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それぞれの思惑

 進級まであと少し。そう、あと少しなのだ。だから人間とエルフの争いなどというくだらない事に巻き込まないで欲しいのだ。しかも争いといっても、人間側が一方的にやられているだけの愉快なモノ。
 本当にくだらないその茶番の影響で、学生は一月近く平原に出られなかった。その結果、目標討伐数ギリギリで推移していたボクの計画は盛大に狂い、任務従事期間が過ぎてもまだ達成出来ていない。

「あと少しなんだけれど・・・」

 戦いが終わった後に平原で頑張りはしたが、色々と自分で自分に制限を設けている関係で、思ったように稼げなかった。人が多いというのも考えものだな。
 そういう訳で、任務期間の六ヵ月が過ぎたのはつい先日の事。残すは討伐数のみなのだが、ここ南門は他の門と少し違うようで、任務期間を終えても討伐規定数に到達できなかった生徒が南門に留まっている間も見回りに従事させられるようだ。他の門であれば、討伐に専念できるのだが・・・。
 そんな何から何まで残念なナン大公国の駐屯地で、今でも見回りをしながら短い討伐期間で平原に出ている。
 なので、討伐数は相変わらず。先は長くないとはいえ、気が滅入りそうな退屈さだ。
 そういえば、六ヵ月の任務期間が過ぎる少し前にプラタから連絡があって、落とし子達は復活したらしい。まあ復活と言っても、未だに平原にも出ていないが。
 プラタの話では、今はナン大公国の宮殿で訓練をしているらしい。平原に出るのはまだ少し先になるのではないかという話だった。
 それを聞いて、宮殿で落とし子達の訓練相手なんて居るのかと思ったのだが、プラタの話を聞く限り、どうもボクは少々人間を舐めていたようだ。
 ま、それでもボクにとっては相手ではないのだが。
 ただ、考えてみれば当然か。ここ駐屯地は防衛の要なのだから、人間界でも上位の者達が集って護っているのは当たり前の話だ。しかし、だからと言って国の中枢や国家元首の護りを疎かにしていい訳ではない。平原との境界ほどではないが、そこにも強者を配していてもなんら不思議ではないだろう。むしろ配していない方が不自然か。
 そういった強者を相手に落とし子達は訓練を再開したらしい。とはいえ、傷が治ったばかりなのでそこまで厳しい訓練ではないらしいが。
 ついでにプラタに、最強位を除いた宮殿の最強と駐屯地に居る兵士の最強ではどちらが強いのかと訊いてみた。
 その答えは、一対一で戦えば宮殿の方に軍配が上がるとか。
 そんな話も交えながら、落とし子の動向について聞いていった。それとナン大公国の動向も。

