは『デイビッド様の言いつけ』でやったわけではないのだが、そう言う事にしておく。

「ふふ。いい子だ」

 対するデイビッドは満足そうにイザベルの頭を撫でている。

「さすがは俺様の眷属だな。うまく潜り込んでくれてありがとう」
「これからも言いつけ通りにいたします」
「そう……」

——本当に?
——演技です、デイヴィス様。
——ちっ。

 心底苛立っているような舌打ちが響いた。それに不満を抱いて膨れっ面をしているといつの間にか美顔が目の前にあった。逃げ出したいと思ったが体が動かない。

「生意気な小娘が。エイリングの事が片付いたら覚えてろよ」

 心底冷えきった声が耳元に届く。その最悪な時に、すごい音とともにドアが開いた。

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