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第9話

 約九時間後。初日の実習を終えた澄人と彼女は、部屋へと戻ってきた。

「つ……つかれた……」
「お疲れ様でした」

 部屋に着くなりイスに座った澄人に、彼女はコップに水を入れて渡した。

「ありがとう……ゴクゴク――」

 コップの水を一気に飲む澄人。水分をとる暇がなかったため、相当喉が乾いていたのだろう。 相当疲労もしているようで、明日のことを考えると、今日はもうなるべく休んだ方が良いと思った彼女だったが、
「澄人。買い物についてですが、やはり私が――」
「いや、大丈夫! 夕食のあとで、僕が自分で買いに行くから……だから、君は休んでいて」

 やはり彼は、自分で買い物へ行くと言って聞かない。その上、彼女には休むように言ってきた。

「澄人。私のエネルギー残量は、まだ六十パーセント以上残っています。休息の必要はありません」
「それでも休んでいて。僕のことは、気にしなくていいから……。何なら、先に眠っていてもいいし……」

 そう言いながら澄人はコップを台所で洗い、そして再び靴を履くと、

「それじゃあ、ちょっと食堂に行ってくるよ……」
「いってらっしゃいませ」

 アキラと良美が待っているであろう、食堂へと向かっていってしまった。

「…………」

 一人残された彼女は、彼が洗ったコップを見つめる。

(どうして澄人は、私に仕事をさせてくれないのでしょうか? 私は、もっと役に立ちたいのに……)

 澄人に嫌われているわけではない。それは彼女もわかっている。だが彼は、何か――心の壁のようなものを作っていることを、彼女は感じていた。

(もしかして、姉さんがいなくなったことが大きく関係しているのでしょうか……?)

 しかし、それくらいしか彼女にはわからず、自分との間に彼が作っている壁を取り除く方法も思いつかない。

(……とりあえず、できることをするしかありませんね)

 そう思った彼女は、部屋の掃除を始めた。けれども、室内はほとんど汚れていないため、三十分も経たないうちに終わってしまう。

(澄人は、まだ戻ってきませんね。どうしましょう……)

 澄人は先に眠っていてもいいと言っていたが、アーティナル・レイスである自分が、マスターである澄人よりも先に寝るなど、彼女にとってそれは言語道断であった。

(そうだ。今のうちに、システムチェックをしておきましょう)

 彼女の日頃のチェックやメンテナンスなども、基本的には実習生である澄人がやることだ。ただ、実験機として改造された部分もある彼女の体は、実習生レベルではメンテナンスが難しい部分もある。しかもその部分は、故障が出やすい場所。それが原因で、万が一機能停止するようなことになれば、澄人の評価が落ちてしまうかもしれない。

(ついでに、人工皮膚の状態も……)

 彼女はシステムチェックを行いながら服を脱ぎ、鏡に映る自分の体についている傷へと目を向ける。

 体に刻まれている、いくつもの大きな縫合痕。それは彼女の体が何度切り開かれ、何度内部部品を取り替えられたのかを物語っていた。

 これだけ大きな傷ならば、本来は専用の修復装置ですぐに直されるものなのだが、旧式機である彼女は、コストがかからない縫合という形がとられ、自動修復機能で人工皮膚を修復している。

 ぱっと見、傷はもう修復済みのように見えるが、実はまだ修復途中で、自己修復機能が衰えている彼女の場合、完全修復まで一年以上はかかる。しかも今以上の負荷がかかると、傷がまた開いてしまう可能性があるのだ。

(どうやら、まだ大丈夫のようですね)

 傷に触れながら鏡を見ていた彼女は、ふと自分の顔を見つめた。

(この無表情の顔、どうにかできないものでしょうか)

 そうすれば澄人の心の壁を少しは取り除けるのではないかと、思った彼女は、試しに研究所内にいる人間の女性達の笑顔を参考に、笑顔の表情プログラムを試しに作ってみることにした。

(表情データ作成……完了。ロード……)

 そして、それを自分の表情に反映させ、鏡で見た彼女だったが、

(うっ……こ、これは……)

 それは、あまりにも不自然な――安物のマネキンのような笑顔だった。

(……不気味すぎます。こんな顔を澄人に見せたら、確実に嫌われてしまいます……。やはり、他の表情を参考に作っても、自然な表情にはなりませんね)

彼女は「はぁー……」と心の中でため息をつくと、脱いでいた服に手を伸ばそうとした。直後、入り口のドアが開く音と、「えっと……戻ったよ」という澄人の声が聞こえてきた。

(あ、帰ってこられたようですね)

 しかし、まだ裸同然の彼女は、澄人を出迎える前に服を着なければと、まずはソックスを履き始めたのだが、その間に彼女がいるメンテナンスベッドの部屋のドアが開いた。

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