「・・・はぁ。救いようがない」

 プラタの話では、どうも落とし子とナン大公国の国主であらせられる公爵様が、エルフ相手に再戦する気満々らしい。
 この前の戦いで公爵様も重傷を負ったとプラタが言っていたのに、学ばない人達だな。いや、落とし子達はともかく、ナン大公国は長い事エルフに挑んでは返り討ちにあっている国だったな。それでいて未だに挑んでは同じ事を繰り返しているのだから、学ぶはずもないか。
 しかし、やっと移動できるようになっただけで怪我はまだ治っていないので、再び攻めるといっても大分先ではあるらしいが。というか、それでよく訓練を再開したものだ。そこだけは素直に感心するよ。
 他にも幾つか報告を受けたが、全てあまり関係ない話ばかりだった。家名もろくに知らないのに、貴族同士の婚姻話や援助先の話などをされても困るのだが。
 プラタの報告には、ナン大公国以外にもエルフ側の話もあったが、こちらは妙に詳しい話が聞けた。何故かと思い訊いてみると、森に行って直接訊いてきたらしい。確かあそこはアルセイドとかいう精霊が居るから、それで急に行動的になったのかな? まあいいけれど。
 その話によれば、エルフ側に被害は皆無らしい。落とし子達については脅威も感じなかったとか。そこまで差があったのは驚きだ。これは南のエルフの能力を想定より若干上方修正しておくとしよう。
 それ以外にも、以前話に出た、死の支配者が関与していると思われる急な強化についても調べてきたみたいだが、あまりよく分からなかったらしい。本人達も強くなったのは自覚していても、突然のことに困惑している状況だったとか。後、強化された二人のエルフは、まだその力を扱いきれていない状態だったようだ。
 とはいえ、今後育っても脅威となり得るほどでもなかったよう。まぁ、南の森のエルフは森の中から出てこないからな。強くなっても森に触れなければ何の脅威にもならない。なので、捨ておいても大丈夫だろう。
 直接赴いただけに、情報は多岐に渡り、詳細まで聞く事が出来た。それにしても、プラタには三重の結界も意味を成さないんだな。そして無事に戻ってきたのだから、プラタにとっては南のエルフ程度は脅威ではないという事か。
 そういった報告をプラタから受けたことで、この前の戦いについて詳しく判ってきた。まあ当初の報告通りに、戦いにもならない一方的な戦いだったようだが。
 その戦いが終わってから一月以上が経過したが、平原は平和そのもの。戦える敵性生物の数が少ないのも変わらずなので、その辺りをどうにかしたいところだったのだが、もう残り少ないので諦めた。
 現在は見回りの最中だが、ここがこんなにも融通が利かないのは、やはりジーニアス魔法学園の意向なのだろうか? だとしたら、平原に出る最後でやる気を削ぐのが上手なものだ。





 本来やらなくてもいい事をやらされるというのは、やる気が起きないものだ。それも半ば強制的なのだから、余計に。
 まあ何が言いたいかと言えば、見回りをする必要はないのではないだろうか?
 人員は足りているし、任務期間も終わっているのだから、もうずっと平原に居ても問題ないと思うんだよな。他の駐屯地ではそうだった訳だし・・・。まぁ、言ってもしょうがないのだが。
 無駄な見回りを行いつつ、早く平原に出る日が来ないだろうかと考える。任務期間が過ぎたからと言って、何か変化がある訳ではないのだから。
 相変わらず退屈な見回りを東西行い、やっと平原に出る日になった。早朝に南門前で大勢が集まっている場所に合流し、門を潜って外に出る。
 平原に出ると、いつものように勝手に行動していく。
 任務期間は過ぎても、これは討伐任務扱いだから監督役も相変わらず付いてくる。邪魔ではあるが、一応必要といえば必要だからな。一般的な生徒には。
 まぁ、これに関してはそこまで気にしなければいいのだが、問題は任務期間が過ぎて延長戦になったというのに、変わらない環境。これについてはほぼ毎日思うが、今はそこではない。問題は討伐期間がほとんど変わらない点だ。つまり、今回の討伐任務期間は三日なのだ。これは酷いと思うのだよ。せめて最初から四日にならないかな・・・はぁ。
 時間もそんなに無いので、普段よりも足早に進んでいく。監督役の事など知ったことではない。
 とはいえ、一応視界には監督役の姿を収めてはいるが、まあ出来るだけ気にしないようにして、ひたすらに南を目指して進んでいく。
 今までの成果を平均化して、目標達成までの残りを考えれば、今回を含めて討伐任務後三回分は必要・・・二回分になるように強行軍でもするかな。
 そう決めると、昼夜別なく平原を突き進んでいく。その道中で見つけた敵性生物をサクサクと倒しながら。





