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第五話 イーロンからの挑戦状と弓野祥吾

結花が一般生徒の教室へ入ると、圭子が目ざとく見付け「結花いらっしゃーい!」と迎えた。

 結花は圭子に手を振って近づきながら、チラッと教室後方の席を窺い、健二や繁と一緒に笑いながら話をしている祥吾を見遣ったが、向こうがこちらに気付く前に圭子へ視線を戻し「圭子、今日の事なんだけど……」と本題に入ろうとした。
 しかし、圭子が結花を通り越して、教室の入り口に少し驚いたような目を向けている事に気が付き、結花もつられて自分が入ってきた方へ振り返ると、そこにイーロンである名嘉真杏が、無表情のまま全体を睥睨するように立っていた。

 その瞬間、休み時間でざわついていた教室が、ピタッと静まり返った……

 結花以外のイーロンが一般生徒の教室へ入ってくる事は珍しく、まして名寄第一高校の全イーロンの中で、最も近寄り難いオーラを纏っている生徒がここに居る事自体、このクラスの生徒にとっては、極めて異例の事態であったといえる。

 名嘉真杏(なかま きょう)―――――― 学業の成績は、同じイーロンである結花に次いで2番手であったが、文武両道という言葉は名嘉真杏の為にある、といっても差し支えない程、総合的に飛び抜けた成績を残している名寄第一高校のトップエリートであった。
 
そして常に冷静な振る舞いを崩さず、観察眼にも優れ、教師へ意見する事も厭わない、イーロンのイメージをそのまま忠実に具現化したような生徒であり、その長身痩躯な外観も相まって、一般生徒からは近寄り難い存在であった。また、杏自身も同級生となれ合う事を良しとせず、相手がイーロンであっても同様に接していた。

 杏は数秒間教室を見渡し、目的の生徒を見付けると、背中まで伸びた長髪を少し揺らしながら、教室中の眼が注視する中、何のためらいもなく歩み寄った。

「弓野祥吾。今日の放課後あなたとMPG模擬戦を行いたい」

 杏から発せられた言葉に、結花も含めクラス中があっけにとられた。

「えーとさ、名嘉真。あんたも知ってる通り、俺らはろくに動かす事も出来ないんだぜ?」

 祥吾は杏の言葉に心底不思議な表情をして答えたが、杏は全く表情を変えずにさらに言葉を重ねる。

「知っている。が、弓野は別。そのバンテージが証拠よ」

 祥吾の両手の所々に巻かれているバンテージは見ずに杏は言う。しかし祥吾は調子を変えずに、「誤解だよ。家で色々手伝わされてさ。こうやって巻とくと怪我しないんだよね」と同じ調子で答える。

「嘘やごまかしは好かないわ。私は、弓野が基地で何をやっているか知っているの」

 即座に返答した杏の目がすっと細くなる。

 が、それでも祥吾は表情を変えず、「ふーん……じゃぁ、まぁ、仮にそうだとして。どこでやんの? 学校じゃあんたら以外乗れないから無理だろ?」と軽く返す。

「えっ? 祥吾、MPG乗れんの!?」
 
 杏の反応を待たずに、驚いた健二が会話に割り込んだが、杏はすかさず「邪魔をしないで」と抑揚なく言い放ち、健二はすごすごと繁の陰に隠れなければならなくなった。

「プラクティスグラウンドの使用許可は取ったわ。弓野は私たちが訓練で使っている機体を使っていい。どう? 過不足は無いと思うけど」「それとも……私に勝つ自信が無い?」

 杏はやや微笑み首を少し傾げながら、挑戦的な目で祥吾を真っすぐ見る。

「……言ってくれるね。」

 祥吾は席に座ったまま、頭の後ろで両手を組む格好で、独り言のように呟く。しかしその目は杏を見据え、もはや笑っていなかった。

「名嘉真。あんたの用件は判ったけど、なんで俺? 訓練相手が弱っちいのか?」

 これは暗に他のイーロン達の技量をコケにした物言いだったが、祥吾の煽り文句にも微笑みを消さず、杏は「自衛隊トップのMPG乗りの弟子って、どの位のレベルなのか興味があるの。それだけ」と祥吾の秘密をクラス中に暴露し、踵を返しながら「私のコネクション馬鹿にしないでね。じゃ4時に訓練機格納庫で待ってるから」と一方的に伝えてその場を立ち去ろうとした。
 そしてその間際、「あ、パイロットスーツは無いから、基地から誰かに持ってきてもらったら? いつも着ているのでしょう?」と付け加える事も忘れなかった。

