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 スバルのパン屋から戻って少し。

 シェリーは、まだ拠点先としてるギルドの宿舎ではなく、併設されている訓練場にパーティーのメンバーといた。

 と言うのも、


「ひゃっほーぅ! なんやこれなんやこれぇ!」

「ほーんと、なにこれなにこれぇ!」


 言い出しっぺの盗賊(シーフ)のレイスが、せっかく自分の職業(ジョブ)の特性を一時的にでも伸ばせるのなら、実証してみたい。

 シェリーの最近解消したばかりの魔力回復のこともあるから、きっと凄い結果なはず。

 帰ってきてメモを見せると、彼はそう言い出したのだ。

 加わえて走るのが二番目に速い弓使い(アーチャー)のケインも乗り気になり、そこから流れでリーダーのクラウスも。

 幸い、訓練場の予約は特になかったのですぐに入れ、貸し切り状態になれたから遠慮なく実験出来たが。


「ほな、食うでー!…………って、ほんま生に見えるわ!」

「すっご! けど、これ火ちゃんと通ってるし臭み消しもしてる。いい匂ーい」


 スバルに直前に言われてた、生に見える肉の意味がようやくわかった。

 しっかり中まで火を通す肉を食べ慣れてきたシェリー達にとって、レアと呼ばれてる特殊な焼き方のステーキ類は貴族諸侯達が食す領域だ。

 だが、実家が食堂だったケインの観察と感想を聞けば、安心して食べれそうだった。


「む? 肉自体には塩胡椒くらい……だけど柔らかい。これはとってもいい肉」


 一番の大食らいなアクアはケインの隣でもう食べ始めてて、すぐに味の感想を出してくれた。
 そして、言葉通り美味しいのかあっという間になくなりそうに。

 遅れて、シェリー達もひと口ずつ食べると、ふわっふわのパンの次にやってきたサクッとした部分が気になり出した。


「お、美味しいーっ」


 パンの柔らかさと甘さはいつものことながら、挟み込んでいるメインのカツとやらに野菜も美味い。

 まだ数回しか買えてないが、野菜も挟んだ『惣菜パン』と言うのも味が良くて、露店で買うものより数倍下処理が丁寧。

 肉は生に見えるが、歯で噛み切れるくらいの柔らかさで、アクアの言う通り塩胡椒の下味がしっかりしていて、とても美味だ。


「このほっそいキャベツもええなぁ」
「結構な技術いるよー。ジェフ、作ってる奴って結構若いんだっけ?」
「ああ、俺やクラウスとかとあんま変わんねーな?」
「そうなのか?」


 お陰で、野菜をあまり食べようとしない男性メンバーからもウケがいいのか、今回のも皆喜んでいる。

 シェリーはもうひと口食べると、シャッキシャキのキャベツの後に来たピリッとした感じに、首を傾げた。


(なんだろう……? 辛いけど、そんなにも辛くなくて?)


 気になり出すと、ひと口、またひと口と食べるのが止まらないしやめられない。

 正体を見抜くべく、やっぱりもう一度メモを見ようと袋から取り出した。




《ビーストカツレツ》

・一角虎の肉を使用した効果付与により、二時間ほど瞬発力が向上
 →盗賊(シーフ)隠者(アサシン)には引っ張りだこ間違いなし

・自家製粒マスタード入りのマヨネーズと、濃厚な中濃ソースを惜しげもなく使って、味に飽きることがない
・肉はレアに見えるが、きちんと熱処理をしてあるので問題なし! 筋取りも丁寧にされてるので歯で噛みちぎれる程の柔らかさ!