 駐屯地における兵士の仕事というものは多岐に渡る。直ぐに目につくのは、駐屯地周辺の警備、防壁上の見回り、平原に出ての警邏任務だろう。
 しかし、無論それ以外にも仕事はあるし、書類仕事だって勿論ある。新人兵士にとっては、日報を書くのが大変なようだ。
 そんな駐屯地に駐留している兵士の中でも一定以上の高位の兵士達にとって、現在他の任務よりも明らかにキツイ任務がある。それは、とある生徒の平原での監督役の任務。
 一般的に監督役というのは、生徒が平原に出た際の保護者として付く場合がある。役目としては、危ない事をしないかの監視。
 他にも、危険な状態に陥らないか周囲に気を配り、有事の際に手助けするのも仕事。
 それだけではなく、乞われれば助言などもするが、基本的には生徒の自主性を重んじ、安全に気を配りながら見守るのが監督役の仕事内容だ。
 それは生徒よりも兵士の方が優秀な証。故にその任務に就ける兵士は、一定以上の能力を要求されている。
 そんな優秀なはずの兵士達だが、現在は一人の生徒に翻弄されていた。付いて行くのが精一杯で、気を配るなど不可能。それどころか、少し気を抜くと置いて行かれそうになる始末。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 それでいて昼夜問わず休む事なく進んでいくので、戦闘はしなくとも疲労は蓄積していく一方で、食事も携行食を歩きながら食べるしかない。
 そんな苛酷な環境の任務だが、幸い期間は長くはなく二日から三日程度。
 常に歩き回るだけならいいのだが、その移動速度も軽く走るような速度なので、鍛えている兵士でもかなり厳しい。
 しかし、そんな苛酷な任務だというのに、実はこれが人気であった。理由は簡単。監督する対象である生徒の少年が、実力者だから。
 苛酷な任務にしている張本人でもあるというのもあるが、何よりあらゆる敵性生物を一撃で粉砕してしまえる魔法の威力の高さ、それでいて加減しているのが判るほどに敵に合わせて威力が変化する魔法と、それを完璧なまでに制御している管理能力。それに加えて必中と呼べる異常なまでの命中率の高さもみせていた。
 そんな異様な能力を持っている生徒だけに、一部兵士の間では最強位並ではないかと囁かれているとか。
 圧倒的な格上相手に、監督役も何もあったものではないと思うが、ジーニアス魔法学園の生徒に限り、学園側へと個別の成果報告を駐屯地から行わなければならない関係上、監督役は仕方がない。
 そういう建前で今回監督役に付いている兵士は、少年を観察する。
 ナン大公国は強さを重んじる気風なので、実力があれば年齢や性別、国籍も関係ない。何だったら種族さえ超越する。ナン大公国の兵士達は、南のエルフの強さを認め敬っているのだから。
 ただ、それと利害関係はまた別の様で、上層部の考えは違ってくる。兵士達はそれに従うのみ。
 現在前述の少年の監督役に就いている兵士は、先の戦いに参加し、前線でエルフ達の攻撃を目にしていた。

(現状の攻撃ではエルフの方が遥かに上だが、もしかしたらエルフよりも・・・?)

 この兵士はそれなりの地位にあり、前線にも出ていただけに、ナン大公国の最強位の正体が公爵である事を知っているほどの人物。
 そんな兵士の考察では、目の前の観察している少年の実力は最強位以上。そのうえ、少し前の戦いを思い出して検証した結果、確認出来ている攻撃魔法はエルフの方が上なのだが、少年は明らかに加減しているので、実際には不明ときた。エルフ側の情報も不足しているので確実な事は言えないものの、兵士はこれだけは断言できた。

(あの少年は南の森に入れるのだろうな)

 ここで言う南の森とは、エルフの支配域の事を指す。それはナン大公国が未だに達成出来ていない一歩。
 しかし、視線の先で淡々と討伐を行っている少年は、それを容易く成してしまうだろう。何故だか兵士はその考えが自然と浮かび、また驚くほどすんなりと受け入れられた。





 結論から言えば、戦果はほぼいつも通り。頑張ったものの、いつもよりもやや討伐数が多かったぐらい。この調子では、後二回は平原に出る必要が在るだろうな。残念ながら。
 日暮れ後に宿舎に到着すると、部屋に戻ってベッドで横になる。別に疲れてはいないが、やる気が出ない。
 明日は休日なので、さっさと寝てしまって夜中に起きて宿舎を出るかな。そうすれば、クリスタロスさんのところには早朝には着けるだろうし。