 結花は杏が自分の傍らを通り過ぎる時、「ちょっと、杏……」と批判を滲ませた言葉を掛けたが、杏はちらっと結花に視線を移しただけで、何も返答せずそのまま教室から出て行った。

 「くそ……最後に余計な事言いやがって……」

 祥吾は短く舌打ちしながら(お袋、怒るだろうな……さて、なんて連絡したもんか……)と言い訳を考える為、腕を組んだまま目を瞑った。しかし、突き刺さる不穏な視線を感じそっと目を開けると、事態の説明を待つ様にその場に居たクラス全員の視線が祥吾へ注がれていたのだった。

 「え……あれ? ……説明しないと、マズイ、かな?」
 
 「当たり前だ祥吾!」

 「何隠してやがる?! そして何で名嘉真さんがお前に声を掛けるんだ?! 羨ましいから説明しろ!」

 健二と繁が口撃の口火を切ると、他のクラスメイトも祥吾の席に集まり、嵐の様に次々と質問を浴びせ始めた……

              ※

 母親が教官として自衛隊に復帰した同時、祥吾はまだ10歳だった事もあり、里香の仕事が終わるのを基地で待っている事が多かったが、もともと好奇心旺盛な祥吾は、母親の教官振りを見て、自分もMPGに乗ってみたいと言い出した。

 当初里香は「これは子供のおもちゃじゃない」と、取り合わなかったのだが、祥吾はめげずに「乗ってみたい」と言い続けた結果、里香が根負けして、少しだけという約束で、11歳になったばかりの祥吾をシェムカのコックピットに座らせた。
 
そして、その様子を見ていた基地のMPGパイロットが、里香が教官として模擬訓練の監督をしている最中に、MPGの基本操作を祥吾へ内緒で教えたところ、教えた直後から、前進、後進、スウェイムーブも含めた左右への方向転換などを披露し、周囲を驚かせたのだった。

 原則、パイロット、開発者等の関係者以外MPGの操作は許されないが、イーロン達は高校に進学すると、通常のカリキュラムの中に、座学、及び実地訓練双方のMPGクラスがあり、各学校に隣接されたプラクティスグラウンドにおいて、日常的に模擬戦闘訓練を行っていた。(因みに一般生徒は高校在学中MPGクラスは無い)

 しかし祥吾の場合、規則に反した結果ではあったが、基地内のMPGパイロットに操縦センスを見込まれ、当時の名寄MPG中隊長から里香への進言もあって、11歳の時からMPGの基地内訓練に参加して来たのだった。当然その事は一部の関係者以外知らない事であったのだが・・・・・・

          ※

 教室内の喧騒を逃れるように廊下に出た結花と圭子だったが、結花は心ここに有らず、といった表情で杏が戻っていったイーロンの教室へ視線を向けていた。圭子は少し面白がるような口調で、「あーあ。バレちゃったね。」と言いながら、結花の腕を突く。圭子は、祥吾が母の里香から基地でMPG操縦の手ほどきを受けている事を知っている数少ない内の一人であった。

「ま、杏なら、その気になれば何でも探ってしまえるんだろうけど」

「でも何で祥吾の事調べようっと思ったのかな?」

「あ、そっか。何だかんだ言っても、結花の兄貴はそこそこ人気あるからねぇ~……そういう事かもねぇ、ね、結花?」

 圭子は返事が無い結花をからかうように、顔を覗き込みながら返答を迫る。

「なんか杏、出てく時、ちょっと赤くなってたし」

 付け加えられた最後の台詞に、結花はバッと圭子を振り返り、そしてすぐに視線を逸らせながら「えっ?……そ、そうだった?気が付かなかったなぁ……」と、誰でもわかる狼狽振りで返答してしまう。

「あれ~? そっか~、気が付かなかったかぁ~……それは残念」

 圭子はわざとらしく答えると、腰を掛けていたロッカーから飛び降りて、「で、今日はどうすんの? 模擬戦見に行く? それとも予定通り?」と真剣な眼差しで聞いてくる。

 結花は猫の目の様に表情がコロコロ変わる圭子に圧倒されながらも、「今日は予定通りって事で……よろしくお願いします……」と俯きながら、小さく頭を下げた。
 
「よしよし。良いねえ結花。初志貫徹で行こう! じゃ、またね!」

 結花の肩をバンバンと二度叩くと、圭子は自分の教室へ慌ただしく戻ってしまった。
 廊下に残された結花は、ドアの窓越しにまだ質問攻めにあってる祥吾を見、その後自分のクラスの方を見て、「はぁ……」と今日、何度目かのため息を漏らしたのだった。

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