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第31話 ノリスとヴェルナ

 ひっくり返ったままのライノストーカーの死骸に、乳白色の薄霧(うすぎり)が漂っている。

「いきなりボクのお乳のサイズを言い当てるとは……、キミ中々やるじゃない!」
 風変わりな性格のルイーズは、なぜか右手の親指をたてニヤリと笑う。

「フレッド! 足元を見ろッ、寄生虫がドロップしているぞ!」

 以前まではアップルにドロップ禁止チートをかけられていたフレッドだったが、現在は解かれている。なぜなら、替わりに寄生虫保存用の道具を渡されたからだ。

 フレッドは小さい試験管の様な入れ物に、その寄生虫をすくい取りフタをした。
「こいつの能力は結構強いし、なにかと役に立ちそうだしな!」
 とりあえず3人は早急にバリアの境界線まで退避することにした。

 フレッドのもつヴァーミリオンバードは、〈ウィッシュターキー〉といわれるパッシブ・スキルを覚えている。これがかなり優秀で、取得経験値アップに加えてドロップ率アップまで付与される。クセが強い能力だけでなく、隠れた部分でしっかり真価を発揮しているのは、さすがA+ランクに恥じない働きなのであろう。

「ダフネッチはデカ乳揺らしながら、さっき敵の狙撃手をやっつけに行ったぬ」
「君はダフネちゃんの友達なのか……すごい偶然だな」
 町に向かっているトラヴィスは、何かを察したように片方の(まゆ)がピクッと動く。

 防壁のすぐ外側でダフネと一緒に、ヘルメットをかぶり白いスカーフを腕に巻いた狙撃手が座っていた。その男は死体であるためバリアの幕に阻まれるみたいだ。

「皆さんご無事でしたか……、そこのルイーズが粗相(そそう)をして申し訳ありません!」

「ププッ……ダフネッチのそのお嬢様キャラ、マジ受けるんですけどぉ!」
 
 ダフネは屈辱を踏み破るように、大股(おおまた)で歩み寄りルイーズの右の(ほお)をつねる。
「ぶべべべ、ひだいよぉ……ダブネッヂ」

 フレッドが狙撃手のヘルメットを取ると、普段は冷静なトラヴィスが取り乱す。
「やッ、やはり……デイヴィッドじゃないか…………!!」

 なんとその傀儡(くぐつ)はかつてオーティスで、彼と共に戦っていた仲間であった。

「……すいません、反撃されないように両腕を切断してしまいましたわ……」
 狙撃手はミリタリー服を着ているが、弾薬のポケット等をはがされいる状態だ。

「これでアップルがいれば……敵の正体が分かるかもしれないんだけどな……」

「アップルー? 誰なのれすかそれは? りんごの擬人化キャラ?」
「たしかに赤と薄黄色の服着てるし、りんごに手足が生えたって感じかな?」
 まだ防壁の外にいるにも関わらず、フレッドとルイーズはまったり会話をする。

「デイヴィッド……」
 トラヴィスがその狙撃手に触れようとした瞬間、男が付けていた首輪が奇怪な音をたて始めた――。トラヴィスはその異変を、野良犬のような本能で嗅ぎつける。

「みんな下がれッ! 肉体に爆弾が仕込んであるぞ!!」
 パペット・マスターの罠によって、人間爆弾がフレッド達の前で花火となった。

 硝煙(しょうえん)の香りに混じり腐肉の焼けた炭の匂いが、辺り一面に広がっていく。

「えげつねぇ……、なんて残忍な野郎だ……!!」
 やり場のない苛立(いらだ)ちに、燃え上がるような怒りを覚え、フレッドは奮い立つ。
「…………これは酷いんご……」
 おちゃらけていたルイーズもトラヴィスの事を想察し、彼の右肩を優しく叩く。
 
 敵の追撃の恐れもあるため、焼死体となったデイヴィッドをその場に置き去って、フレッド達はエリュトロスの町に戻っていった……。

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――――革命の風雲、創生の前兆、そして一切合切(いっさいがっさい)の『死』が反転する。

