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閻羅王に力を貸す者

「ジラ──」





 リューシュンは、言葉を失った。

 上から、それを見ていた。



 両腕を拡げながら龍馬の背に乗った元降妖師は、その瞬間ジライの体を真二つに斬ったのだ。

 それは常人の目に留まり得る動きではなかった。

 馬の背に降り立つ寸前、その足の爪先で、自分を呆然と見上げるジライの、微かに力緩んだ手から斬妖剣を引っ掛け蹴り上げ、着くと同時にその刃を横に薙ぎ払ったのだ。





 リューシュンがリョーマの背に降り立った時には、テンニはまんまと姿を消し、ただジライの、腰から下だけの骸がそこに座っているだけだった。

 斬り落とされた上体の方は、後方に吹き飛んだのだ。





「ジライ!!」

 リューシュンはしかし、逃げたテンニを追う事をしなかった、どころかそんな事を思いもしなかった。

「ジライ!!」

 聡明鬼はただ、信じられぬ姿となり果てた仲間の名を、声の限りに叫んだ。





「ジライ──」





 かすれた声に、はっと振り向く。

 コントクが、リューシュンのすぐ後ろに降り立っていた。





「リョーマ、止まってくれ」次にリューシュンのした事は、龍馬に停止を依頼することだった。「ジライの鬼魂を、呼ぶ」





 若き龍馬はまったく疑うこともなく、すぐに空中でとぐろを巻くようにして飛ぶのを止めた。





 ──ジライ!!





 直ちにリューシュンは、いつも鬼魂に呼びかけるやり方と同じようにして、仲間の名を叫んだ。





 ──こっちに、来い。俺の中に、入って来い!!





 匂いは、ない。

 だがリューシュンは、信じていた。

 信じて、疑わなかった。

 ジライは、きっと近くにいる。

 近くに──自分のところに、来てくれる。





 ──ジライ。





 上天へ──





 仲間を、共に闘ってきた友を、地獄へなど送り込むことには微塵も思い至らなかった、

 上天へ、玉帝のもとへ。

 ただその想いしかなかった。

 それは、兄に自分の友を見せたかったからかも知れない。

 否、そうでなくともよい。

 ジライを、上天へ。

 ただ、ジライを上天へ上げてやりたかった。





 ──聡明鬼。





 言霊が、届いた。



「ジライ!!」

 顔が、喜びに輝くのを自分でも感じる。

 思い切り、空気を吸い込む。

 だが匂いは、まだ届いてこなかった。

「ジライ、早く俺の中に入れ」

 呼びかける。





 ──聡明鬼。俺は、上天へは行かん。





「え」

 リューシュンは、ぽかんと目を丸くした。





 ──もちろん、そうさ。俺はこのまま鬼となり、兄さんと共にあいつを、テンニを倒す。



 ジライの言霊は、どこか笑っているような、何か楽しげでさえあるような、雰囲気だった。



「で──でも、けどお前」リューシュンは、戸惑った。「鬼になるって」



 ──お前とも同じ、鬼になるんだ。



 ジライの言霊はいよいよ、くすくすと笑っているかのような、幸せそうな雰囲気になる。



「でもお前、まずは閻羅王のところに行って──」

 リューシュンは、ますます困惑した。

「下手をすると、十八層地獄へ落とされるぞ」





 ──大丈夫さ。俺はそんなに、悪行を働いたこともない。こう見えても、まっとうな降妖師として仕事をしていたんだぞ、テンニとは違って。



「そ、それは無論知っているが」リューシュンはきょろきょろと辺りを見回す、だがジライの鬼魂の匂いはどこからも漂って来ないのだ。





 ──心配するな。





 ジライの鬼魂が、ふっ、と笑う。





 ──悪鬼になど、ならんよ。俺も散々手こずらされたからな。あんな奴らの仲間になど、なるものか。





「そ、それも無論わかっている、けど」リューシュンは、きょろきょろと辺りを見回すことしかできずにいた。「何処にいるんだ、ジライ!!」



「ジライと、話しているのか」コントクが背後から、呆然と訊く。「ジライの、鬼魂と」



「あ──」リューシュンは振り向いた。「ああ。ジライは、上天へは行かないと言っている。鬼となって、あんたと一緒に闘うんだと」



「そうか」言ってからコントクは、顔全体で笑った。「なら、いい。ジライに、陰曺地府で会おうと伝えてくれ」



「え──」リューシュンの方が、こんどは呆然となった。「いいのか」



「当たり前だろう。俺と同じ、鬼となってくれるというのならば、大歓迎だ」コントクは力強く頷く。「俺たちも、早く陰曺地府へ行こう」





 ──待っているよ、兄さん。





 ジライの言霊も頷いているのを、リューシュンは感じ取った。



 そうして鬼魂は、消えた。

 鬼差が迎えに来たのか、それともジライ自身が天心地胆を潜り抜けて行ったものか、リューシュンには判らなかった。





          ◇◆◇





「ジライが」リンケイは呟き、眸を閉じた。



 リョーマからの報せだ。



 まずはコントクを想い、それから聡明鬼を想う。

 それぞれにどのような心情に達するのだろうかと。

 そしてすぐにそれらは見えてくる。



 そうなると、次に自分がどう動くべきであるかが見えてくる。



 その思惟の流れに、今まで特に気にも留めていなかった或る想いがふと、絡み付いてきた。

 気にも留めなかった──というよりは、敢えて取り構わずにいたのかも知れない。

 または、見えぬ振り、をしていたのかも──





 ──閻羅王に、力を貸す者──





「聡明鬼」呟く。「ここに、戻って来い」



 念が通じる相手ではない。

 名すら互いに名乗っていないのだから、何も通じるものがあろうはずはない。

 あるのはただ、共に幾足かの鬼どもを懲らしたという経験のみだ。

 それはたまたま、その時同じ空間に、または近い空間に居合わせ、そしてたまたまその悪鬼どもを懲らす必要を感じていたからに他ならない。

 もし自分が、或いは向こうがそこに居らず、居たとしてもその必要を感じずにいたならば、決して共に闘うことなどなかっただろう。





 確かに、そう思う。

 だが今リンケイは、聡明鬼に、会って話したいと思っていた。

 会って、話さなければならぬと感じていた。

 それはつまり、





 ──閻羅王に、力を貸す者。





 それが誰なのか、判った気がするからだ。

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