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エピローグ

 エマルーリが『リュンタル・ワールド』に現れた時、お父さんは緊急メンテナンスという名目でピレックル一帯を封鎖したのだそうだ。だから、他のプレイヤーには今回の事件は一切知られていない。
 一晩たった今も、まだメンテナンスは続いている。

 でも、僕たちだけは特別にピレックルに入れることになっていた。昨日と比べると、建国王の像が元の姿になっているし、街の一部も直っている。お父さんが徹夜で復旧作業をしてくれたおかげだ。まだ壊れている部分のほうが多いけど、ここは仮想世界なんだから、きっとすぐ元通りになるだろう。

 新しく買ったゴーグルは、愛里が設定中だ。
 僕は一足先にログインして、全身鎧姿のハルナと一緒に二人が来るのを待っているところだ。シェレラはまた助っ人に行っているので、ここにはいない。
 最初にお母さんが『リュンタル・ワールド』に来た時もシェレラはいなくて、僕とハルナの二人で、アイリーと一緒のお母さんに会ったんだった。
 あの日も日曜日だったし、今日も日曜日だ。
 たった一週間の出来事とは思えないくらい、いろいろあった。
 これからは、どうなるんだろう――。

(ゲート)』が白く光り、アイリーとビキニアーマー姿のお母さんが姿を現した。
「あの足だけだった人、ちゃんと治っているわね! 工事が進んでいるみたいでよかったわ」
 いつものお母さんが、建国王の像を指差して喜んでいる。
 実際には工事で直しているのではないけど、お母さんにとってはどうでもいいことかもしれない。
「ハルナさん、こんにちは」
「こ、こここんにちは」
 ハルナとしてお母さんに会うのが久しぶりだからだろうか。ハルナはちょっと緊張しているみたいだ。
「新しいゴーグルにしたし、一応異常がないかチェックしてみるね」
 アイリーはウィンドウを開きまくっているようだ。
「あれ? お母さんの名前、ちゃんとセイカになってる」
 アイリーがそう言うので、僕も確認のためにフレンドリストを開いてみた。
 確かに、昨日までSekiaとなっていた場所が、今日はSeikaとなっている。
「あら本当ね。直っているわ」
 お母さん自身も、確認したようだ。
「でもこれって、さっきあいちゃんが直してくれたんじゃないの?」
「え? ああ、そうそう。うん。そうだった。そうだったね。私ちょっとお兄ちゃんと話があるから、ちょっと待ってて」
 アイリーはそう言って僕の腕を引っ張り、直ったばかりの建国王の像のところまで来た。
 お母さんとハルナからは見えないよう、像の陰に身を隠す。
「私、名前なんて何もしてないんだけど」
「わかってるって」
 いくらゴーグルを新しくセットしても登録した名前が変わることはないし、変えることもできない。
「セキアっていう名前自体がバグだったんだろ」
「やっぱりそうだよね。最初に登録した時、私ちゃんと見てたし」
「ということは、やっぱり……」
「うん……だよね……」

 僕とアイリーは『門』の前に戻ってきた。
「お話は終わったの? じゃあ行きましょう! お母さん今日もいっぱい悪者をやっつけちゃうんだからね!」
「うん、それでなんだけど……、お母さん、ちょっといい?」
 アイリーが言いづらそうに切り出した。
「最初にやったクエスト、覚えてる? あれ、もう一回やってみない?」
 初心者の定番クエスト『ホワイトワームを倒す』のことだ。
「そう? …………?」
 お母さんは事情を飲み込めず、首をひねった。
「いいからいいから。やってみようよ!」
 アイリーはお母さんの手を引いて、街の外へと歩き出した。

 いつもと変わらず、草の陰に隠れてゆったりと歩いているホワイトワーム、通称イモムシ。
 初めて戦った時と同じように、お母さんは新しく買ったレイピアを振りかざしながら走っていった。そして、
「えーーいっ!」
 おもいっきり、レイピアを振り下ろした。
 イモムシは……傷一つ負わなかった。
「「やっぱり」」
 僕とアイリーの声が重なった。

 お母さんの、セキアのあの強さは、バグがあってのものだ。
 バグが起きない新しいゴーグルでは、あの強さは得られない。
 イモムシ相手に攻撃が弾かれてしまう今のセイカの実力が、本当の実力ってことなんだ。

「お母さん、突くんだ! 斬るんじゃなくて突くんだ!」
「突く? 突くのね? わかったわ!」
 お母さんはレイピアを握り直した。握り方は何も変わっていないけど。
 そして、
「えいっ! えいっ!」
 イモムシを何度も何度も突きまくった。掛け声とは全然タイミングが合っていない。それに、ものすごいへっぴり腰だ。体の形が完全にくの字になっている。
 体のあちこちから緑の体液を溢れさせ、ようやくイモムシは光の粒子と化して消えていった。
 こんなに繰り返し攻撃しなければイモムシを倒せないほど弱い剣士を、僕は初めて見た。
 お母さんはレイピアの先端をまじまじと見つめている。そして、
「なんだかあまり面白くないわね」
 そう呟くと、
「お母さんやっぱりやめるわ。お母さんゲームって苦手なのよね」
 そう言いながらたどたどしく指を動かし、ログアウトしてしまった。

「……………………」
 僕はぽかんと口を開け、さっきまでお母さんが立っていた空間を見ていた。
 アイリーも呆然としていたけど、
「私、レイちゃんとこのクエストがあるから。行ってくるね」
 そう言って『門』を使うために駆け足で街の中へ戻っていった。

 残った僕とハルナは、お互い顔を見合わせた。
「……剣の練習、する?」
「……そうね。ああいうの見ちゃうと、練習しなきゃって思う。でも」
 突然、ハルナの顔に視界を覆われた。
「その前にすること、あると思わない?」
 ハルナの唇が迫る。
 僕は背中を反らせながら、横目で周囲を見た。
「あっ、あの大きなバッタ、あれと戦ってみようか。よし、行こう!」
 僕は後ずさり、逃げるように走った。
「ちょっと! 待ってよ!」
 ハルナも走って追いかけてくる。
 僕の両親のラブラブっぷりや夫婦喧嘩を見せつけられてしまった玻瑠南だけど、僕と玻瑠南との関係は……少なくとも今はまだ、何も進展していない。

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