「マスタード入りのマヨネーズ?」


 粒辛子とか言われてる香辛料の一つなのは、シェリーも耳にしている。

 だけど、黒い方の中濃ソースと言うのはわからない。

 ちょこっとだけ黒い部分をかじっても、甘酸っぱくてしょうゆと違う辛味を感じるが、やっぱり美味しいとしかわからなかかった。

 だけど、これがメモにあった通り、野菜を美味しく食べれて飽きもこない。

 いつもならゆっくり食べるシェリーでも、同じくらいのクラウスより早く食べ終わってしまうほどだ。


「んで? 二時間、つーとあんまあるようでないなぁ……てことで」

「よし、やろっか!」


 まだ腹もこなれてないだろうに、やる気満々。

 それ以降、レイスとケインは瞬発力を試すのに、走り込みや壁歩きなどと色々試しているわけで。


「ガキみてぇにはしゃぎやがって」

「そう言うお前こそ、試してみたいんじゃないのか?」

「まあな? けど、せっかくならシェリーん時みたく実践しね?」

「む、今から?」


 せっかく訓練場を借りれたのに、もう外へ行くのは料金はともかく勿体無いような気がした。

 それをクラウスやアクアも思ったのか、二人が頷き合うとアクアが自分の大剣を背から降して、中央に向かっていく。


「それだったら、ここを実()場にさせてあげる」


 女の細腕でよく持ち上げられるかと思うほどの、大振りの剣は現時点ではパーティーの中でも彼女しか持ち上げられない。

 そして、彼女の職業(ジョブ)はある意味特殊で、ある意味シェリーと属性が近かった。

 瞬発力を使いまくってぐるぐる追いかけっこしてたレイスやケインも、彼女の次の行動を予測したのかその場で立ち止まる。


『我が盟約に従いし眷属よ。この地に降り、そしてその姿を見せよ、導け​───────氷卿(ブリーズトレスト)・召喚!』


 魔法が使える剣士、魔剣士(ルーンナイト)の特性上、契約している精霊を喚べるのだ。

 剣の柄にはめ込まれている蒼い守護石(タリスマン)が光り出し、そこから勢いよく水が溢れたかと思えば彼女の周囲だけ凍りついていった。


『お久しゅぅ〜皆はん』


 冷気が落ち着いた頃には、アクアの背にいつのまにか薄青の衣装をまとった眼鏡の男性が浮かんでいた。

 彼が言う言葉通り、シェリー達は顔見知りだ。


「シェイド、手伝って」

『……あんなぁ、マスター。いきなりそない言われても意味わからんすけど?』

「ご褒美、美味しいパンあげるから」

「いやいや、褒美は嬉しいけど……あー、クラウスはんこれどゆこと?」


 たしかに、用件のみを伝えてるようで伝えてないので、シェイドが困るのも無理はない。

 しかし、アクアの指示の仕方もいつも通りだから、ここは彼女と幼馴染みのクラウスを頼るのも同じく。


「今俺達はあるポーションを口にしてて、その効果が身体能力に関する事なんだ。アクアは君に試しの試練のようなのをお願いしたいんじゃないか?」
『ほーぅ?』


 クラウスの簡単な説明を瞬時に理解したのか、すぐにやる気に満ちた目がレンズの向こうで光った気がした。

 すると、くるりと旋回しながらアクアの頭上高くまで浮き、両手を大きく広げる。


『それやったら、どないのがお好み? 速さ? 数どす?』


 両手に凍気そのものに等しい青い気を溜め込んで行くのが、シェリーの目に映った。

 きっと魔法関連に特化してない他のメンバーでも見えるようにしてあるだろうが、氷卿(ブリーズトレスト)と呼ばれるシェイドの種族は、文字通り氷の貴族。

 水魔法の 、その中でも高位に属する精霊。

 試練などを手掛けるのも、吐息一つで可能なくらい。

 ただし、アクアと契約してるので力は出来るだけセーブするのか条件を提示してきたのだ。


「数っ」
「速さやろ!」
「両方でいいんじゃねーの?」
『却下!』


 挙手したのは、やはり実戦をしたい三人だったがジェフの提案にはレイスとケインも同意しなかった。

 たしかに、二人に比べてランクがひときわ高いジェフだけならまだしも、ほぼ全員が試すとなると訳が違う。

 シェリーも魔法使いでも、元の体質のせいで体術が不得意ではないが、他の皆に比べたら底辺の底辺。

 加減してくれる、シェイドの魔法にも追いつけるのか怪しいとこだ。


『マスター? 具体的にどないなポーション口にしとるんです?』
「ん。瞬発力を一時的に引き伸ばしてくれてる。あと一時間半ってとこ」
『おもろいポーションやなぁ? せやったら、人数多いし数でいかがどす?』
「お願い」


 結局は主従の二人で提案は決まり、まだ騒いでるメンバーにはクラウスが止めに入った事で中断された。


『ほな…………お前ら、遊んだりや』


 再び宙高く浮かんだシェイドが軽く指を鳴らした事で、競技場に散り散りに分かれたシェリー達の前に氷で出来た氷人形(ゴーレム)が現れた。


『シェリーはんは、火魔法使ても無茶せんほうがええでー? 溶けにくいやつだもんで』
「じゃあ、壊すのは?」
『再生は付与してへんから、お好きに〜』
「うん!」


 では、はじめ、とシェイドが合図をしたと同時にシェリー達はそれぞれのゴーレムに向かって自分の獲物を振り下ろしいく。

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