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第3話

 彼女が妙案を思いついた頃。

 受付で名前が書かれたカードを受け取った澄人は、第二会議室に入ると、そこは会議室というよりも、広い――大学の講義室のような部屋だった。その席には、既に何名かの――彼と同じ年頃の若者が座っていた。

「えっと、三十二番の席は……あそこか」

 受付で言われた席を探し、そこへ座ると周りを見た。

 時間までまだ三十分ほどあるためか、既に座っている者達のほとんどが、モバイル端末をいじり、ゲームやSNSを見る等している。

 それは彼等が、どれだけ余裕を持ってこの場にいるかを示していた。

「はぁー……」

 ため息をつく澄人。だが、すぐに首を横に振った。

「……いや、ダメだ。ため息なんてついちゃ……」

 そう言うと彼は、首から下げて服の中に入れていた――円柱の金属製ケースがついたネックレスを出して、それを見つめた。

「はる……」

 そのケースの中には、はるから手渡されたマイクロメモリと、彼女が髪に結わえていた黄色のリボンが入っていた。

「僕……がんばるからね」

 そして、キャリーケースの中からタブレット端末を取り出し、参考書のデータを開くと、それを読み始める。それから数分後……ふいに、彼の右肩を軽く叩く者がいた。

「……?」

 彼が右へ首を向けると。そこには顔立ちの良い青年が、いつの間にか座っていた。

「よっ!」
「は、はい……?」

 名前も顔も知らない人物から声をかけられ、彼の肩が少し縮まる。しかし青年はそれに構わず、明るい口調で話しかけ続けた。

「オレ、藤間木アキラ。今日からよろしくな!」
「よ、よろしくお願いします……」
「おいおい。敬語なんて堅苦しいじゃないか。お前……っていうか、ここにいる全員、同い年なんだからさ。もっとフレンドリーにいこうぜ」
「ふ、ふれんどりー……に?」
「そうそう。そんでお前の名前は、何ていうんだ?」
「柳原……柳原澄人」
「じゃあ、澄人って呼ばせてもらうぜ。オレもアキラで良いからさ」
「あ……ああ……」

 アキラは、ニカッと――満足そうな笑みを浮かべると、イスの背にもたれかかった。

「そんで、お前はどこの大学からきたんだ?」
「技術短期大学から……」
「あれ? 俺もそうだったけど、お前を見たことないぜ?」
「ちょっと事情があって……講義とか、ほとんど出られなかったんだ」
「そうなのか。まあ、俺達のように遺伝子操作を受けて生まれた人間にとっちゃ、講義なんて出なくても全然問題なかったからな。短大側も、レポートと試験ができてさえいれば良いって言っていたし」

 遺伝子操作を受けて生まれた者達は、持って生まれた記憶力も今までの人間より優れている。彼等にとって、今までの一般的なテスト等は、答えを見ながら書き写すくらいに楽なことなのだ。

「あのぉ……」
「ん?」

 アキラの席の側に、ショートボブの少女が立っていた。

「すみません。そこ、あたしの席なんですけど…………」
「えっ?」

 アキラは受付で渡されたカードを出し、机に書かれた番号を確認すると、

「……おおぅ、すまん! どうやら、間違えて座っちまっていたみたいだ」

 すぐに立って、澄人の左側にある席に移動し、そして少女はアキラ座っていた――澄人の右隣の席に腰掛ける。

「いや~、間違って座っちまってすまなかった。ええっと……」
「藍堀良美です」
「藍堀さんか。俺は藤間木アキラって言うんだ。よろしく!」
「よろしく、藤間木君」
「…………」

 二人が自己紹介をしている間、澄人はまたタブレット端末に目をやっていた。

「おい、澄人。お前も自己紹介しろよ」

 その彼の左肩を、アキラは軽く叩いた。

「え? あ……柳原澄人、です」
「よろしくね。柳原君」
「……よろしく」

 すぐに良美から目を逸らそうとした澄人に、アキラは顔を近づけた。

「なんだお前? もしかして、女の子が隣に座ったから緊張しているのか?」
「べ、別にそういうわけじゃ……」
「いやいや、隠さなくてもいいって。藍堀さんみたいな美少女が隣に座っていたら、緊張するのもわかるぜ」
「美少女だなんて……。あたしくらいの容姿の子なんて、いくらでもいると思うけど」