「・・・そうだな」

 今は研究について考える気分でもなかったので、目を閉じて早々に眠りについた。





 月明かりが入るそこそこ広い部屋に、二人の男が居た。

「如何なさいますか? 今のままではいずれ我らの元にも届くかもしれませんが」

 足元を月明かりが照らすなか、一人の男が深刻そうにもう一人の男に問い掛ける。

「・・・・・・うーむ。出来る事なら程よいところで手を引いて欲しかったものだが」

 それを受けて、男は困ったように首を振った。

「そうですね。しかし、予想以上に優秀だったようで」
「はぁ。困ったものよ。将来を考えれば、本来それは喜ばしい事なのだが、こんな状況ではな。陛下には申し訳ないが・・・」

 疲れた息を吐いた男は、苦渋に僅かに顔を歪める。

「そうも言ってはいられますまい。このままでは帝国の根幹を揺るがしかねないのですから」
「まぁ、そうなんだがな。恨みはないが、この辺りで退場してもらうことにするか。さて、陛下には何といって誤魔化すか」
「そのままご説明しては駄目なので? 陛下も無関係ではないのですから」
「・・・はぁ。確かにそうだ。しかし、直接は関与された訳ではない。それに、そのままお伝えしたら、少なくとも我らの首は飛ぶであろうな」
「そうでしょうか?」

 首元で手を動かしてみせた男に、もう一人の男は不思議そうに首を傾げた。
 それを見た男は、一瞬首を傾げた男へ馬鹿を見るような目を向けると、諦めたように息を吐き出す。

「・・・はぁ。お前は陛下がどれだけあの方を大切にされているのか知らないのか」
「寵愛されているというのは知っていますが」
「それでその意見か。認識が足りんな。まあよい、準備はしておけ。こちらはこちらで準備をしておく」
「畏まりました」
「しかし、先走るような事はなきように。準備は入念に行わなければならないからな」
「心得ております」
「頼んだぞ。面倒事をこれ以上増やしてくれるな」
「はい。それでは私はこれで」
「ああ、気づかれぬようにな」
「はい」

 そう言葉を交わすと、一人の男が部屋を去っていく。それを見届けた後、少し時間を置いてもう一人の男も部屋を去っていった。部屋の隅にわだかまる影が僅かに揺れた事にも気づかずに。





「・・・あふ」

 目を覚ます。室内はまだ暗い。

「・・・・・・うーん?」

 眠い目を開いて上体を起こすと、欠伸を噛み殺して窓の方へと目を向ける。
 窓の外は暗い。月明かりの青白い光が見える気がするので、まだ真夜中のようだ。予定通りなので起きることにする。

「それにしても、何かおかしな夢を見たような・・・? 何も覚えていないが」

 首を捻って思い出そうとするも、夢とは直ぐに忘れるもののようで、何も思い出せない。ただ、何とも気分の悪い感じが残っているだけ。

「悪い夢でも見ていたのかもな」

 その残っている感覚からそう推測するも、覚えていないのだから気にするだけ無駄か。
 朝の支度を済ませた後に備え付けの梯子を使って静かに下りると、部屋を出て食堂を目指す。
 真夜中だというのに、食堂には三人が奥の方に固まって何かをしていた。夜食でも食べているのだろう。それにしても発する雰囲気が暗い。
 いつものことながら気が滅入りそうなので、気にせずパンと水を貰って席に着く。それを手早く食べて朝食を終えると、宿舎を出て駐屯地の外を目指す。
 まだ朝になっていないというのに賑やかな駐屯地内を足早に移動していくが、相変わらず門までが遠いな。
 駐屯地の外、人間の生活圏の方に出る門まで移動した頃には、空が白み始めていた。
 今回は止められることなく外に出ると、そのまま人気の無い場所まで移動する。
 目的の場所に到着すると、周囲を確認して誰も居ないのを確かめてから、転移装置を取り出して起動させる。それで一瞬視界が白く染まると同時に浮遊感を味わうも、色が戻る頃にはいつも通りの感覚。ただ、周囲の景色は先程までと変わっていた。

