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社内のシャワー付き洗面所で髪を簡単に洗い、ワックスで毛束を捩り、着替えようとロッカールームへ向かうと伊藤課長が猛進してくる。
悪寒しかない。
「生田! おまえは理解していない、全社はおまえを盗撮しているんだ、貞操の危機と何度言えば分かる、おまえの洗髪するあられもない様が実況放送大絶賛だ!」
あなたがあらえと。
「上司として見惚れるぞ、生田よ。隙だらけだ」
「見ないで下さい、徴収しますよ」
「何だと、生田。代金を払えばおまえは蹂躙させると言うのか。幾らだ!」
もうだめだ。
「白紙の小切手を切る経理部も居るだろう、おまえを独占しようと企む総務部も居るだろう、不用意な発言をしない事!」
「分かりました、着替えますから、」
「生田よ、社内は鬼一口だ。何度も言う、こうなればだ。上司として勧める、部屋を借りて安泰な場所でその身を晒せ。着替える様すら無料で出すなら為落とさない。おまえは部下だ。キャバ嬢ではない!」
もう行こう。
「濡れ髪で直行するな、馬鹿野郎! タオルだ、巻け。おまえは全社を担うんだ。卑俗な姿で出せるか、腑抜け。生田よ、おまえは窓口だ。自ら進んで、この役に就いた。勇壮さを見せろ」
「その所存です」
「腹案か、生田?」
「は?」
「おまえは会社の唯唯諸々に成っていると気づかないか?」
はあ?
「上京が百合を抱えるなんて突飛だ。憂俱している」

「生田。管理職は性急すぎたな。おまえは今、何を腕に抱えていたか、念頭にあるか? 取り下ろした事に気づいていないんだろう。上司として助太刀したい。何かあれば言えよ」





社用車に乗り込むと花の香りが漂う。まだ身に纏っているのか、まずいな。
伊藤課長が言う通りだ、オレは寝ずに上京を制しなければならない立場のはず。疎かにして眠りこけた。
しかし、今は業務だ。優先すべきは全社の窓口。
気持ちを切り替える。
エンジンをかけたら「おい!」窓ガラスを叩く乱暴者がいた。仰天だ。生ごみを荒らす烏より雑。
ルーフを下げて「上京、おまえは補佐。社内に待機のはず。うろうろするな、不審者に声をかけられる。囲われてろ」
「俺も同行だ。許可を得たぞ。俺に敵う者は社内に居ない。分かったら開けろ、愚図るな部長補佐!」
弾丸め。
乱射したのは何処の誰だ。
「同期コンビだからな」
その響きが頼もしい。
「分かった。おまえには敵わない、乗れ」
オレも甘い。自覚はある。
「運転する、」
「おう、よろしく、生田」
いつも通りだが、何か腑に落ちない。
「生田、途中でアイスコーヒーな、買うからコンビニ寄って」
「はいはい」
ああ、そういえば上京は出会った頃から、アイスコーヒーだ。
言われてみれば一緒に暮らしているのに、先を見ていないな。
このままでいいのか。
管理職を目指すと言う上京を導けた。感謝もされた。
でも等価交換で失くしたものがある。自由だ。

オレは大手企業を落として、稼ぎ頭に成り、全社を担う立場になった。最優先が業務と化した。




人を想う事は自由だと思った。それを自ら差し出した。
今のオレは全社を担う立場だ。
深夜に百合を敷き詰めた上京、らしからぬ異常事態。
本当は寂しいのかな。気づいてくれ、と言うのかな。考えすぎか?
見ているつもりが疾走させたし、な。

「行くよ、上京。都築部長のところ」
「あれ、結婚式場とかに提示じゃないのか」
新規開拓したいのは山々だが。
大手は既にお手つきだし、
「既存店舗は他社が抱え込んでる。切り開くには相応の関連会社を巻き込まないと、うちでは太刀打ちが出来ない。今は余力がない。分かるだろ。包材を扱うのも限りがある」
話しながら気づいた。

「守る者も同じだ。おまえしかオレは守れない。だから何かあれば言えばいい。……らしくない事しなくていいよ」
百合を飾るなんて。

「思い当たらん」
ああそう。ならいいんだけど。
「まあ、でもさ」
「え?」
「生田、前向け。おまえと事故るのは避けるべき重要案件だ。緊急回避だ」
はいはい。
おまえの代りはいないもんな、賢くて世渡り上手。
元は稼ぎ頭だし。尊敬しているよ。引く事をしらない子だ。

「おまえは部長補佐で全社の担い手だから、俺とは違う」
「はっ?」
「おまえが居なくなったら全社が困惑だろ。俺は社内で囲われてるから別にいいけどさ、生田じゃないと勤まらないよな。距離、あるな。いつの間にか。なあ、部長補佐」

「距離、だって?」
部長補佐?

目の前が真っ白になった。百合の色だ。
まさかだ、当確だ。当たってはならないくじを引いた。オレのせいだ。

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