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第3話 カトレアVS


 アンドレを待ち受けていたのは、巨大な一匹のドラゴンであった。
 そのドラゴンは、赤い瞳をアンドレに向けて、威嚇のようなことをしている。

「ドラゴンか? いや、違うな……」

 出てこい、とアンドレが言うと、何秒かの時を経てドラゴンの尻尾の影から、エルフの少女がひょっこりと出てきた。
 金色と茶色が混ざったような髪色で、髪の隙間から出ているエルフの耳が特徴となっている。

「バレちゃったじゃーん」

 そのエルフの少女は、ドラゴンに向かってむすっとした顔で文句をつける。
 それに対し、ドラゴンは申し訳なさそうな素振りで首を垂れた。
 アンドレは何となく予想していたが、やはりエルフの少女の方が立場は上らしい。
 見方によっては、ドラゴンの生贄とも見える構成である。

「もういーよ。今度はちゃんとやってね」

 ドラゴンがコクリと頷くと、エルフの少女はアンドレの方に体を向けた。

「あたしは冥府の八柱が四、カトレア」

 この子はマーズね、とカトレアは付け加える。
 マーズと呼ばれたドラゴンは、カトレアを守るような位置におり、アンドレを鋭く睨んでいた。

「私はアンドレという」

 アンドレも同じように名乗ると、カトレアは特別興味がある訳でもないようで、さらりと聞き流した。

「へー。それより、よくネローに勝てたね」

「手強かったがな。一歩間違えたら死んでいただろう」

「アハハ、だろーねー。だってあいつ案外強いもん」

 カトレアは可愛らしく、くすぐったそうに笑う。
 邪悪さを感じられない、その無邪気な笑いは少女ながら魅力的でもあった。
 アンドレにとっては、何が面白いのかよく分からないが、つい笑いそうになってしまう。
 ここでアンドレは、このまま相手のペースに呑まれてはいけないと思い、少し踏み込んだ質問をする。

「仲間が殺されたのに怒らないのか?」

「んー? 怒ってるよー」

 カトレアの顔から笑みが消える。
 数秒前まで笑っていたとは思えないほど、真面目な顔になった。
 それは、これまで笑ったことが一度も無いような雰囲気である。

「ホントはあんたを今すぐ殺したいけど、それが無理だからこうして、時間を稼いでるんだよ」

 魔力蓄積の為にね。と今度はニヤリと笑うと、カトレアの周りに無数の魔法陣が現れる。
 どうやら魔力は最大まで溜まったらしい。
 一般レベルの召喚士ならば、同時に召喚を行う場合せいぜい二体までが限度だが、カトレアは違った。
 カトレアは同時に二十体以上召喚できる。
 しかも、召喚モンスターの中でも最上位のモンスターであるドラゴンを、だ。

「アドベントマジック!」

 カトレアの周りの魔法陣から、次々にドラゴンが召喚される。
 間髪入れずに召喚され、その召喚スピードは、まるで低級悪魔を召喚するのと、ほぼ同じようなスピードだった。
 だがそのドラゴンたちは、一匹一匹が伝説級のドラゴンばかりである。
 アンドレにとっても、その数と力は想定外だ。

「なるほど召喚士だったのか」

 アンドレは、パズルのピースがはまっていくような感覚だった。
 ドラゴンよりエルフの方が、立場が上だったのは少し疑問に思っていたが、サモナーとなると話は早い。


「ヒュドラにバジリスク……アジ・ダハーカまでいるのか」

 アンドレにとって、一匹一匹ならば苦戦する相手ではないが、今回の場合は違う。
 全部の魔法陣からドラゴンが出てきた時、その数は二十体以上確認できた。
 これほどの数のドラゴンを、一度に相手するのはアンドレにとっても初めてのことである。

「この数をこの短時間とは、恐ろしいな」

 アンドレが呟いた瞬間、一番最初に召喚されたヒュドラが動いた。
 普通は、召喚された直後に戦うのは不可能であるが、カトレアの能力により即座に動くことができる。
 それは同時に、カトレアの召喚士としての優秀さを顕著にあらわしていた。

 ヒュドラの九つの首が、アンドレに向かって一斉に襲いかかる。
 九つも頭があるので、何処にも逃げ場はない。
 だが鋭い牙がアンドレの体に食い込もうとした瞬間、その牙は砕け散った。

「カウンターマジック_・オールスマッシュ」

 オールスマッシュが発動すると、ヒュドラの牙から体全体まで広がった。
 九つの頭が順番に砕け散り、それは胴体から足まで続く。
 内部から完全に破壊されていき、ヒュドラはもうどうすることもできない。
 ヒュドラは断末魔をあげる暇もなく、破壊された。そこには塵一つ残っていない。

