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第33話 ナビゲーターレクチェ・後編

「言いたくなければ構わないが、つらい過去は人間なら誰しもあるからな……」
 重苦(おもくる)しげに口を開こうとする灰賀。ため息混じりに沈んだ声で語り出す――。

「4年前になるだろうか……、自分には血のつながった11才歳下の弟がいてね」
「亡くなったのか……?」 
 冒頭から先読みしたレクチェは灰賀の感傷に引き込まれる。

「弟の部屋で首を吊っていたよ……。明るい性格だったのに、友人に騙されて借金を背負うハメになったのが原因らしい…………」
「しかし、貴様には落ち度が無かったのではないか?」
 少しずつ話を続ける灰賀の心が、しだいに滅入(めい)りこんでいく。

「自分は……他人に干渉(かんしょう)をするのが大の苦手だった。……必ず悪い結果になるし……、何より口下手だしね。善意でやる事は心の中で応援をする位だった」
 
 立っていたレクチェは再び、灰賀のソファーの傍でしずしずと腰を下ろす。

「特に趣味もなく、仕事と麻雀でほとんど家を空けてた自分には……弟の交友関係や人当たりの良さは(ねた)ましかった…………。今思うと年齢差も……距離を遠ざけていた原因だったのだろう」
「世間体は……兄弟として問題なく過ごしていたという事か……?」
 灰賀は大きい体躯にも関わらず、こじんまりとした動きでうなずいた。

「弟の人生が暗転している事には気づいていた……だからこそ放置していたんだ」

「そういう事か……、似ているのだな? フレッド・バーンズと貴様の弟が……」
 灰賀にとって決して晴れることのない暗雲が、鬱屈(うっくつ)として消えずに今もまだ残ってしまっている。贖罪(しょくざい)を求める彼には、フレッドが太陽のような存在なのだろう。

「……これ以上後悔はしたくなかった、だから彼に微笑んだのだと思う……」

「そうか……、そんな貴様だからこそ、私は気に入ったのかもしれないな」
 レクチェは母性にも似た感覚で、灰賀に恋の芽を息吹かせ始めていた。
 
 灰賀は覚悟を決めた面持ちで、黒々と輝くドングリ眼を彼女に向ける。
「おとといアップル君はチートを使った際に……こう言った。パラメーターを少し(いじ)るだけでこれでは…………、強制的なレベルアップ時には対象の体にも悪影響が出かねない……と」
 
「確かにそうだ……、しかも『ネクタル』は即効性であるため苦しい思いをするだろうな。だが〈ペインカット・システム〉が作用する以上、死にはしないはずだ」

「その装置を…………停止することは可能だろうか……?」 

 彼女の我慢の袋で出来た風船が、いっぺんに(ふく)らんで破裂する。
「馬鹿な……? むざむざ自分から死に晒すというのかッ、灰賀!?」
 レクチェの持つ赤い酒瓶(さかびん)に手をかけ、灰賀は不敵な笑みを浮かべ自らに酔う。

「悪いが……、古い人間の自分には酒はストレートで飲むのが決まりでね……」

 しんとした(さび)しさが(つの)っていき、レクチェの心に染みこんでいく。断腸(だんちょう)の思いで仕方なく、彼女は空気を読んで意を決する……――。
「…………私を失望させないでくれよ灰賀? 管理者よッ、聞いていたな!?」

 砂を噛むような(わび)びしい時間が10分くらい経つ。そして、運営側の準備が完了してようやく、別れを告げるかのようにレクチェが灰賀に向かってコクリと首を縦に振る。


「うがあ゛あ゛あああああああああああああああああアァーツ!!!」
 酒を一気飲みした灰賀はその場で、もがき苦しみ悲痛な雄叫びを上げた。

「あぐううううぅ……、ハァハァ…………グギぎぃいいいい!!」 
「……甘んじて(とが)を受けるというのなら、私もその行く末をたどろう…………」
 目をそむきたいのを耐え忍び、座ったまま灰賀を見守るレクチェ。