 そこは静かな住宅街。直径80メートルの局地的なバリアの幕が張られていた。

「ライノストーカーを倒したのか……、アイツらの戦闘データは取っとけよ」
 そこだけに、朝から強い陽射しがさして、豊かな作物や果実が植えられている。
 
「次の手もちゃーんとよぉ、色々と考えてあるんだぜぇ……保安官さんよぉ!」
 そのうえ……野うさぎが跳ね、テントウムシが飛び、春の野原のように暖かい。

 白い平屋建ての悠然(ゆうぜん)とした間取りでバスルームとガレージ付きの建物に、40代くらいの白のニット帽を被った男が、快適な様子でパソコンを打ち続けていた。

 そこに、黒髪ロングヘアーの30代前後の女性が部屋にユルリと入ってくる。

「駄目だわ……あの男、全然口を割ろうとしない」
「まぁ……、腐っても『管理者』だからな。ちゃんと見張っとけよヴェルナ」
お手上げのポーズをして、困った表情をみせるヴェルナと呼ばれた女性。

「……オートマトン11号が制御できていれば、ヤツの力を解明できたんだがな」

「アンデッド能力をあれだけ吸収できる方法が分かれば……最強の傀儡を作り出せるのにねぇ、…………ノリス」
 ノリスと呼ばれた男性は首を左右に振り、急にタイピングを止める。
「重要なのはそっちじゃねぇ……、俺様が欲しいのは〈防壁壊し〉の方だ!」

 ヴェルナに向かい、焦り(あせ)嘲り(あざけ)の交じり合う不機嫌な様子で怒鳴り声をあげる。

「……例の町の方はどうするのよ……エリュトロスだっけ? 反逆者の女にも結局は逃げられたし、敵にこっちの情報が漏れるんじゃないの?」

「この場所がバレるわけじゃねぇし……、つっても相手にも厄介なのがいるがな」
 すると、ヴェルナの感情を戦慄と恍惚(こうこつ)が、細波(さざなみ)のように寄せては返す。

「ピンク髪の赤い少女、『ナビゲーター』の事ね。正直な話、上限が見えないっていう意味では一番の強敵だと思うわ……」

 ノリスは(わずら)わしさを感じながら、興奮して身体をブルブル震わす。使用中の高価そうなパソコンが置いてある机の上には、錠剤の薬が粗末にバラまかれていた。

「クッヒヒヒ、テメエらの都合でこんなゲームに俺様を閉じ込めたクセによぉ……。あとは自力でクリアして下さいッときたモンだ…………」
 情緒不安定の彼はジワリジワリと息遣いが荒々しくなり、自分の口に飲料水とその薬を放り込む。見た所 、精神的にかなり難のある自己中心的な人物だと分かる。

「ノリス……そろそろ『あの子』もコチラに呼び戻した方がいいんじゃないの?」

「あぁ……あの町の連中、昨日の騒動で逆に結託し始めたからな……うざってぇ」

「どうせなら防壁が壊れた瞬間に、あたい達で総攻撃すればよかったわね?」
 ヴェルナは先ほどの仕返しと言わんばかりに、皮肉を込めた冷笑を浮かべる。

「オマエは俺の言う通りやってりゃいいんだ、あんま調子にのんなよ……?」

 ノリスとヴェルナはこのゲーム世界の中で結婚をした間柄である。このゲームにおいては性行為は可能だが、赤ちゃんを出産することはできない。だが、ある方法で登録を済ますことでNPCの子供を授かる事ができるシステムになっている。
 
 もしかすると、ゲーム攻略を放棄したプレイヤーの行きつく先が、この養子制度にあやかる事なのかもしれない。――ただし、この夫婦の場合は例外である。

「今に見てろよバカ共が……第2ラウンドの開始だぜッ、ヒャッハー!!」

 ただ確かなのは、この二人がフレッド達を目の敵にし、不正行為や不具合を悪用しているのが明白だという事だ。

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