「いらっしゃいませ。ジュライさん」

 直ぐに掛けられる優しげな声。とても聞き慣れたその声の主は、当然クリスタロスさん。

「今回もお世話になります。クリスタロスさん」

 軽く挨拶を交わすと、クリスタロスさんに続いて部屋を出て場所を移す。
 いつもの部屋に通されると、自分の席に着く。他に訪問者も居ないので、専用席のようなものだ。
 お茶の用意で奥に下がったクリスタロスさんを待ちながら、話す内容を頭の中で纏めていく。そこまで変わった事があった訳ではないが、日常の話もクリスタロスさんは好んで聞いてくれるからな。
 そうして話を纏めていると、奥からお茶を持ったクリスタロスさんが戻ってきて、お茶を目の前に置いてくれる。
 それにお礼を言うと、対面に座ったクリスタロスさんと話を始めた。
 改めて前回ここを去った後の話をしていくと、本当に何も無かったんだなと再認させられる。同時にそれは退屈もするなとも思ったが。
 簡潔に纏めた話をしていき、それを終えたのは昼前。早くから来ていたので、時間はたっぷりとある。
 話の後は訓練所を借りて場所を移す。
 訓練所に到着したら、まずは設置している罠の様子を確認する。設置してそこそこ経つが、まだ問題なく稼働している。ただ、少しずつ歪んでいるのが確認出来ているので、安心はできない。そろそろこれも更に改良していかないとな。
 罠の様子を確認した後、研究を行うために準備をしていく。といっても、空気の層を敷いてそこに座る。ただそれだけだが。
 今回行う研究も、魔力で戦う方法だ。現在ある程度は無系統魔法を貫通出来るようになってきたが、それでも完全じゃない。表面の質を変えるのも手間がかかるし、それに集中するとどうしても他が疎かになってしまうからな。
 その後も問題だ。魔法を貫通させたとしても、その後相手に痛手を負わせなければ意味がない。現状では遠距離で魔法を創り上げて攻撃する事を考えてはいるものの、これは難しいし無駄が多い。
 やはり魔力を魔力のまま運用して攻撃出来るようにしたいところだが・・・。

「うーん。ここは無系統魔法について研究するべきかな?」

 魔力と魔法の間の様な存在である無系統魔法。魔力で抜けて無系統魔法で攻撃する・・・これでは今までとあまり変わらないか。もう少し考えよう。

「・・・・・・うーーーーーーん。何も思い浮かばん!」

 長考してみるも、閃きは無い。とりあえず少し離れた場所に土で創った人形を出現させて、それに向けて魔力を放つ。
 放つといっても、正確には周囲の魔力を押し流すかもしれない。
 魔力の流れに呑み込まれた土人形だが、別段何か変化は無い。表面の土が削れることもなかったから、風が吹くよりも威力が無いのかもな。
 そんな考えが頭の片隅に浮かぶも、今はそんな事はどうでもいい。それよりも、次を考えなければ。
 魔力の流れを変えてそのまま対象に向ける。それは今し方行った実験の結果が示すように、何の意味もなさない。
 では、魔法に変換させてはどうか。つまりは今のところ一番攻撃として機能していると思われる方法だ。
 ついでだからとそちらを試す。とはいえ、発現までさせるが、土人形を壊すところまではしない。
 そういう訳で、離れたところまで周囲の魔力を流すと、それを使用する。一応順序は実際に使用した時を想定している。
 魔力を遠隔で精製して発現させるのはかなり難しい。まず学園では教えられないが、人間界でこれが出来る者が居るのかどうか・・・存在すら知られていない可能性も在るか。
 間の魔力を経由して遠地の魔力に影響を及ぼす。これは簡単なのであれば、間の魔力を経由させて自分の中に魔力を取り入れ循環させるという方法が在るが、これはあまり実戦向きではない。使えても近場での使用ぐらいで、今回の目的には沿わない。
 なので今回行うのは、間の魔力を経由してボクの魔力を遠地に届けた後、その場で魔力精製をしてしまうというモノ。
 これがかなり難しい。なにせ魔力は霧散しやすいので、それを抑える為にまずは区切らなければならないのだから。もしくは速攻で色付けを済ませるか。
 そうして霧散を抑えた後、その場で精製していく。少量なら速攻で終わるので色付けでもいいが、通常は区切るところから始めるので、その中で精製を行う。
 精製にはそこまで膨大な魔力が必要という訳ではないのが救いだが、それでも時間がかかる。そして離れているので、魔力を精製する感覚が難しい。
 それでも集中して、繋がっている遠地の魔力を弄っていくと、青白く冷たい光を反射させる一本の槍が発現する。

