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関わりし者

「俺たちと、来る?」リューシュンは驚いた。「何でまた」



「無論、手伝いをするためだ」リシはむすりとしながら答えた。「お前たちにはそのムイの使い方がよくわかっていないのだろう」



「――ああ」リューシュンは手元に持った甕を見下ろした。「確かにそうだが……けど俺たちは、実際にこれを今から会う奴に渡す気はないんだ」



「なんだと」リシは眼を見開いた。「どういう事だ」



「これを見せてキオウの妻を取り戻しはするが、実際にこれを渡してしまうと奴の体が回復してしまうだろうからな。それはさせたくない」



「騙すというのか」リシは今度は眼を細めた。「狡猾だな」



「なんとでも言え」リューシュンは口を尖らせた。「だから手伝いはいらん。来なくていい」



「そうはいかない」リシは慌てたように首を振った。「マトウ様からの御言いつけでもある」



「帰って、断られましたと言えばすむことだろう」リューシュンもいささかむきになっていた。「いいから帰れ」



「駄目だ」リシは撥ねつけた。「私も行く」



「来なくていい」



「いや、行く」



「先に行くぞ」模糊鬼の声が遠くから聞こえ、リューシュンとリシははっとしてそちらを見やった。フラは大分先に進んでおり、いつの間にかケイキョとスルグーンもフラの背に乗り移っていたのだ。



「待て、キオウ」リューシュンは慌てて叫び「リョーマ、行ってくれ」と龍馬に命じた。



 リョーマが飛び始めるとともに、黒龍馬トハキも飛び始める。



「来なくていい」



「いや、行く」



 鬼と陰陽師見習いの女は再びそう言い合う。





「なんだか、面白くなりそうだな」





 模糊鬼の意外な声にケイキョとスルグーンが見上げると、キオウは珍しく眼を細め笑っていた。

 だがその笑みはすぐに消え、キオウは再び厳しく行く手を見据えた。

 今ここにムイがあり、聡明鬼が居り、見習いとはいえ陰陽師も来てくれた。

 直ちに、スンキと、未だ見ぬ我が子を、この手に取り戻すのだ。





          ◇◆◇





「ふむ。これが陰曺地府の食物と酒ですね」その言葉をリンケイの口が言ったのは、すでに彼の口がそれを食した後でだった。「良く言えば、中々に野趣溢れる味わいと言えましょう」



「それは、良く言えども旨いとは言えぬということですな」ジライが肩を揺すって笑う。



「しかし、本当に良いのですか」コントクも少し笑うが、心配そうな表情で訊く。



「何がでしょう」リンケイは野趣溢れる酒をまたしても呷りながら訊いた。



「陰陽師殿、貴殿は生きたままここに来たと仰いました。そしてここ陰曺地府の食物と酒を体に入れた、それはつまり、もう陽世に戻ることはできぬということになるのではないでしょうか」コントクは眉を寄せて言い、弟のジライもさすがに真顔となって頷く。



「もとよりその覚悟で参りました」リンケイは微笑んで答える。「陽世にいてもあまり役に立てそうにないと判じたので」



「良かったのですか」コントクはまた訊く。「陽世で、貴殿にとって大切な存在もあったのでは」



「リョーマは、ケイキョに任せました」リンケイは手元の杯を見下ろして答えた。「リョーマも望んでいた事です」



「ケイキョに」



「しかし他に――家族やご友人などは」ジライが問う。



「天涯孤独の身です」リンケイはまた笑う。「別れて身を切られるような相手は特にありません」



「そう、ですか……」コントクは多少口ごもり、だが弟とほんの僅か眼を見交わしあって後、その話は終えることとした。



 三足は森羅殿の片隅に腰を下ろし、窓から薄暗い空を愛でるともなく眺めながら、小鬼たちの運んでくれる野趣溢れる酒と料理を腹に入れていった。

 今は、聡明鬼が来るのを待つだけだ。

 そしてそれを追って来るだろう、テンニを。





 或いは追うのと追われるのが逆になっているかも知れない。







「喰うておるのか」





 不意に、低く問う声がし、三足は喰いながらその方を見た。

 なんとそこには、閻羅王自らが歩み来、佇んでいたのだ。



「これは、閻羅王様」コントクとジライは鬼らしく慌てて食い物を置き立ち上がった後すぐに膝を突き首を垂れた。



 リンケイはその様を見つつ自分も食い物を置いて、胡坐を解き膝を揃えた。

 だが首を垂れようという想いは彼の中には生まれ出ることなく、真っ直ぐに近づいて来る閻羅王の姿を見つめていた。





「陰陽師」閻羅王もまたリンケイを真っ直ぐに見つめ、呼んだ。「お前に確かめたいことがあって来た」



「確かめたいこと?」リンケイは眉を持ち上げたが、すぐに頷いた。「何なりと」



「お前は、ここ陰曺地府にて儂を護るつもりで居ると言うたな」閻羅王は訊く。



「はい」リンケイはまた頷く。



「その護る手管、手法とは」閻羅王は続ける。「無論、鬼を祓う法術に拠りて行うこととなるのじゃろうな」



「――」リンケイは頷かず、黙って閻羅王を見た。



「儂が何を確かめたいか、もう判ったという貌じゃの」閻羅王は口元に笑いを浮かべた。



「私も、その手法についてはこちらへ来る前に色々と考えました」リンケイは微笑む。「護符、手書符、黒縄、法玉……私は陰陽師でありますゆえ、主に悪鬼というよりは悪霊を退治する専門ではありまするが、そういったものは鬼をもまた駆逐するに充分足りるはず。それを使おうかとも思いました」