 ギリシャ神話では神々のみに許されたネクタルを人間に与えたものは罰として、地獄タルタロスへ落とされたという……――――。

*************************************

 フレッド、ダフネ、トラヴィス、ルイーズの4人はラーメン屋に居た。
――そこは以前、灰賀の紹介でアップルと来た事がある店である。

「ヘイッ、4人前お待ちどう!!」
 自分を救ってくれた礼もかねて、店長の周防に御馳走(ごちそう)してもらっている最中であった。座席は4人用テーブルで男女が2:2の対面で向き合う形になっている。
 
 ラーメンの熱気と乾いた空気が、ほど良いバランスで落ち着きのあるスペースへと調整されていく。

「トラトラー、そこにあるラー油をとってクレメンス!」
「……トラトラとはオレの事なのか……?」

「うん、ボク初対面でアダ名付けちゃう系だから……気に入らなかったっぽい?」
 少し面映(おもは)ゆい表情で応じて、トラヴィスはそれを容認する。
 
「それより……、ここまで逃げてきたってどういう事ですの?」
「ボクの居た町が占領されたんご、世はまさに世紀末になってしまったでゴザル」
 ルイーズは危ない橋を渡ったにも関わらず、気持ちを込めないでサラリと言う。
 
「キミの町に来た、その男は〈パペット・マスター〉と自称していなかったか?」
「ボクを襲ってきた連中は自分の事、〈デスイレイサー〉とか言ってた気がする」

「その襲ってきた連中の特徴とか能力はわからないの……ルイーズ?」
 ダフネはほっぺたに左手を当てて、旧友の前では素に戻りつつ話しかける。
 
 3人の会話をよそに、チャ-シューメンを夢中で頬張るフレッド。中太サイズの(ちぢ)れ麺がアッサリながらに、コクと旨味(うまみ)のある素晴らしいラーメンに仕上がっている。

(このシコシコした食感がたまらないね……チュルチュル、わざわざ日本にまで食いに行くアメリカ人の俳優がいるって聞いたけど分かる気がするわ……ムシャムシャ)

「そういや10人位いたけど、全員白いバンダナや帽子をかぶってた……かな?」
「!?」 「やはりか……!」
 点と点がつながって線となり、おぼろげながら敵の正体が判明していく。

「セーフティエリア内じゃボクみたいなモヤシッ子は勝ち目無いからねー。雲行きが怪しかったから、速攻で当てもなく逃げてたらココに行きついたってわけさ」
 隣のカウンター席では、太った男性が熱心にラーメンをすすっていた。

「すいませーん、替え玉下さいッ! あとタマゴも追加で」
 込み入った話になり、短絡思考のフレッドは注文を追加して場をつなぐ。

「町の中に入れたという事は、そのデスイレイサーは生者という事になりますわ」

「となると今回の事件の主犯格が〈パペット・マスター〉で、その配下にはオレ達プレイヤーと同じ〈寄宿者〉がいるのか……?」
 トラヴィスの予想は理にかなっており、的確な言い回しだろう。

「フレディずっと食いっぱなしだけど、一応リーダーなんでしょ? 大丈び?」

「フレッドさんはこう見えて、いざとなれば頭の回転が速いのです……ことよ」
 ダフネのフレッドに対する評価は主観的だが、まるでウソという訳ではない。だが、逆に言えば普段は筋違いの事にうつつを抜かす、短所が彼にはあるのだ。

「俺のオヤジが住民票作ってるから……。とりあえずアップルが戻ってくるまでは、敵の侵入に注意しておこうか」

 これは昨日起きたネクロ・キメラの襲撃により、エリュトロスの住人達の危機感が強くなって対処が早まった事が(こう)(そう)したともいえる。

「おやっさん、ご馳走様……」

 それでも、この町の方針は手緩(てぬる)いのだろう。なぜならば、ここに至ってアップルの不在はすでに、ほころびを生んでいたのだ。ついには、このエリュトロスの町が敵の刺客に潜伏されているとは露知らず――――。
 

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