「ふーむ。モノとしては十分なのだが・・・」

 発現した氷の槍を手元まで移動させて眺めながら、それについての感想を漏らす。
 密度や魔力量共に申し分ない氷の槍ではあるが、発現までに一秒ちょっと掛かってしまった。通常で発現させればその半分ぐらいの時間で済むので、結構時間が掛かっているな。
 流石に時間が掛かりすぎているので、これも使いづらい。少なくとも、格上相手には使えない手法だろう。
 とはいえだ、現状ではこれが一番使いやすい。他は手間がかかるのが多く、制御もまた難しいので、現実的に考えれば他に方法は無い。なのでこれ以上どうこうするのならば、新しいやり方を模索して変えるか、改良するしかないだろう。
 今出来る方法はそのぐらい。出来れば最初の魔力を魔力として運用しながら攻撃としたいところだが・・・やはりいい考えは浮かばないな。
 しょうがないので、少し考えて魔力で遊んでみる。
 ボクを中心にして、周囲の魔力を渦巻くように動かしていく。
 流れる魔力を魔力視で眺めながら、さてどうするかと思案する。現状の流れを作っているだけでも多少は魔力の霧散を防ぐ効果があるものの、同時に次々霧散しているのも確認出来る。ただ、霧散しても周囲の魔力が流れに乗って次々補充されていくので、あまり減る事はない。
 しかし、この流れ自体には威力が無いので、これにはあまり意味がないんだよな。

「うーん・・・」

 ボクを中心に渦巻くように流していた魔力を、少し離れたところで球状を描くようにしていくと、それに外から押し潰すように圧力を掛けてみる。

「・・・・・・」

 全方位から圧力を掛けられている魔力の様子を眺めていく。
 圧力を掛けられた魔力は、それでも流れを止めない。しかしそれも徐々に動きを弱めていき、遂に流れが止まると、呆気なく魔力は全て霧散してしまった。

「むぅ」

 意味が無いという結果に、次を考える。こういう無意味な結果などよくある話だ。この程度を気にしていたら先へと進めない。
 再び魔力で周囲に流れを作る。
 ぐるぐる周囲に流れる魔力を眺めながら、どうすればいいのかと思案していく。
 魔力を魔力として活用できないのであれば、素早く魔法を発現する方法を考えなければならない。

「触れられないから問題なのかな?」

 魔法は発現したら世界に具現化するので、触れることが出来る。中には例外もあるが、具現化した魔法は攻撃力や防御力を有するようになる。ならば、この周囲を流れている魔力にもこちら側で形を与えればいいのだろう。

「うーむ。しかしそうなると、魔法と変わらないような気がするが・・・」

 魔力に形を与えるということは、魔法と大して変わらない。それは魔法を発現するのと同じ事だ。ならば、魔法を発現させる方向を目指した方がいいのだろうか?