 と言いつつも、良美は嬉しそうな笑みを浮かべた。

「そんなことないって。俺が今まで会ってきた女の子の中で、藍堀さんはかなりかわいいと思うぜ。お前も藍堀さんはかわいいって思うだろう? 澄人」
「え……? ああ……」

 空返事をした澄人に、アキラは呆れた表情を向ける。

「ああ……って、お前なぁ……」
「だって……今、会ったばかりだし……」
「そういえば、さっきから親しそうに話していたようだけど、二人は友達なの?」
「そこまでの関係じゃ……」

 良美に聞かれた澄人が否定しようとすると――

「おう!」

 アキラは澄人の言葉を遮り、グッと親指を立てた。

「おうって……今日、初めて会った……」
「固いこと言うなよ。こうして会ったのも、なんとかの縁ってやつだ」
「ふふ。藤間木君って、親しみやすい感じの人なんですね」
「堅苦しいのは苦手でな。どうせみんな年は同じなんだし……ってことで、苗字じゃなくて、俺達を呼ぶときは名前で結構だぜ、藍堀さん」
「じゃあ……あたしも良美でいいわ」
「おう! じゃあ、遠慮なく名前で呼ばせてもらうぜ」
「僕は、藍堀さんのこと……名字で呼ぶよ」

 澄人がそう言うと、アキラはまた呆れ顔になった。

「おいおい、澄人。名字じゃなくて名前で呼ぼうって、言っただろ?」
「……ごめん。その……他の女の子を、名前で呼んだことって今までなかったから……ちょっと抵抗があるんだ」
「他の女の子……? まさかお前、恋人がいたりするのか?」
「そうなの? 澄人君」
「…………」

 口を紡ぐ澄人に、二人は興味津々な様子で聞き始めた。

「おいおい、マジかよ!」
「澄人君って、恋人いるんだ」
「ま……まぁ…………」

 澄人は、渋々といった感じで頷いた。

「くぅー、羨ましいぜ! 付き合って何年になるんだ? どんな子なんだ? 写真見せてみろよ~」
「写真は……ないんだ」
「でも恋人なら、写真の一枚くらい持っているんじゃないの?」
「……本当にないんだ。ちょっと……いろいろあって……」

 アキラと良美は、澄人を挟む感じで目を合わせた。

「もしかして……ケンカ中とか?」
「そっか。だからそんなに落ち込んでいるんだな」
「ははは……」

 笑う澄人だったが、その声に元気はない。

 けれどアキラと良美は、澄人の元気がない原因は、恋人とのケンカだとすっかり思い込んだようで、それ以上追求することはなく、今度はアキラの恋愛話に移っていた。

「アキラ君は、彼女いたりするの?」
「いない!」

 アキラは腰に手を当て、胸を張った。

「い、いないんだ……」
「おう。だから良美。俺の彼女になってみないか? 今なら絶賛セール中だぜ?」
「え、ええっと……今は私、恋愛はするつもりないの。今日から始まる実習のことで、頭がいっぱいだから」
「あー……まあ、そうだよな。これまでのテストやレポートと違って、実習はどんなことをするのか、全然わかんねぇからなぁ……」
「アキラ君と澄人君は、不安じゃないの?」
「正直言うと、不安でしょうがなくてな。こうして虚勢を張っていないと、落ち着かねぇんだよ。澄人はどうなんだ?」
「不安だけど……でも、僕はがんばるって決めているから……」

 澄人は、ネックレスを右手で握りながら言った。

「随分と気合入ってるんだね」
「あっ、わかった! さっき言っていた恋人のためだろ? 将来結婚を約束しているから、早く就職を決めて安心させてやりたいとか、そんなところだろう? くぅー、妬けるねぇ」
「はは……流石にそんな約束してないよ。でも……」

 澄人は、またネックレスを握った。

「……しておけばよかったって、今は思うよ」
「まあ、実習が終われば俺達はすぐに久重重工に就職できるんだ。その後でも遅くはないさ」
「そうだよ。きっとその頃には、仲直りもできているだろうし」

 そうして二人が澄人を励ましていた時、部屋に電子音が鳴り響いた。

「お、時間になったみたいだな」

 アキラがそう言った直後、会議室の前の扉が開き、1人の――白衣を身に纏った、背の高い男が入ってきた。

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