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帰社して「部長、お土産です」と差し出したら「おいちゃんよう、帰りがちいとばかり遅くないかなああ? ぬるいよ、このケーキ箱」
うっ。
「改めて問うかな、おいちゃん。いや、生田。何処をさ迷ったかな? 実に晴れ晴れとした顔つきだ」
あんた入院するんだろ、早く行け。
「生田よ、スーツが異なる事を追求しない上司の配慮に感謝したまえ!」
ぐ!
「かんちゃんのシャツを何処で着替えさせたかも問わない温暖気候の私に土下座しろ!」
ぐっ!
「社用車を探れば一発だ。なあ、生田よ、おまえが何処で発情しようと構わないが車内は有り得ん、自重したまえ、発情を抑えろ、何だねきみは全く、未だに思春期か、無秩序のとち狂い」
ぐっ、言い返せない。
「更に言葉を重ねよう。生田よ、部長補佐だ。管理職だ。かんちゃんを襲って何とする。幹部は部下を、そしてきみは全社を担うんだ。かんちゃんを背負ったり口説いたり担う為ではない。体の疼きを何とする。職位に向き合え、愚か者。大不正解だ。本日のきみの思惑は」

「そこで卒倒しない、生田よ、かんちゃんは救われたかもしれんがねええ、きみは全社の担い手だ。そして全社の性欲解消の為の無料動画だ、きみの幸せは全社の士気に関わる、きみは身も心も全社のものだよ、流石はキャバ嬢。ご指名率ナンバー1。2位は不在だ、ぶっちぎり単独首位」
「あの!」
「好き勝ってはさせん。これが上司の務め、なにやら臭うから再び頭髪を洗いたまえ」
立てない、

「汗だけではないと断言したいがあえて言葉を呑む私に言う事はないかね。なあ、生田よ」
「取り戻しましたから、これからも務めます、」



「ほおおお。凛々しき男よ、生田。全社は任せた」
「ええ、その腹積もりです」
もう、息苦しい。

「だが、アイドルは引き上げたまえよ。務めさせん。こんな美麗なものに抱かせたら、かんちゃんは他所を見なくなる。困惑だ。放り出したい私情に駆られるぞ、なあおいちゃんよう」
このクズめ。

「高貴な香りを漂わせてまさにカサブランカ。だが生田よ、どうかな、私の目には貞操を気にしない無謀な仇花にも映るが如何かな。見苦しい、実にだ。放逐したいぞ、お盛んな色男め! 手折れるまでもしくは枯れるまで肥料を付与しない!」

言いたい放題かよ、早く入院しろよ、生活習慣病!
その席を空け渡せ、馬鹿野郎!

「百合は栽培が難しいと聞くぞ。半日陰で育てる。しかも球根にウイルスを持っているので病が発生しないよう大事に育てなければならない。生田よ、大病だねえ。ウイルスをもしや! かんちゃんに! この男は断罪だ。出荷する」

朝市かよ!

「部長はオレが嫌いですか」
「断言する。胸糞が悪いよ、おいちゃん。面接の際から気に食わん。だから採用した。きみが会社の屋台骨になる予感がしたんだよ、どうやら私は違えていないなあ、生田よ。更なる上へ行きたまえ。大事なものを抱えてな。席はいずれ空ける」

「え、」
「私が常務だ」在籍かよ。


上京の身も心も守りたい。側に居るからなんて自己満足だ。
現に百合を敷き詰める暴挙を許した。
いつもながら一緒に寝て、抱き枕をしながら愛おしむべきだったな。
距離を感じさせるなんて。