「うーーーーむ」

 考えるも、もう少し形を変えて挑戦してみることにする。
 魔法は魔力を変質させてこちら側に魔力を留めさせるのだが、通常の魔法であれば、一時的に完全にこちら側に固定させられる。無系統の魔法であれば、色を付けることで中途半端にこちら側に干渉させている状態だ。
 その無系統魔法を参考に、新たな方法を模索していく。

「属性を付与させずに支配下に置くのが無系統魔法で、それに属性と形を与えたのが魔法。ということは、形だけ与えた場合はどうなるんだう?」

 ちょっとした好奇心からやってみる。周囲の魔力の一部を区切り、それに形を与える。与える形は矢でいいだろう、

「大きい必要もないから、ここをこうして・・・」

 手近な魔力の周囲を矢の形に区切る。そうすることで、こちらの世界に矢が発現した。

「・・・むぅ。動くが、当たればどうだろう?」

 二十センチメートルほどの短い矢を土人形目掛けて射出する。
 矢は狙った通りに動き土人形に刺さると、形が崩れて中の魔力が霧散してしまう。威力としては鋭利な刃を投げて刺した程度。魔法としてみれば、威力が無いだろう。刺さった土人形も少し抉れた程度。

「ただ操作しやすいだけの小さな穂先といった感じだな」

 身も蓋もない言い方をすれば、そういう魔法。ろくな魔法ではない。やはり完全に支配下に置かなければ、世界への影響力が微弱。ただ、完全に支配下に置くには自分の魔力に染めなければならないので、時間が掛かってしまう。区切るだけなら固めるだけなので、染めるよりは時間が掛からない。

「・・・うーん・・・うん? ふむ。であれば、手順を変えてみればいいのか?」

 区切るのは直ぐに可能で、染めるのは時間が掛かる。であれば、まずは区切ってから形を与え、攻撃する間に内側を染めてしまえばいいのではないだろうか?

「時間が足りないか?」

 自分の魔力に染め上げるまでの時間は、規模によって変わってくる。攻撃が当たるまでの時間もまた場合に依るので、計算が難しい。

「うーん。影響力の強い魔力を送るのもまた時間が掛かるし、見つかりやすくなる・・・うーん」

 不確定要素が多く、また隠密性も考えていかないといけない。道筋は少し出来てきたとはいえ、まだまだ課題は山積しているな。
 とりあえず一度試してみよう。
 少し離れた場所の魔力を矢の形に区切って拘束する。それと同時に、内部の侵食を開始していく。
 そのまま土人形へと矢を射出する。
 射出した矢は土人形へと一直線に飛んでいき、浅く土人形に刺さると、形が崩れて魔力が周囲に霧散した。

「・・・んー、やはり遅いか」

 魔力を侵食しきる前に魔力が霧散してしまったので、魔法は不発に終わる。なので結果は先程と同じ。
 困りながら、思い出したので現在の時刻を確認する。

「もう夜か」

 気づけば夜中。そろそろ戻らなければ、到着が明け方になってしまう。

「・・・・・・あと一回試してみるか」

 少し考え、もう一度だけ挑戦してみることにする。
 今回は先程と同様に矢の形に区切った後、前回よりも離れた場所から土人形目掛けて矢を放つことにする。今回は内部の魔力を侵食する時間を考慮して、矢の速度も調整しておこう。
 そうして準備を済ませると、土人形目掛けて矢を放つ。
 今回も一直線に土人形へと飛んでいくと、土人形に矢が突き刺さる。直ぐに矢が爆発して、土人形が爆散した。
 威力としては普通。しかし、新しい魔法発現の方法とはなるので、こちらはこちらで考えてみるか。

「さて、片付けをするかな」

 もう少し色々と考えて侵食速度をもっと上げなければいけないな。そうすれば、少しは使い物になるんだけれど。
 爆散した土人形の破片や周囲を片すと、最後に罠の様子を確認しておく。
 それらが済むと、訓練所を出てクリスタロスさんのところに戻る。
 椅子に座って本を読んでいたクリスタロスさんにお礼を言うと、少し離れて転移装置を起動させた。
 一瞬の浮遊感と視界の漂白を味わうと、クリスタロスさんの場所に行くために転移装置を起動した場所に戻ってきた。
 周囲を確認して誰も居ないのを確認してから、駐屯地に戻る。

「うーーーん! いい気分転換になったな!」

 歩きながら伸びをすると、大きく息を吐き出す。程なくして駐屯地が見えてきた。

しおり