「思ったか」閻羅王は頷いた。「じゃが」



「はい」リンケイは眼を閉じ頷く。「それらは鬼に利くと同時に、閻羅王様の周囲を護衛する鬼差や鬼卒たち、もしかすると閻羅王様ご自身にも利いてしまうやも知れませぬ」



「な」

「なんと」

 眼を見開き声を震わせ驚愕したのは、コントクとジライだった。



「うむ」閻羅王は頷く。「さすればお前がここ陰曺地府の覇者となることも叶わぬではないのう」



「滅相もない」リンケイは楽しそうに眼を糸のように細め笑った。「私は一介の陰陽師に過ぎませぬ。なし得る仕事は、覇者たるお方への力添えまで」



 閻羅王とリンケイのそんなやり取りに、コントクとジライの兄弟はただただ眼を丸く見開くだけであった。



「そんなわけでございますゆえ、私は最終的に、これのみにしか頼るまいと」リンケイは言って、己の腰をぽんと叩く。

 そこには斬妖剣が鞘に収められ挿されてあった。

「そう、決めました」にやり、と笑う。



「その、剣でか」閻羅王は確かめた。



「はい」リンケイは頷く。「これは斬妖剣、鬼を斬ることはできても触れただけで消したり血や石や炭に変えたりはできませぬ。要するに、ただ斬りつけるだけのものです」



「それで、テンニと闘うというのか」



「はい。幸い私に対してもテンニの打鬼棒は、ただ打ち付けることのみしかできぬもの。互いに思う様打ち合うこととなりましょう」



「なるほどのう」閻羅王は二度三度と頷いた。「法術ではなく、剣の腕前の見せどころとなるわけじゃな」



「閻羅王様、この陰陽師の剣さばき、我々も幾度か見て参りましたが、実に強く鋭く、素晴らしいものでございます」コントクが言葉を添える。

「必ずや、テンニを討ち滅ぼすことでございましょう」ジライもだ。



「そうか」閻羅王はさらに頷いた。「よろしく頼むぞよ、陰陽師。そしてお前たち鬼の兄弟」



「は」

「ご安心下さい」

 鬼の兄弟は頭を垂れてそう言い、またしても頭を垂れることを思い付きもせぬリンケイは黙って微笑み頷いた。





「ときに陰陽師」閻羅王は懐から一冊の帳簿を取り出しながら言った。

 その帳簿とは、まさしく閻羅王を閻羅王たらしむるもの、即ち生死簿に他ならなかった。

「お前の生立ちについて、少しく見させてもろうた」閻羅王は言いながら生死簿をめくり、あるところでそれを止めた。「お前の両親もまた、陰陽師であったとあるな」



「はい」リンケイは淀むことなく頷き答えた。「二人とも、病にて共に鬼籍に入りました」



「うむ」閻羅王は帳簿に眼を落としながら頷く。「その後お前は早くに陰陽師として一人立ちし、それ以降はずっと独り身で居たということじゃな」



「はい」



「――」閻羅王はしばらく生死簿を見つめていたが、やがてゆるりとその眼を上げ「聡明鬼とは、いつ知り合いになったのか」と、訊いた。



「――」リンケイは二度瞬きをし、閻羅王を見た。それから「早や半年ほどになりましょうか」と答えた。「まったくの偶然によりて荒れ野に棲む妖狐の退治を通し知り合いました」



「半年」閻羅王は繰り返した。「それからこっち、お前と聡明鬼はいつも一緒に居たのじゃな」



「いつも一緒に、とは行きませなんだが」リンケイは少しく惚けた声で答え、それを聞くコントクとジライは笑いを堪えるため俯かなくてはならなかった。「まあ、一緒に何某かの悪者を退治することは多くありました」



「そうか」閻羅王はまた帳簿を見下ろして言った。「じゃがこの生死簿には、お前とかかわりを持った者の中に聡明鬼の名が記されておらぬのじゃ」



「――」リンケイはその時はじめて切れ長の眼を見開いた。



「なんと」

「そんな、あれほどまで共に力合わせ闘って来たというのに」

 コントクとジライは驚きの声を挙げた。



「マトウ」閻羅王は次にその名を口にした。「お前の来し方には、むしろその名の方が強く関わっておるようじゃ」



「マトウ……?」リンケイは眉根を寄せ、顔を横に向けた。



「うむ」閻羅王が頷く。「その名を持つ者が、お前の生きてきた中で強く影響を与えたのかの」



「マトウ――」リンケイは尚も顔を斜め横下に向けたまま繰り返す。「確かに、その名には聞き覚えがありまする。しかし」そこで息を大きく吸い、しばらく眼を閉じてその息をすぼめた唇からゆっくり吐き出す。「どのような顔をしていたのか……」



「なんと」

「名のみ覚えていて顔は忘れたというのですか」

 コントクとジライはまたしても驚きの声を挙げる。



「ふむ」閻羅王はしかし、そのことに驚きもしなかった。「その者も陰陽師だと記されておるがの。女じゃ」



「――あ」リンケイは顔を挙げ、それからそのまま閻羅王を見た。



「思い出したか」閻羅王は訊く。



「はい」リンケイは答えながら再び眉根を片方だけしかめた。「居ました。そういう名の、陰陽師が」



「なんと」

「女の、陰陽師ですか」

 コントクとジライはまたしても驚きの声を挙げる。



「しかし」閻羅王は再び生死簿に眼を落とす。「これほどまでに、そのマトウとお前の関わりについて詳しく書かれておるというのに、お前はその女のことを覚えておらぬというのかの」



「――」リンケイは言葉を失い、しばし閻羅王を黙って見た。



「――」

「――」

 コントクとジライも、共に言葉を失った。



「それも、若しくは聡明鬼という者の存在がお前の中に入り込んで来たことに因ることなのかも知れぬのう」閻羅王は推測を述べた。



「――」リンケイは未だ言葉を返すことができずにいた。

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