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龍馬対降妖師

 山賊たちはそれぞれの武器を振り回し、鬼を斬り、刺し、叩きのめした。
 町の住民たちは尻込みして見守るだけだった。
 逃げ出そうにも、背後でも鬼と山賊がぶつかり合い、下手に動けない。


 リューシュンは、のろのろと起き上がった。


 鬼魂は入り込んで来なくなった。
 近くにいるものはもうすべて上天に逝ったのだろう。



 体力は、ひと戦を闘い抜いたのとおなじほどに消耗していた。



 ばさり、と目の前に、巨大な馬の尻尾が垂れ下がる。



「乗るか、聡明鬼」フラの背からキオウが声をかけた。「後はうちの奴らに任せておけばいい」



「──」リューシュンは少し迷ったが、自分の体が震えているのを自覚し、よろよろと尻尾にしがみついてよじ登った。




「ナーガ様」すぐに住民たちが慌てて呼び止めた。「我らを捨て置かれるのですか」
「どちらへ行ってしまわれるのか」
「あなたは山賊どもの仲間なのか」




 リューシュンは言葉もなく馬の背から人々を見下ろした。




 自分は神ではない。




 だが、土地爺だ。




 ──山賊どもを、一人残らず殺してやる。




 突然降って涌いたように、リューシュンはかつて自分が鬼魂に約束したことを思い出した。
 それは、賊どもに蹂躙され殺された女の死霊だった。
 女の恨みを受け取り、山賊どもが二度と悪辣な振舞いのできぬよう、皆殺しにしてやると言って聞かせたのだ。




 ──それが今は、このざまだ。




 今自分は、殲滅せしめるべき山賊どもに命を救われ、不甲斐なく龍馬の背に乗って逃げようとしている。




「やかましい」怒鳴り声が雷のごとくに轟く。「この土地爺がどれだけ闘ったか見ていなかったのか」




 リューシュンは茫然とその背中を見た。
 細く華奢な背中だ。
 それは模糊鬼キオウのものだった。




「守ってくれだの救ってくれだの見捨てる気かだの、たった一足の土地爺にどこまで求めるのか。こいつは神なんかじゃない、よく目を開いて見てみろ。こいつは鬼だ、ただの土地爺だ。都合のいいように妄想するのもいい加減にしろ」



 言っている端から、フラの尻尾は地上の鬼どもを叩く。



「救って欲しいのなら我が山賊一味、そしてこの紅龍馬フラが救ってやる。我らを神と呼ぶがいい」



 リューシュンはなかば口をあんぐりと開け初めて聞くキオウの怒鳴り声に耳を傾けていたが、そこでつい風のように笑ってしまった。



「何が可笑しいんだ」キオウはむっつりとした顔を半分振り向け、いつもの呟くような声で訊いた。



「いや」リューシュンは馬の背の上でくすくすと笑う。「実際神なんて、誰がなってもよさそうなもんだと思ってな」



「──」キオウは前を向く。



 フラがごう、と紅き焔を吐き、それは正確に鬼だけを狙って黒焦げにした。



「けど、最上の神は、お前だからな」背を向けたままキオウは、かろうじて聞き取れるほどの声でぼそぼそと告げた。「お前しかいない」



「──」今度はリューシュンが言葉をなくした。




「打鬼棒の男が陽世に来たぞ」




 遠くの方から、恐怖に怯えた声が聞えた。




「逃げろ。血になって流れて消えてしまうぞ」



「テンニが来たのか」リューシュンは戦慄の声を挙げた。



「フラ」キオウが従者に叫ぶ。「声のする方へ飛べ」



 龍馬は直ちに上方へ翔け上がり、主の言葉の通り悲鳴の聞えた方角へと飛び始めた。




 鬼となった降妖師は、片手に刀を、片手に鎖を握り、眼をぎらつかせて街道の真ん中に立っていた。
 辺りには打たれた鬼どもの残した血の跡があちこちにこびりつき、凄惨な光景を成していた。