「お、生田。給湯室で何事だ」
「上京、お腹空かない? 行為の後は疲れるだろ」と冷蔵庫からマスカットとキルフェボンの季節のフルーツタルトを取り出した。
「お、いつの間に。でも俺は甘味を食べないぞ」
「分かってる。都築部長のところでヴイノワズリーのクロワッサンも買った」
クロワッサン好きだからな。
「食べる」
「口、開けて」と食べさせた。「おお、ブリオッシュみたい。美味しい」その笑顔が見たかった。
「生田よ。気配りが過ぎるぞ。おまえは全社の性欲の対象だ。俺に構うと拍車がかかる」
「気にするな。オレはおまえだけだ」
「しかし、見たぞ。髪を洗う様。実にいんわい。そそる。そろそろ有料にした方がいい。DL販売だ」
こいつ蹴り飛ばすか。
「そこらの動画より隙があって、艶が惜しみない。危惧するぞ」
「全部、おまえのものだ。今日からまた、おまえを抱きしめながら寝る。約束する」
職位より優先したい。
将来はまだ見えないが、確実に言えるのは手離したくない。これだけだ。
惚れた、生涯、もう出会えない相手を見つけた。

朝、起きて「おはよう」と言える相手。
夜は眠る前に抱きしめて体温を感じて安らぐ相手だ。

「今日は早く帰る。業務を片づけるから、一緒に帰ろう」
「おう」
「パンくず、ついてる」と屈んで、唇を舐めた。芳醇なバターの香りがした。
もう嫌がらないんだな。気持ちが分かる。抱えて生きる。




日報を提出して「お先に失礼します」と一礼したら、伊藤課長が「今日はやけに早くないか、何かあるのか生田」と不思議そうだ。
ああ、ずっと残業だし、いつ都築部長から呼び出されるか分からないから待機が続いた。
今更だが、こんな夜を待たせていたんだ。
「いえ、特別な用事ではなく、日常を取り戻すんです」
「ああ、そうか。……打ち振るなよ。大事だろ。危惧させるな、同期コンビ。職位は手にしても肝心なものを取りこぼしては、何ともならん」
痛感する、
「早く帰ってやれ。駐車場で座りこんでないかな? あの弾丸が言う事を聞くのは、お前だけなんだぞ、生田」
「はい、失礼します」

駆け足で駐車場に行くと、車に寄りかかってアイスコーヒーを飲む上京が居た。

「遅れた、悪い」
「いや? 全然」
アイスコーヒー、もう殆ど残ってないじゃないか。氷すらない。
「上京、手を貸して」
「ん?」
「手を繋ぐところからやり直したい。おまえしかいないから。この手を離さない。許可をくれ」
「おう、……温かいな。生田。提示された手のぬくもりを打開する他の案件は見つからないぞ」
手を引き寄せて抱きしめた。
「先の確定した案件を保留して済まない。後日提出する」
「ああ、」
「考慮する、上京が最優先だ、そうだな、マゼンダか、理解した」
幸せを象徴する色、なんだ。
そういえば上京はフランフランの赤いソファーが好きだ。赤やピンク。幸せの彩。
「なに?」
「いや、何でもない。何か食べれるか? 話しをしようか、夜通し明け渡す。付き合うよ」

「今日の生田さあ、」



「なに?」
「譲るばかりで気色が悪い、何処で頭をぶつけたんだ! 脳波検査するか、全社の担い手!」
カチンときた!
「……何だと、上京! こっちが危惧したらこれかよ畜生! 許可しない、1人で寝てろ、抱き枕なんかするもんか! 百合を敷き詰めるな馬鹿野郎! ふざけた奴とは再戦だ、時間はあるから覚悟しろ!」
「かかって来い、生田!」

取り戻した、
気力が漲っている。
いつものおまえだ、上京。

「上京、おまえを独占する。許可をくれ。抱きしめるから気持ちを全部渡すと再度提示しろ」
屈んでキスすると腰に手を回して抱きついて来た。
すり寄りながら、オレの髪を弄ってる、好きにしたらいい。
「生田に気持ちは全部渡したぞ。惚れた。何度でも再提出してやる。指図書を寄越せ」
おまえに託す。おまえしか触らせないんだよ、全社がオレを追いかけようとも気にかけない。
分かるよな。

このままさらう。白い未来へ。一緒に夢を紡ぐ。
自由を手にする為に、更なる上へ導く、もう誰にも縛られない職位に就く。

「……側に居てくれ、離さない。おまえに惚れてるんだ」


おわり

ありがとうございました

柊リンゴ


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