 一匹が殺されたことにより、ドラゴンたちは怖気付くと思われた。
 しかし、ドラゴンたちの猛攻は止まらない。
 怯むどころか、更に勢いが増しているようにも見えた。


「……強いなー。ヒュドラがあんな簡単にやられちゃった。深手を与えるのはキツイかも」

 カトレアは、低いくたびれたような声で呟く。
 ドラゴンたちは、一騎打ちであれば絶対にアンドレには敵わないため、カトレアは数で攻める戦法をとったが、こうも早く倒されているのでは話にならない。
 カトレア自身も召喚魔力は打ち止めのため、これからは援護に回ることになるが、想定外のアンドレの強さに少し弱気になってしまう。


「……この数は少し面倒だな。仕方ない」

 アンドレは楽々とヒュドラを倒したものの、やはり数が問題であった。
 一匹一匹が脆弱な蟻でさえ、群れになれば牛すら殺すこともある。
 それ程までに数の差とは重要なのだ。
 ここでアンドレは一つ手を打った。

「アナザー」

 アンドレがそう言うと、アンドレの影が独りでに動き出す。
 例えるなら、二次元から三次元に変化していった。
 その影はアンドレと同じような形貌になり、アンドレの真横に立つ。

「な、なにあれ!?」

 カトレアは、見たことの無い魔法に驚きを隠せない。
 いきなり新しい生命体が出てきたということは、召喚魔法によるものだろうが、カトレアが見たことも、聞いたこともなかったものであった。

「お前たちが数で来るのだから、私も数を増やさせてもらった。もう一人は活動時間が短いのでな、迅速に殺させてもらう」

 そう言うと、アンドレとアナザーは、二手に別れドラゴンたちを蹂躙していった。
 アナザーは活動時間こそ短いものの、アンドレとの戦力の差はほとんど無い。
 切断、爆発、消滅、多種多様な攻撃でドラゴンたちは、なぎ倒されていく。
 二つの圧倒的な力の前では、ドラゴンの戦闘力も、カトレアの援護魔法も全く意味を成さなかった。

「ギュァァァ!!」

 最後のドラゴンが、千切れるような断末魔をあげる。
 最後のドラゴンが倒れた瞬間に、アナザーも崩れ落ちる。
 地面に染み込んでゆく様に消えていき、アンドレの影に戻った。

「……さて、もう終わりか?」

 アンドレは、手についた血を払いながら、カトレアに問いかける。
 当然だが、この状況でカトレアに打てる手はもう無かった。
 カトレアは普通のエルフに比べてなら、肉体能力も桁外れに強いが、それでもカトレアとアンドレの間にはとてつもない差があった。

「勝機はもうないわ。さっさと殺して」

 カトレアは、目をつぶって最期の時を向かい入れようとしている。
 悔しさのせいか、少し涙ぐんでいるようにも見えた。

「お前らのボスのところまで案内してくれたら、見逃してやってもいいぞ」

 アンドレは少し笑いながら、聞くのも無駄であろう質問をした。

「ばーか。ふざけないで」

 カトレアは少しイラついたようで、感情を隠さずに、ストレートにぶつける。
 カトレアの心中は、苛立った憤りがじりじりと食い込んでいた。

「しかし、これでは興ざめだな。人質にでも使うか?」

「――ッ!?」

 カトレアはその言葉を聞いた刹那、自分の胸に手を当て、残ったありったけの魔力を使い――心臓を貫いた。
 辺りに血が飛び散り、口からもボタボタと血を吐き出す。
 膝から崩れ落ちるのを堪え、更にもう一度自分の体を貫く。
 人質としての価値が無くなるように、徹底的に自分を破壊し尽くした。

 何が何でもアルフスに迷惑をかける訳にはいかない。
 迷惑をかけるくらいなら死んだ方がマシという思考をディストピアの下僕は全員が持っている。
 そしてそれは戸惑いなく実行された。

 死亡したカトレアに人質の価値はもう無い。
 生き返らせれなくもないが、流石にそれは労力と見合っていない。
 蘇生の魔法は、かなりの魔力を消費するので本末転倒である。
 カトレアは最悪の状況を、なんとか回避することに成功した。
 アンドレを相手と考えると、大健闘である。


「フフ、退屈しないな」

 アンドレは、カトレアの屍を超えて階段を上る。予想もつかない相手に期待しながら。
 その姿はこれまでの死闘に対し、全く疲れを感じさせない。

****

 アンドレが、階段を上った先は暗闇だった。
 アンドレにとって、暗闇は何ともないが、少し不穏な空気がよぎる。

「ようこそいらっしゃいました」

 どこからともなく、大人っぽい落ち着いて気品のある声が聞こえてきた。
 声が聞こえたのと同時に、動物の鳴き声と思われる音で、一気に辺りが騒がしくなる。
 何か多くの生物が飛び立った気配を感じると、その群れは一箇所に集まった。
 そこから凄まじい羽音が聞こえてくる。


 目が慣れてくると、その生物が何なのか確認できるようになる。
 鳴き声と大きさを照らし合わせると、それはコウモリの群れだった。

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