68話 勇者のスキル
『リセット』の言葉が出た瞬間、メッサーさんとお姉ちゃんが魔力を練り始める。
「……『リセット』を知っているのかな……?」
殺気立つ二人を制し、あたしは努めて冷静に姫様に尋ねた。
「はい……『リセット』は、魔王を倒した勇者が所持していたと言われるスキルです。それ以降、『リセット』のスキルホルダーは、現在に至るまで確認されていなかったのです」
勇者が所持していたスキル……? 魔王が出現したのがどれだけ昔の事かは知らないけど、それ以降リセット持ちがいなかったから、誰もリセットのスキルを知らなかったのかぁ。
「仮説としては、異界人にしか発現しないスキルなのではないかと。父が異界人を召喚し、スキルの強奪を始めたのも、『リセット』を求めての事なのかも知れませんね」
ふうん? でも、どうしてそこまで執着するのかな? 確かに強力なスキルだし、レアなのは分かるんだけど。
そんなあたしの疑問に答えるように、レン君が続けた。ただし、手には食べかけの串焼き肉という締まらない状況だけど。
「これは俺に修行を付けてくれた、軍のおっちゃんから聞いた話なんだけどな。昔、魔王を倒したとか言う勇者はすげえ珍しいスキルを持ってたとかで、『このスキルがなかったら魔王を倒せなかった』って言ったとか言わなかったとか。それで、まだ続きがあるんだけどさ、二十年前に逃げた異界人が持ってたスキルってのが解読不能だったんだと。なんかこう、引っ掛かるだろ? まあ、調子のいいおっちゃんの話だから、どこまで本当かは分からねえけど」
今のレン君の話を聞いてハッとなった。解読不能……?
「あのう……スキルと言うのは、親から子へと受け継がれるものなんですか?」
あたしは尋ねた。誰へともなく。だって、異界人にしか発現しないスキルなら、あたしがリセットを持っているのはおかしい。あたしは異界から召喚された訳じゃないもの。
これに答えてくれたのはメッサーさん。
「確証の無い話だけれどね、そういう傾向はあると言える。鍛冶師の子は鍛冶師、料理人の子は料理人、冒険者の子は冒険者。親の職業を継ぐケースは確かに多い。そこにスキルの有無が関わっているのも事実だろうね。でもこれは親のスキルを受け継いだのかどうか証明するものが何もない」
そうなんだ……偶然かも知れないのか。でも『リセット』は……
「あー、証明出来るかどうかの話じゃないんだけどさ。俺の世界じゃそれなりに確立された話があるんだ」
そこでレン君が興味深い話を始めた。異界では立証されている理論?
で、その内容をあたしにも分かるように、一生懸命説明してくれたのね。
「分かり易い所で言えば、子供は親に見た目が似るだろう? 親の素養や能力なんかが子供に受け継がれるのは確かにある話で、それは偶然でも何でもなく、当たり前の事だ。じゃあ何故そうなるかって話を研究する学問もちゃんとある」
ふむふむ。ちゃんとした学問として認められていると。
「これは『遺伝』って言うんだけど、この『遺伝』って奴は両親だけじゃなく、その親、爺さん婆さん、さらにそのご先祖様……って具合に、連綿と受け継がれるものだ。両親には似てないけど爺さんにはそっくりだ、そんな話があるのもこの『遺伝』で説明出来る」
レン君て、意外と博識?
「ん~と、つまり?」
「シルトさんだっけ? あんたが『リセット』のレアスキルを持ってたって事は、両親のどっちかが、あるいは両方が、はたまた爺さんか婆さんあたりが『リセット』のスキル持ちだった可能性が高いって事だ」
「……と言う事は?」
「……『リセット』がこの世界の人間には発現しないってのが本当なら、あんたが異界人でない限り、親から受け継いだ可能性がすげえ高いって事だよ!」
「……まとめると?」
「二十年前に脱走した黒髪の異界人、そいつがあんたの父親でほぼ間違いないだろって事だー!!」
どうしてレン君は興奮してハァハァしてるのかしら? ちょっとキモ《ガツン!》ぴぎゃ!
「シルト……いくら何でも今のは君の❘理解力《アタマ》が悪いと思うんだ。ごめんね、レン君。ウチの妹がちょっと残念なコで……」
「あ、いや、別に……」
あっらー!? レン君たら、お姉ちゃんを見て頬を赤くしてモジモジしちゃって! 姫様がそれ見てほっぺをぷくーって! あらあら? あらあらあら~?
「本当に済まないね、レン君。シルトは難しい話はちょっとアレなコなんだ。私達に免じて許して欲しい」
メッサーさんたら! そんな上体を折って! メッサーさんの立派なモノが! たゆんって!
「い、いいいいや! 大丈夫っす! 大丈夫っすから!」
(でもこのシルトってコは、アタマがアレとか残念とか言われても否定しないんだな……)
姫様が胸に手を当てて、なにか絶望してるわね。あっ! メッサーさんとお姉ちゃん、ニヤッとした! わざとかぁ~。あの二人、とっても美人だから男の子がドキドキしちゃうのも仕方ないよね!
===ちょっと休憩(拗ねる姫様をレン君慰める)===
それで、勇者召喚が外道な事だし、それから逃げるって事はまあ分かる。でも、王国へこの事を伝える意味は? 二人で逃げ延びて、静かに暮らせばいいだけのような……
そもそも、本当に魔王とかいうのが現れるの? 帝国は魔王が現れるって言う確信があって異界人の召喚を始めたのかしら?
それから、お父さんの素性はまあ分かった。でもお父さんとお母さんが出会って、なぜダンジョンを作ったんだろう? そこが繋がらない。
はあ……余計に謎が増えたような。
そんな事を黙考していると、姫様とレン君がこっちに向き直って改まる。
「そう言えば、まだきちんとお礼をしていませんでした。シルトさん。私とレンを助けていただき有難うございました。このお礼はいつか必ず……」
「えーと……そんな事はいいんです。おかげでお父さんの情報も手に入りましたし」
ただ、まだ分からない事がある。魔王を倒す為の勇者召喚が行われていて、それが非道だったとしても、他の国にその情報を流してどうするのかしら?
魔王という存在もあやふやだけど、帝国にしてみれば自国を守る為の行為だしねえ……?