「フラ」馬の背の上からキオウはテンニを睨み付けた。「あの鬼を、燃やせ」




 ごう




 フラの口から魔焔が迸る。



 テンニは跳んでかわし、上空を睨み上げた。



 フラは続けざまに焔を吐き鬼を追った。
 刀の届かないところからの攻撃だ。



 テンニは憎々しげに口を歪め、矢庭に刀を持ち替え、フラめがけてぶんと投げ上げた。
 フラは素早く身をかわした。




 びょう




 リューシュンの耳に、鎖の風を切る音が聞えた。



「打鬼棒が来る」叫び、素早く周囲を見渡す。



 それは妖力によって姿を消していたものかのごとく、突然現れキオウを横から打とうとした。



「キオウ」リューシュンが叫ぶのと同時に、フラの馬の尻尾が打鬼棒をばしんとはたき落としていた。



「鬼どもが天心地胆から抜け出して行く」キオウは遥か遠くを見遣りながら言った。「俺たちもここは引き上げた方がいい」



「逃げるのか」リューシュンは不服そうに言った。「まだ人間たちがいる」



「テンニは人間たちに手をかけたりしないだろう」キオウは振り向いた。「あいつが狙っているのは陰曺地府の覇権だ」



「そう、か」リューシュンは迷いながら答えた。




 だがキオウの予測の通りにはならなかった。




 テンニは、突然周囲の人間たちに刃を向け始め、二人、三人と続けざまに斬り倒したのだ。




「な」リューシュンとキオウは絶句してその光景を見下ろした。




「者ども」テンニは叫んだ。「あの神を名乗る鬼どもを見たか。なんだかんだと言って結局、お前らを見捨てる気だ」言ったかと思うとそばにいた人間をまた斬る。「もうお前らを助けてくれるものなどおらぬ」



「ひいい」
「わああ」
 人間たちは恐れおののきただ地べたに座り込みうち震えるだけだった。




「テンニ」
「貴様あっ」
 キオウとリューシュンは同時に怒声を挙げた。




 ごう




 フラが焔を吐く。



 テンニは高く跳び、降りた先で刀を振るい、また跳び同じくした。



「フラ、道を塞げ」キオウが命ずる。



 龍馬は言われた通り尻尾で近くの家々の門や塀を打ち壊し、瓦礫の山を道の上に築き上げた。
 狙い通り降妖師の逃げる足は鈍った。



「小癪なことをするわ」テンニは毒づき、泣き叫ぶ少女の髪を掴んで自分の背に被せ、焔から身を守る盾として走った。



「この野郎」とうとうリューシュンは黙って見ておられず、フラの背から飛び降りた。



 瓦礫の上に素足のまま降り立ち、そのまま駆け上る。
 足が傷つくことなど構いもしない。



「フラ、テンニだけを巻き取れるか」キオウは龍馬に告げた。



 フラはすぐに尻尾を伸ばし、少女の体を避けて降妖師の脚を狙い巻きつけた。



「ぐあ」テンニは体を浮かせ、瓦礫の山の上に倒れこんだ。



 少女の体は放り出され、すんでのところでリューシュンがそれ受け取った。



 テンニの体は空高く引っ張り上げられ、そこでフラは尻尾を放したかと思うとごうと焔を吐いたのだ。




「うぐああああっ」壮絶なわめき声が響く。




 テンニは空中で紅き焔に包まれ、燃えた。
 そしてそのまま再び瓦礫の上に落ちた。



 フラはもう一度テンニに向けて尻尾を伸ばした、だがテンニは盲滅法に刀を振り回し、尻尾を寄せ付けなかった。



 少女を離れた所へ連れて行った後リューシュンは駆け戻り、素手のままテンニに掴みかかった。
 振り回される刀に身をかわし、隙を突いてその柄を掴む。



 テンニを焼く焔は消えたが、黒焦げになって尚テンニは動いていた。
 それは眼を覆いたくなるほど恐ろしき姿だった。



 リューシュンは掴んだ柄を捻った。
 テンニの体はよろめき、刀はがらんと音を立てて瓦礫の上に落ちた。



 素早くリューシュンはテンニの焦げた体を引き千切らんと手を伸ばした。




 びょう




 だがその時また風を切る音が聞え、咄嗟に跳んだ。



 リューシュンのいた所に、今度は打鬼棒ががらんと音を立てて転がった。
 テンニが巧みに、焦げた足で鎖を操ったのだ。



 テンニは残った方の手で刀を素早く拾い、振った。
 その度リューシュンは二度三度と跳び退かなければならなかった。



 だがそれはリューシュンを狙ったものではなく、龍馬を、正しくは龍馬の背の上の模糊鬼を狙ったものだったのだ。
 二度三度と刀が振られるたび、打鬼棒がキオウを打とうとした。
 フラの尻尾がそれに応え何度もはたき返していた。



 リューシュンがそれに気づいた時、テンニは巧妙に距離を取っており、次に天心地胆からふっと姿を消した。



「くそ」リューシュンはそこに向かって走り出そうとした。



「待て」キオウがフラの上から呼び止める。「今のお前の体で無茶をするな」



「く」リューシュンは立ち止まった。
 確かにキオウの言う通り、思い出したように体が重く、いつもの疾さでは走れない有様だったのだ。



「乗れ。山に戻ろう」フラの尾が地面に着く。



 リューシュンはもう一度、ふらふらしながら龍馬の背によじ登った。

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